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しおりを挟む私が孤児になったのは、かつての両親が借金を苦にしたからだった。
砂漠に囲まれた、生産資源の乏しい国で、私の両親は子供ばかりを作り、そしてとてつもなく貧乏だった。極貧に喘ぐ中で、幾つもの金貸しから金を借りて、期限が迫る度に夜逃げを繰り返していたが、そういつまでもうまくいくものではない。結局、数多くの闇金業者の一つに見つかって、借金のカタを渡すように言いつけてきた。
そして、私が売られた。女で、もうすぐ子供が産めそうな年齢になるところだったからだ。よくある話だ。
私は首に鎖をつけられ、45号という無個性な名前を与えられた。奴隷業者はやり手で、私と同じく鉄格子の中に収められた他の某号達を次々に業者の言い値で売り飛ばしていった。私はその手捌きを見て、人ごとのように感心すら覚えていた。その時の私は既に、両親から売られたというショックや、日々供されるドブネズミの餌のような食事を食べるうちに、色々な感覚が麻痺していた。
45号は、奴隷業者の予想とは裏腹に、中々売れなかった。売れなかった原因は、恐らくこの瞳のせいだろう。この挑戦的で、死んでいない眼差し。常に誰かを殺そうとばかり望んでいるかのような、見るものを竦み上らせるような油断のならない眼の光。
私は順調に売れ残っていた。02号も。
その日はよく晴れていた。何故かは分からないが、ここ最近は美味い飯が出る。最近はといっても、せいぜい数日といった所だが、私を含めた二十数名の売れ残り達が、久しぶりの豪勢な食事を前にして、我慢など出来るはずがなかった。私を除く殆ど全員が、特別に作られたと分かる料理を、掻き込むように次々と口の中に入れていた。私はその様子を檻の隅の方で観察していた。今思えば、あの料理も異様だった。普段飢餓状態にある人間が、あれ程一度に沢山食べられるものではない。もしかしたら何か特別な物質が混ぜられていたのかもしれない。食欲亢進剤のような物が。今となっては闇の中ではあるが。
明るい日差しが頂点に達した時、腹をいっぱいに満たした奴隷達のいる牢獄に、いつもの奴隷業者とは違う男が現れ、私たちに出ろ、とだけ言い、出口に繋がる通路で、一人一人、首に繋がれていた鎖を鍵で解いていった。久しぶりに首が自由になり、皆嬉しげに首を傾げたり振り回したりしている。男はその様子を無言で見つめている。私はそのような目で奴隷達の様子を見つめている男の様子を見ていた。男は濁った瞳をしていた。
外に出ると、そこは乾いた地面で、今知っている知識で言うのなら、何かの競技用のコートといった所だった。剥き出しの土の地面に、網のついた穴のある蛇口のようなゴールが両側に点いていて、周囲は金網に覆われている。そして、その先にあの奴隷業者と、買い手と思われる人間達がいた。私達は彼らの前に、首だけを自由にされて喜んでいる、愚かな奴隷達として現れた。私たちが姿を見せると、買い手達の中には口笛を吹いて囃し立てるような者もいたが、その者はすぐに他の者達からたしなめられたのか、すぐに口笛は聞こえなくなった。
「今からルールの説明をする。一度しか言わないから、よく聞け」
私達の鎖を解いた男が、よく通る茶褐色の声で話し始める。奴隷達は言葉に敏感だ。自分たちの進退がその言葉一つで決められることを、愚かな奴隷達はよく弁えていた。既に心が死んでいる者を除けば、ほぼ全員が男のする説明をよく聞き、その小さな脳みそで咀嚼していた。かくいう私もその一人だった。
バスケットボールというんだ、と、後に私の師匠となるその女性が、後になって教えてくれた。あの時お前達がやっていたのは、バスケットボールという競技なんだ。それは世界的に人気がある、古典的だがとても奥深い、面白いスポーツなんだ。
私はスポーツという単語すら知らず、その言葉をも彼女に聞き返していた。彼女は私の拙い言葉を聞きながら、悪意のない朗らかな笑いを見せ、言っていた。
君はもう知っているよ。あの日、あんなに一生懸命プレーしたんだからね。
スポーツとは、汗を流すこと。そこに血は流れない。基本的には。
私はその日、彼女に買われることになる。
私達は結局、バスケットボールという種目が何なのか分からないまま、土のコートの上にチームに分かれて並んだ。
そして、笛を持った男が大声で叫ぶのだった。
「五十点先取。勝者チームとMVPに選ばれた者には、特別な褒賞が与えられる。では始め!」
始め、と言われたものの、奴隷達は最初、誰も動こうとはしなかった。ボールを持っている少女も、ドリブルどころか、ボールを跳ねさせることもできず、ただ両手にしっかりと握ったままで、殆ど放心状態で、金網の向こうの幽鬼のような買い手達の姿を見つめていた。
すると、笛を持ったままの男が少女の元へと近づいてき、徐に拳を振り上げると、少女の頬を思い切り殴った。
私のいた角度から、彼女の口から小さな白い歯が数本、飛び散っていったのが見えた。
殴り終えると、男は再び先程までの位置に戻って、笛を吹いた。そして何事もなかったかのように手を挙げ、叫ぶ。
「では始め!」
そして、私達が見ている間に、少女は既に動きを終えていた。先程まで放心状態で金網の買い手達の事を見つめていた筈の少女は、頬を赤黒く染めながら、一人皮のボールを弾ませて、鮮やかなドリブルを見せ、私達赤チームのいる陣地内を次々にすり抜けて、そしてある位置で止まると、美しいフォームでシュートを放った。そしてボールは穴の中に吸い込まれていった。ボールが穴から落ちて、軽い音を立てた。
男が笛を吹いた。
「青チーム、二点先取!」
買い手達がどよめいているのが分かった。私達は彼らのその反応を見て、この競技の先にある本質のルールに気付いた。それはただのデモンストレーションだった。私達の性能を試すための、競技を利用したテスト。それが分かった時、私達は少女と同じように、眼の色を変えていた。
彼女は私たちから離れた場所に立って、ボールを人差し指の上で回し続けていた。彼女の持つボールはいつまでも回転をやめず、やがて彼女自身がボールの回転を止めて、コートの中央にボールを置いた。そして、顔を上げた。蔑みの表情を浮かべながら。瞳の中で、他の奴隷達のことを蔑みながら。
誰かがボールを拾い、競技が再開された。それは既に競技の本質から離れようとしていた。それは血の争いに似ていた。自分達の存在を賭けた争いと化していった。
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