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しおりを挟む次の日、二日酔いの余韻に苛まれていると、携帯が鳴った。隊員に支給される任務用の携帯で、鳴る時は大抵良くない知らせが入る。
もしもしと言うと、電話の向こう側は少し忙しないような雰囲気を纏っていた。なんとなくざわめいている。「もしもし」ともう一度言うと、今度は返事が返ってきた。
「リリィか。すまないね。早い時刻に」
時計を見ると朝の9時を回ろうかという所だった。
「いや、いいんですよ。それよりどうかしましたか?」
「少し困ったことになってね。アンナが訓練に来てないんだ。八時の予定だったんだが。リリィ、君に何か心当たりがないかと思ってね」
相変わらず鋭いな、と思いながら、平静を装った声を出す。その装いが瞬時に暴かれる事を知っていながら。
「……さあ。良く分からないですね。彼女、訓練が嫌になったとか?」
「最近そちらに行ったりしなかったかな? そちらで何かあったのではと思うのだが。違っていたらすまない」
「来てもいないし、何もありませんよ。彼女、訓練は上手くいっているんでしょうか?」
カエデが鼻から息を吐く、囁くような音がした。
「それがね、予想以上だったんだ。どうしてもっと早く彼女を他の仕事に回さなかったのか、過去の自分の判断を呪いたくなるほどにね。それだけ彼女は十分良くやってくれている。だからこそ、急に来なくなったことが心配でならないのだが」
仕事が中途で破綻するどころか、始まってすらいない段階で終わったら、隊の信用にも致命的な打撃だろう。何せ私達の隊は、発足以来仕事を失敗したことがないと聞いている。
私は冷静な声音を保ったまま答える。
「じゃあ、私の方でも彼女を探してみます。いくつか心当たりがありますから」
その言葉を待っていた、と彼女が思っていたのが明らかな速さで、彼女は言った。
「そうか。それは心強い。私の方でも引き続き探してみるが、見つかったらすぐに連絡を入れてほしい。アジトではなく、この番号に」
「分かりました」そう言って電話を切ると、体が2kgぐらい沈んだような感じがした。
机の上の、真っ新な便箋を見やる。昨日は結局何も書けなかったし、今日もまるで書けそうにない。
雨は静かに降り続け、穏やかな音を立てている。昨日よりも少し肌寒く、私は剥き出しになっている二の腕をさすった。それから壁に掛かっている時計を見て、クローゼットを見た。その中には、彼女が昨日着ていた、借り物である美しいドレスが入っている筈だった。
私は頭を掻きむしると、ホットパンツを脱いで戦闘服を着、その上に防水性の革のコートを羽織った。ナイフ程度の軌道なら逸らすことのできる、師匠から譲り受けた物だった。
探しにいくか、と言う自分の言葉は、一際部屋の中で空々しく聞こえてきた。
雨の音がその上から覆ってきて、私の言葉を音もなく吸い込んでいった。
私はその時初めて、言葉を吸収してくれる雨の事を、ありがたいと思った。
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