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レジスタンス
□
しおりを挟む二十分ほど、エリアを移動して、指導部のエリアから更に離れた酋長の部屋にたどり着く。
昼時を過ぎ、空気が少しだるくなり始める頃合いだが、酋長の部屋の周囲だけは、そんな事は常になかった。
奇妙な緊張感で、常に空気が張り詰めている。私も、他の者たちも、ここの空間が纏っている奇妙な空気を好んでいるとは到底言えなかったが、それでも、彼等が、自分も含めて、一つの畏敬の念を持って受け入れていることも、また真実と言えるだろう。
私は鋼鉄の扉の前に立ち、槍を片手に持った門番に見つめられながら、門を叩く。
「ヴェロニカ。ザックから呼ばれて、来ました。何か御用でしょうか」
すると、酷くくぐもった声が扉の向こう側から微かに聞こえてくる。
「入れ」
私は門番に目配せをすると、門番は鍵を腰から取り出し、扉に差し込む。門番が扉を開き、私は中へと入っていった。
少しムッとする空気の篭った部屋の中に、小さなベッドと、机、そして照明スタンドが立っている。
地面には薄い、絵画のような精巧な柄の絨毯が一枚敷かれているだけで、他には物はなかった。
私は、その絨毯の端に座り、背中を見せている彼に向かって、声をかける。
「ヴェロニカです。御用がおありでしょうか。酋長」
頭が少しだけ動き、酋長の例の瞳、ぎらつき、油断のない色を湛えた瞳が、照明に反射して閃くように光って見えた。
私は扉を背にして、立っている。
くぐもった声がし、私は耳を澄ませた。
「酋長という呼び名は、私にはせんでくれ。ヴェロニカ。お前には、自由に呼んでもらいたいと、そう前に言ったであろうが」
「しかし、酋長……」
「酋長はもう良い。私はエラブ・ウォスマーン。ヴェロニカ。呼び名はエラブで良い。いいな、もう酋長はうんざりだ。私が望んで付けた役職名ではない事、お前にもよく分かっているはずだろう」
「……はい、エラブ様」
酋長は首を横に振って、ため息を吐いた。
「様、もいらん。砕けて良い。まあいい。少し座って話をしようじゃないか。お前の話はいつも面白いから。それでわざわざザックに遣いを頼んだわけだが、老いぼれの我が儘として、許してくれないか」
「許すなどと……どうかそんな卑屈な態度を取らないでください。私達の長なのですから」
「長、か……」
酋長がこちらに向き直ると、弱々しい声音とは裏腹に、鍛え上げられ、齢七十を越えようと言うのに、広い肩、肉付きの良い胸や腰、膨らみのある脚などが露わになる。
隆々とした肉体の気配は、ゆったりとした着物の上からでも、はっきりと伝わってくる。
私は無意識のうちに緩まりかけていた心の態度を、はっとして引き締め直し、自分もまた、絨毯の向かい端にあぐらをかいて、座った。
「エラブ。私はそれ程面白い者ではありません。あなたが生きてきた歴史に比べれば。私の経験など……」
「あの忌々しい機械どもとの歴史か」
私は黙った。エラブの声音の中に潜む激情の色を感じ取ったからだ。
私が黙っていると、酋長は少しずつ、自ら話を始めるのだった。
「数百年の歴史。我々人類は、機械達にその住処を、生そのものを奪われ続け、そうしてその先端に存在する我々は、未だ彼奴等から隠れるようにして生き延びている。
だが、そんな形だけの生き方に、何の意味があるだろうか。教えてくれ、ヴェロニカ。お前にはこの世界がどのように見えておる。私は決めかねている。人間は、機械に蹂躙されたまま、大人しく静かな生を全うするだけの生き物に成り下がる、それで良いのか。
運び屋として、お前は特別な位置にいるお前の目から見て、世界は、私の事は、どう見える。
今一度、その事を聞きたかったのだ。すまないな」
私は一度、静かに深呼吸する。
肺に空気が入り、酸素に脳が活性化し、そして何よりも、頭が冷静になる。
私はこの老人、いや、この男に同情をしてはならない。
迂闊な態度を見せれば、利用されるだけだ。
長年最前線で、機械やロボット達との戦争を繰り広げてきた「争いの旗印」たる眼前に座る酋長は、実に老獪な男として一部の隊員達から恐れられている。
兵士として引退した後にも、司令部の判断に対して未だに最も権力を持った裏の統率者として、レジスタンスを陰から率いている。
油断すれば良いように使われ、用が済めば容赦なく切り捨てられる。私が子供の頃から、兵士達が最も恐れているのはこの男であると、噂や伝え聞いた話や、何よりも、兵士たちから伝わってくる気配で、既に知っている。
そんな男から、運び屋としての仕事が終わる度に呼び出され、こちらの内側まで根掘り葉掘り詳しく聞き出されるのは、精神的にも肉体的にも大きな苦痛を伴う事だった。
だが、拒否する事はできない。この男が持つ権力は、この組織に所属する限り、絶対のものがあるのだから。
私は息を吐き、今回の仕事で見た物、聞いた物、そして、何が、どう見えているのかといった事を、一つも誤魔化さず、正直に答えた。
そして、酋長が顎に生えた長い髭を触れる頃合いで、私は機会を見計らい、暇乞いを申し出た。
酋長は考え事を始め、動かなくなった。私は静かに立ち上がり、「失礼致します」とだけ囁き、扉を後にする。
この男は、一度考え事を始めると、数時間はその他の情報が入らなくなる、奇特な性質を持っていた。
私は彼の邪魔をしないよう、他の隊員達と同じように、静かに扉を開け、すり抜けるようにして、部屋を後にする。
門番が鍵を取り出し、再び閉じられかけた扉の隙間から、確信的な、エラブの鋭い視線が飛んできて、私はぎくりと立ち止まった。
重そうな扉が閉まり、私は息を吐き、階段を登り、地上へと戻り始めた。
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