備忘世界の運搬屋

星兎

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媼(おうな)の宿

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 私は媼の瞳を見つめる。後方で、固いものがぶつかり、階段を登っていくような音が聞こえてくる。

 私は暫くの間沈黙し、それから、媼のつぶらな瞳から目を逸らした。

 私は、何かを言うべきだったのだろう。後から考えるとそんな気がしたが、その時の私はそうは思えなかった。

 私はカップの中に残っている、少しぬるくなり始めたお茶を飲み干し、カップをカウンターの上に置く。

 媼はもう、私の事を見てはいない。先程までの、背筋を伸ばしてお腹の前で軽く手を組む姿勢で、じっと扉の方を見つめている。

 私は彼女に礼を言って、立ちあがろうとする。

 すると、私が立ち上がると同時に、再び、扉が開かれ、軽快にドアベルが鳴る音がする。

 先頭の機械を始めとして、先程見たものと同じような機械達が、次々と入ってくる。

 数体が部屋の中に入ってきて、無意味に立ち尽くしているようにも見える。フローリングの床の上に滴が落ち、小さな水溜まりまで出来始めた。

 私は思わず、腰に手を回して、媼に声をかけた。

「媼……大丈夫ですか? ここは」

「大丈夫ですよ。心配しないで。いつも来てくださる、大切なお客様だから」

 被せるようにして言われたその言葉は、相変わらず落ち着いてはいるが、気のせいだろうか、どこか怒りのような、強い感情を感じざるを得ないような、そんな不穏な気配を私は感じた。

 だが、機械達は扉の前で、両腕を前に垂らしたまま、動かず、じっとしている。

 まるで何かを待っているかのように。

 しかし、少しすると、一番前に立っていた機械が、先程来た一体のような動きで、媼の前まで来ると、腕を持ち上げ、台帳に滴を落としながら、無意味な手の動きを見せる。まるで、台帳に自分の名前を書いているかのような。

 だが、ペンを持っていないその腕は、再び台帳から降ろされ、そして、私の目の前を通って、先程までの機械と同じように、階段に通じる道へと消えていく。

 振り返って見てみると、先程まで雑然と立っていた機械達が、いつの間にか、一列になって、媼のいるカウンターの前に並んでいる。

 その姿は、まるで人間のようにも見えた。

 顔のない無機質な表情を、金属の上に貼り付け、機械達は、ただの一体も何も音を発する事なく、ただ淡々と、媼の前に立ち、台帳に記入する振りをして、それから、階段へと去っていく。

 私は、自分が何を見ているのか、途中から分からなくなってしまった。

 私が見ているこの光景が、現実のものなのか、それとも仄かな恐怖を帯びた夢のものなのか……。

 だが、目の前を次々に通り過ぎ、床に水溜りを作っていく機械達の持つ、冷たい性質の気配は、その血の通っていない感触はーー私に現実であることを否応なく示してくる。

 私は一度、大きく息を吸って、吐いた。

 大丈夫。

 目を開けてみると、機械達の姿は消えていた。

 私が首を振ってみると、媼がこちらを見つめて、穏やかに微笑んでいた。

「そろそろ、お部屋に上がったら? 寒くなってきたでしょう。お風呂にでも入るといいわよ。お掃除はしておくから、気にしないでね」

 ……私は、返事をすることが出来ず、ただ辛うじて出来たのは、頭を下げるだけで、それから漸く、本当に立ち上がった。

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