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人間牧場
□
しおりを挟む陰鬱な曇り空が、荒れ果てた大地ばかりの道なき道に、突如として出現して、それはこれから先にある場所の性質を予言しているようにも感じられた。
見上げて見える厚い雲に覆われた灰色の空は、私の心の反映のようだ。
仕事だ。私は自らに言い聞かせるように、胸の内でそう呟く。
仕事だ。これは仕事なんだ。
私はバイクの速度を落とすことなく、沈鬱な雲が覆う場所へと走らせていった。
眼前に、大きな蓋のようなものに覆われた、要塞のような建物が見えてきた。
ーーーー
「さあ、飲んでくだサイ。長旅でさぞお疲れでしょウ。遠慮なさラズ」
私はここの『管理者』を前にして、出されたカップを静かに見つめていた。
目の前にいる機械ーー得意先のロボットはーー慣れた所作で自分の分のカップに黒い液体を注ぎ、それを即席で誂えたような口の場所に、静かに流し込んでいく。
息という名の蒸気を吐き、美味そうな『顔』をして、ロボット、通称『アラキ』は、少しだけ中身の減ったカップをテーブルに置き、慇懃に言った。
「ダイジョウブデスヨ。イツモトオナジ、普通のお茶デス。お分かりでショ?」
「ええ」
と私は呟き、いつも通り、カップを手にし、黒い液体を口にする。苦味が先に来て、それから深い「コク」のような感じがある。それはお茶というよりも、何かこう、
「タールを飲まされているような気分ダ」
私が顔を上げると、アラキは表情パーツを動かして、自然と笑みを作っていた。
「前に来た商人の方々ガ、そう口々に仰っているのヲ、私、裏におりましたラ、自然と聞こえてきましてネ。無論、本物のタールなんかじゃございまセン。そんな物、人間が口に出来ない事ぐらイ、先刻承知しておりまス。
それは西のある名産地ノお茶でス。良いお茶なのですヨ。まあ、私は味は分かりませんがネ」
「美味しいですよ、とても」
私は持っている細かな装飾が施されたカップを持ち上げ、答える。
アラキは満足げに微笑み、言った。
「そうでしょウ、そうでしょウ。何でモ、良いお仕事をする人間は大歓迎なのですヨ。あなたのようにネ、ヴェロニカサン。今回のキュロス・エネルギーも素晴らしい品質で、私ども機械達は皆諸手で喜んでいまス。特に私ガ、なんちゃっテ」
そう言いながらアラキは恥ずかしげな表情を浮かべ、人間のように頭を掻く仕草を見せた。
私は何も言わず、カップにもう一度口をつけ、茶を飲んだ。美味しい茶かと言われれば微妙かもしれないが、健康に害がないのであれば、カルネの土産にいいかもしれないな、などと少しだけ頭をよぎる。
だが、こんな場所で出されたお茶を彼女に飲ませる訳にはいかないと思い、すぐにその考えを打ち消した。
アラキは満足そうにまだカップに口をつけ、飲んでいる。私は手持ち無沙汰になり、腰掛けている上質な革のソファに手を触れ、握る動作をする。
それを見てか、アラキがカップから口を離し、言う。
「アア、それも良いソファでしょう? 腰掛けると、心地良い。そうじゃありませんか? 私達ロボット達にはその感触も気持ちよさも理解できませんガ、人間達が気持ちよさそうにするのだけは解りまス。商人の方々から買い付けましテ。中々良い出来栄えじゃありませんカ。ねえ、ヴェロニカサン」
私は少しだけ沈黙してから、答えた。
「ええ、そうですね」
「さて、と。お茶も飲み終えた所ですシ」
アラキがそう言うと、カップを持ちながら立ち上がる。足が長いせいで、想像よりも身長がある。私と頭一つ分程度は差があるだろうと思った。
「ヴェロニカさんの運んでくれたキュロス・エネルギーがちゃんと稼働しているのかどうか、確認に行かないといけまセン。その間、前回同様、園内をお好きなように巡って下さって結構ですノデ。また、確認が終わりましたラ、園内放送でお呼び致しマス。ご宿泊はなされマスカ? 一応ですが、宿泊施設も完備されておりマス。確か前回は、確認の後、すぐにお帰りになられましたヨウナ? ……どうなさいますカ?」
私は少し考え、今の所は分からない、と答える。
アラキは満足げに微笑みを浮かべ、続ける。
「そうでスカ。ご遠慮なさラズ、もしその気になりましたラいつでもご相談下さイ。運び屋さんにはいつもお世話になっておりますから、当然お代もサービスさせて頂きマスヨ」
「お心遣い感謝いたします」
「いえいえ、ではワタクシはこれで」
私はアラキが裏に出ていったのを確認してから、立ち上がり、壁にかけていたコートを手に取った。
扉を開けると、空調の行き届いた質量を感じさせる不自然な空気が、顔にぶつかった。
私は一度深く息を吸い、吐き、それから前を向いて、歩き始めた。
柵のようなものがそこかしこに建てられ、囲いが設けられている。
ただ今はその中には誰の姿も見られない。私は歩きながら少しばかり安堵し、何故自分がそこで安堵したのか、問いかける自分の姿を見つけ、必死で振り払う。
歩き続けると、小さな小屋のようなものが眼前に見え始める。
相変わらず籠ったような空気が漂う中、見える景色の中には、何の姿も見られなかった。
もしかしたら、屠畜場か、それか搾乳場か……。
私が自然とそんな思考を巡らせていると、後ろから声がする。
「見学の方ですか?」
私は腰の銃に回していた手を下ろし、その声の主の姿をよく見てみる。どこにでもいるような、柔和な笑顔を作っている、小柄な若い娘だった。白いTシャツの上に、紺色のオーバーオールを着て、不思議そうに見ている私を見つめていた。
娘は言った。
「そんなに警戒しないでくださいよう。私はここで働いている職員です。ニッカと言います。よろしくお願い致します……。あ、もしかして噂の運び屋さんですか? 良かったあ! 一度お目にかかりたいと思ってたんですよう! あ、この先ですか? この先は搾乳場で、その名の通り家畜の乳を絞っています。ご覧になっていかれます?」
私はマシンガンのように繰り出される言葉の数々に圧倒され、まごついてしまった。
娘はそれを了解と捉えたのか、急に私の手を捉え、ぐいぐいと引っ張ろうとする。小柄な体躯に似合わず結構強い力で、驚く。
私はそのまま、何故か急ぐようにして手を掴む彼女に引っ張られるようにしながら、小屋の方へと少しずつ向かっていった。
私は引っ張られたまま娘の後ろ姿を見ながら、独り胸の中で思う。
こんな娘、前に来た時にはいたか……?
私がそんな事を思っていると、娘に引っ張られている内にあっという間に小屋の前に着いた。戸惑っている私を尻目に、娘は淡々とした所作で鍵束を取り出すと、その一つを重そうな扉に差し込み、捻る。
そして例の貼り付いたような笑顔を見せて、言うのだった。
「はい、さあ。どうぞ~」
私は扉の中に広がる暗闇を見つめ、暫くの間立ち尽くしていた。
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