備忘世界の運搬屋

星兎

文字の大きさ
20 / 64
人間牧場

しおりを挟む


 陰鬱な曇り空が、荒れ果てた大地ばかりの道なき道に、突如として出現して、それはこれから先にある場所の性質を予言しているようにも感じられた。

 見上げて見える厚い雲に覆われた灰色の空は、私の心の反映のようだ。

 仕事だ。私は自らに言い聞かせるように、胸の内でそう呟く。

 仕事だ。これは仕事なんだ。

 私はバイクの速度を落とすことなく、沈鬱な雲が覆う場所へと走らせていった。

 眼前に、大きな蓋のようなものに覆われた、要塞のような建物が見えてきた。


ーーーー

「さあ、飲んでくだサイ。長旅でさぞお疲れでしょウ。遠慮なさラズ」

 私はここの『管理者』を前にして、出されたカップを静かに見つめていた。

 目の前にいる機械ーー得意先のロボットはーー慣れた所作で自分の分のカップに黒い液体を注ぎ、それを即席で誂えたような口の場所に、静かに流し込んでいく。

 息という名の蒸気を吐き、美味そうな『顔』をして、ロボット、通称『アラキ』は、少しだけ中身の減ったカップをテーブルに置き、慇懃に言った。

「ダイジョウブデスヨ。イツモトオナジ、普通のお茶デス。お分かりでショ?」

「ええ」

 と私は呟き、いつも通り、カップを手にし、黒い液体を口にする。苦味が先に来て、それから深い「コク」のような感じがある。それはお茶というよりも、何かこう、

「タールを飲まされているような気分ダ」

 私が顔を上げると、アラキは表情パーツを動かして、自然と笑みを作っていた。

「前に来た商人の方々ガ、そう口々に仰っているのヲ、私、裏におりましたラ、自然と聞こえてきましてネ。無論、本物のタールなんかじゃございまセン。そんな物、人間が口に出来ない事ぐらイ、先刻承知しておりまス。

 それは西のある名産地ノお茶でス。良いお茶なのですヨ。まあ、私は味は分かりませんがネ」

「美味しいですよ、とても」

 私は持っている細かな装飾が施されたカップを持ち上げ、答える。

 アラキは満足げに微笑み、言った。

「そうでしょウ、そうでしょウ。何でモ、良いお仕事をする人間は大歓迎なのですヨ。あなたのようにネ、ヴェロニカサン。今回のキュロス・エネルギーも素晴らしい品質で、私ども機械達は皆諸手で喜んでいまス。特に私ガ、なんちゃっテ」

 そう言いながらアラキは恥ずかしげな表情を浮かべ、人間のように頭を掻く仕草を見せた。

 私は何も言わず、カップにもう一度口をつけ、茶を飲んだ。美味しい茶かと言われれば微妙かもしれないが、健康に害がないのであれば、カルネの土産にいいかもしれないな、などと少しだけ頭をよぎる。

 だが、こんな場所で出されたお茶を彼女に飲ませる訳にはいかないと思い、すぐにその考えを打ち消した。

 アラキは満足そうにまだカップに口をつけ、飲んでいる。私は手持ち無沙汰になり、腰掛けている上質な革のソファに手を触れ、握る動作をする。

 それを見てか、アラキがカップから口を離し、言う。

「アア、それも良いソファでしょう? 腰掛けると、心地良い。そうじゃありませんか? 私達ロボット達にはその感触も気持ちよさも理解できませんガ、人間達が気持ちよさそうにするのだけは解りまス。商人の方々から買い付けましテ。中々良い出来栄えじゃありませんカ。ねえ、ヴェロニカサン」

 私は少しだけ沈黙してから、答えた。

「ええ、そうですね」

「さて、と。お茶も飲み終えた所ですシ」

 アラキがそう言うと、カップを持ちながら立ち上がる。足が長いせいで、想像よりも身長がある。私と頭一つ分程度は差があるだろうと思った。

「ヴェロニカさんの運んでくれたキュロス・エネルギーがちゃんと稼働しているのかどうか、確認に行かないといけまセン。その間、前回同様、園内をお好きなように巡って下さって結構ですノデ。また、確認が終わりましたラ、園内放送でお呼び致しマス。ご宿泊はなされマスカ? 一応ですが、宿泊施設も完備されておりマス。確か前回は、確認の後、すぐにお帰りになられましたヨウナ? ……どうなさいますカ?」

 私は少し考え、今の所は分からない、と答える。

 アラキは満足げに微笑みを浮かべ、続ける。

「そうでスカ。ご遠慮なさラズ、もしその気になりましたラいつでもご相談下さイ。運び屋さんにはいつもお世話になっておりますから、当然お代もサービスさせて頂きマスヨ」

「お心遣い感謝いたします」

「いえいえ、ではワタクシはこれで」

 私はアラキが裏に出ていったのを確認してから、立ち上がり、壁にかけていたコートを手に取った。

 扉を開けると、空調の行き届いた質量を感じさせる不自然な空気が、顔にぶつかった。

 私は一度深く息を吸い、吐き、それから前を向いて、歩き始めた。

 柵のようなものがそこかしこに建てられ、囲いが設けられている。

 ただ今はその中には誰の姿も見られない。私は歩きながら少しばかり安堵し、何故自分がそこで安堵したのか、問いかける自分の姿を見つけ、必死で振り払う。

 歩き続けると、小さな小屋のようなものが眼前に見え始める。

 相変わらず籠ったような空気が漂う中、見える景色の中には、何の姿も見られなかった。

 もしかしたら、屠畜場か、それか搾乳場か……。

 私が自然とそんな思考を巡らせていると、後ろから声がする。

「見学の方ですか?」

 私は腰の銃に回していた手を下ろし、その声の主の姿をよく見てみる。どこにでもいるような、柔和な笑顔を作っている、小柄な若い娘だった。白いTシャツの上に、紺色のオーバーオールを着て、不思議そうに見ている私を見つめていた。

 娘は言った。

「そんなに警戒しないでくださいよう。私はここで働いている職員です。ニッカと言います。よろしくお願い致します……。あ、もしかして噂の運び屋さんですか? 良かったあ! 一度お目にかかりたいと思ってたんですよう! あ、この先ですか? この先は搾乳場で、その名の通り家畜の乳を絞っています。ご覧になっていかれます?」

 私はマシンガンのように繰り出される言葉の数々に圧倒され、まごついてしまった。

 娘はそれを了解と捉えたのか、急に私の手を捉え、ぐいぐいと引っ張ろうとする。小柄な体躯に似合わず結構強い力で、驚く。

 私はそのまま、何故か急ぐようにして手を掴む彼女に引っ張られるようにしながら、小屋の方へと少しずつ向かっていった。

 私は引っ張られたまま娘の後ろ姿を見ながら、独り胸の中で思う。

 こんな娘、前に来た時にはいたか……?

 私がそんな事を思っていると、娘に引っ張られている内にあっという間に小屋の前に着いた。戸惑っている私を尻目に、娘は淡々とした所作で鍵束を取り出すと、その一つを重そうな扉に差し込み、捻る。

 そして例の貼り付いたような笑顔を見せて、言うのだった。

「はい、さあ。どうぞ~」

 私は扉の中に広がる暗闇を見つめ、暫くの間立ち尽くしていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...