この荒れ果てた世界の内側で

転々

文字の大きさ
上 下
22 / 64
人間牧場

しおりを挟む



 外に出ると、機械照明の白い光が目を焼いた。思わず手でひさしを作り、見上げると、円蓋の天井部分の照明が、強く光ったり、小さく萎んだり、点滅を繰り返している。

 恐らくはアラキ達が自分が届けたキュロス・エネルギーを使って、照明の点検をしているのだろう、なおも明滅を続ける照明が、目にうるさかった。

 私は天井を見るのをやめて、歩き始める。

 明滅した空間を見ながら、私は柵の間にある道を戻り始めた。

 と、歩き続けている道の先で、何かの音がし始めるのが聞こえ、見ると、下から何か大きな筒のようなものが伸び始めた。

 それは結構な高さまで伸び続け、見上げる程の高さにまでなった所で静止した。私が訝しむ気持ちで立ち止まっていると、その筒の前面が、私の見ている側の面が、口を開くように開いた。

 私が見ていると、一体の人形のような真っ白な肌の人間の形をした動物が、地面に躍り出て、よろめいた。

 私は思わず駆け寄って手を差し伸べそうになったが、途中でやめた。動きに続きがあったからだ。

 白い人間のような動物は、地面に膝をついて背中を上下させて呼吸している。その後ろから、同じように真っ白な肌の人間型の動物が、筒に開いた口から出てきた。

 私は呼吸をするのも忘れ、その光景を見つめていた。

 次から次へと筒から出てくる、真っ白な人間型の動物達。彼らは前のめりになって不安定な姿勢の者もいるが、それでも自分の足で、それぞれ、自分の柵の中へと入っていくのだった。

 彼らの乱れぬ緩慢な動きを見ながら、いつの間にかびっしょりと汗をかいている掌をコートの裾で拭う。

 すると、筒の最後の者なのか、巨大な手足の長い機械が現れ、私の前に立ち、言った。

「誰ダ、オマエハ」

 機械は四肢が異常に長く、先端は鍵爪のような鋭い指先を持っていた。四角い胴に、更に長い首の先に、オマケのようにアラキと同じような簡素な四角い顔が付いていた。

 見上げる程の大きさのそれが、私の事を見下ろしていた。

 私はコートの裾を握りしめたまま、動揺を悟られぬように努めながら、答えた。

「私は運び屋のヴェロニカ。先程到着して、今はアラキさんにキュロス・エネルギーを使った動作確認をしてもらっている。その間の時間は自由に歩き回ってもいいと言われて、そうしているんだ。

 ……あなたの名前は?」

 名前など聞く必要もなかったが、間を持たせる必要性を感じて、付け加える。

 機械は私が運び屋だと聞くと、分かりやすい程に相好を崩し、連動して簡素な顔部品が不気味な笑顔を作って、口を動かした。

「……ソウカ、アンタが、ヴェロニカ。ウワサハ良くシッテイル。アンタ、ニンゲンノ癖に、ワタシたちキカイノタメニ働いてイル。クスクス。オカシイな。アンタは人間ナノに。オカシクナイノカ? フゴウリダ。リカイ出来ナイ」

 意外な流暢さで機械がそう言い、私は面食らった。だが気を取り直して、裾から手を離し、私は大仰な仕草で両手を広げた。

「ああ、奇妙だろうとも。それでも、私みたいな運び屋をする人間がいないと、皆が困るだろう?
 ……私は自分の感情よりも、仕事とそこに関わる者達の事を優先するたちでね、色々な所を巡れるし、これでも結構楽しいのさ。彼等は放牧中の仔たちかい?」

 仔たちかい? と問うとき、私の胸の一部が、ズキリと痛んだ。

 だがその痛みの事を私はあえて意識しようとは思わなかった。

 機械は私の言葉を聞き終え、一度丸い目を大きく瞬かせてから、言った。

「ソウカ。ソレハ確かニ、タイセツな事だナ。私もココデ働かされてイル、だが、アラキさんが私の事を必要とシテクレテイル、ソレダケでもヤリガイヲ感じル。ダガ、オマエは、イヤじゃないのカ? アイツラは人間で、オマエのナカマじゃないノカ」

 私は答える。

「種族的にはそうだろうな。でも、私は彼等とは生まれが違う。彼等はここで作られて、お前たち機械に生かされている、家畜だ。それは一つのお前達が作った産業形態だし、部外者の私が何かを感じる必要もないし、干渉することでもない。だから別に、彼等を見ても、私個人としては、何も感じるものはないね」

 嘘だ! 私の心の一部がそう叫んでいるのが感じられた。黙れ、と私はその声の主に叫び、声を抑え込んだ。

 機械は満足したのか、仕事に移ろうとしているのか、その長い手足をのっそりと動かし始めながら、続ける。

「アア、そういうニンゲンもいるノカ。オモシロイナ。ワタシはココデツカッテいるニンゲンタチしか殆どシラナイカラ、ワカラナインだ。ナルホド、お前ハオモシロイヤツだナ。

 ヴェロニカ。ナマエをオボエテオクトスルヨ。次キタトキは、私のトコロまでアイサツニキテくれるとウレシイゾ。ハンショクジョウでハタライテイル、〇ゴウだ。ヨロシクタノム」

「よろしく」

 と私が答えて、機械が動き始めたのを見て脇を見ると、人間動物達が皆、それぞれの柵の内側に入り、芝生の上で座ったり、寝そべったりしていた。呆然とした顔で、何も考えていない風に見える。

 私は柵に近づき、柵に両手を持たせかけ、体重を預けた。

 いつの間にか照明が明滅をやめていた。今は穏やかな太陽の光を思わせる、仄かな熱を帯びた暖かな光が天井から降り注いでいる。

 今は日光浴の時間なのか、彼等は一様にぼんやりとして、天井から降ってくる暖かい光を気持ちよさそうに浴びていた。

 私も当然その光を浴びながら、彼等の事を見ていると、不思議な気分になってきた。

 何故私は、こんな事をしているのだろう……?

 彼等は横になったり、向こうの柵の辺りで、女型の人間動物と、男型の人間動物が、後背位の形で交わっている。

 間断なく動かされる腰の動き。のどかな暖かみが包む景色の中に、肉同士がぶつかり合う音と、時折喘ぎ声のような獣のような声が響く。

 私は訳の分からない吐き気を催し、目を閉じると、横から声がした。

 驚いて目を開けると、そこにはニッカが立っていて、私の事を、先程まではなかった憂いのような光を湛えた瞳で見据えていた。

「ちょっと、いいですか? ヴェロニカさん」

 私は柵にもたれるのをやめ、道の上に戻る。ニッカは酷くかしこまった様子で、暫く私の方に視線を向けなかったが、やがて決心したような顔で、私の事を見た。

 肉がぶつかり合う音と、獣の喘ぎ声がこだまする中、ニッカが、強い決意を滲ませた顔で、言った。

 先程までとは雰囲気が全く違っている。私はその違和感にすぐに気がついた。

「ちょっとお話がしたいのですが。お時間、いいでしょうか?」

 私はちょっと間を置いて、辺りを見回す。

 まだアラキの姿は見えない。いつの間にか〇号と同じ形をした機械達が、幾つもある囲いに一体ずつの割合で柵の辺りをうろついているのが見えた。

 肉のぶつかり合う音を聞きながら、私は溜息を吐き、それから言った。

「いいよ。まだ時間があるみたいだし」

 するとニッカは顔を輝かせて、酷く嬉しそうな顔をした。

「本当ですか?

 ありがとうございます!

 ……じゃあ、あちらの方にある、私のお家でお話したいのですが。ボロいし、狭いですが、お茶ぐらいは出せます」

 私は気になり、思わず尋ねていた。

「……あの茶か?」

 私がアラキに出された茶の事を言っていたのだが、ニッカには何の話なのか分かっていないらしかった。

 私は手を振って訂正した。

「なんでもない。早く行こう」

 わかりました! とニッカは不思議そうな顔から嬉しそうな顔へと忙しく表情を変えて、それから先を歩き始めた。

 私もその後ろ姿を追い、歩き始める。

 ふと、肉がぶつかり合う音が聞こえなくなったのに気が付き、背後を振り返る。

 見ると、先程交わっていた男と女の人間動物の上に、〇号の機械の姿が見えた。

 機械が鋭い爪の先に握っているのは、男の人間動物の首で、体は、未だ女の腰の前で、立ち尽くしていた。

 男の頭部からは、どす黒い鮮血が勢い良く溢れ出している。その上に影を作るようにして立っている機械の爪先からも、大量の黒い血が滴り落ちていた。

 私は暫く立ち止まり、それから目を瞑って、再び歩き始める。

 ニッカがそんな私の姿を、少し離れた道の先で見据えていた。


しおりを挟む

処理中です...