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人間牧場
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しおりを挟む私の最初の記憶は、冷たい液体の感触です。
自分を包み込んで、ただただ冷たくて。でも、同時に温かくもあって。それは私を包み込んでいながら、生かしてくれていました。色んな管が体に付いていて、それが栄養を送ってくれていたのだと、後になって知りました。
私は胚から生まれたんです。機械の作った胚、人間を生み出す技術で作り出された胚です。私は母親から生まれたのではないんです。私の親は、強いて言うのなら……アラキさんなのでしょうね。
私はつい最近、ここに戻ってきて、仕事をするようになったんです。多分、前回ヴェロニカさんがいらした時にはいなかったんじゃないかと思うんですが。
私はその時、ギガ・メトロポリスにいました。ご存じですか? 機械たちの為の国です。
そこには一定数の人間も住んでいるのですが、そこでは幾つかの専門的な人間専用の学校のようなものがあって、機械たちが人間達を御しやすくするために、機械の為に訓練を受けた人間を養成する為の学校なんです。
私はそこで、家畜としての人間の扱い方、人間牧場の仕事内容、そして何よりも、搾乳業について多くを学びました。
人間は機械達のように、ノウハウをデータとしてインストールさせることが出来ません。機械達からしたらとても手間暇と時間がかかる、鬱陶しい存在だと思います。
でも、機械もまた知っているのです。未だ存在している人間達と交流し、交易をし、または支配をし、反抗の芽を摘むのには、カモフラージュとしての人間の姿が必要不可欠なのだという事を。
それで私たちのような、機械の為だけに生み出され、奉仕をする専門的知識とノウハウを身に付けた特化した人間が作られたのです。
そう、私たちは生み出されただけではなくて、機械達に生き方も、仕事も、死に方さえも初めから定められている、見かけは人間のようでいて、でも中身は機械のように味気がない、血の通っていない存在なんです。
ようは、家畜化された人間とは少し違う成長のさせ方をさせた、半人間みたいなものでしょうか。自分の意思なんて、本来持つことは許されないし、そう言うことは出来ないと。少なくとも機械達はそう考えているようですが。
でも、イヴや私のような人間もいる。半人間でも、ちゃんと自分の意思を持ち、反抗する力、自由を求めて旅立てる力を持った人間が、確かに存在するんです。
私が、自分の事をそう言う人間だと、信じたいだけなのかもしれませんが……。
話が逸れましたね。私のルーツのお話でした。
ここに配属されたのは、実際には遠隔で作業などをしていたので、五年程前でしょうか。
離れた所からでも、仔達の様子や、お乳の成分の分析、お胸の張り具合、交配の前後の状態などもモニターできましたし、離れたところからでも、出荷させる事も出来るんです。
長い訓練の後、配属された今の牧場で、私は賞を取りました。その時はまだイヴも一緒で、二人で喜び合ったりもしていたんです。……今となっては、イヴちゃんはきっと、私に合わせていただけなのだろうなと思うんですが……。
私とイヴちゃんとで作った種たちのお乳が、ギガ・メトロポリスに送られて、それで試飲会や成分分析会、様々な機械都市の品評から選定されて、最終的に最も品質の高いお乳が、私達が作った仔たちのお乳だったんです。
……でも、それは同時に、私達を束縛する楔にもなりました。
そんな優秀な専門的人間、昔は「人材」と呼んだらしいですね。言い得て妙だな、と思うんですけど、彼らはそんな存在を絶対に離すことはしないと決めたらしかったのです。
と言うのは、そう言う決断は機械の本部とそれから伸びる諸々の管理者達の裁量に任せられているのですが、恐らくはアラキさんにも上から達しがあったのでしょうと推測できました。彼がこの場所に私達を連れてきたのは、そのすぐ後でしたから。
イヴちゃんが脱走を企てたのも、恐らく丁度その頃だったと思います。何せ、初めて入る土地で、アラキさんを含め、機械達が私たちの行動を知識として蓄積し、予測し管理するのには時間がかかりますから。
イヴちゃんは、ここに来て数日が経った頃、突然いなくなりました。二段ベッドの下の段、そこがイヴちゃんのベッドだったのですけど、毛布が捲られたまま、触ると冷たくて。
机の上には手紙が一通残されていて。古代語でした。
私には読めませんでしたが、それでも、何か意味があるのだと思って、今も大事に引き出しの奥に隠しています。ヴェロニカさんなら、もしかしたら読めるのかもしれませんが……。いえ、話を続けますね。
イヴちゃんがいなくなって、すごく大きなサイレンが鳴って。
どこに隠れていたのだろうってぐらいの空飛ぶ機械が飛んで、牧場内と外を隈なく探し回っていました。それこそ本当に、隠れる場所なんてどこにもないぐらい。
ヴェロニカさんもご存知の通り、世界の殆どは荒野で、何も隠れる所どころか、目印になるような物も不足しています。そんな中、恐らくは徒歩でどこか逃げられる場所まで行くなんて、無謀そのものだと思いました。
でも、そんな時、ふと、大きなサイレンの音に混じって、何かの駆動音のような音が聞こえてきたんです。
そう、丁度、ヴェロニカさんの乗っている機械みたいな。そんな音でした。
暫く大きな音と、銃の発砲音みたいな音が続いて、止みました。
それから、家の中で耳を塞いでいた私の所に、どこか憔悴したようなアラキさんがやって来て、あなたのご友人は行ってしまった。黒い悪魔に攫われた、と言ったんです。
私は何のことやら訳が分かりませんでしたが、それでもとにかく、彼女が逃げおおせた事に私は喜びました。とにかく生きている。とにかく無事で、とにかく自由になれたのだ、と。
でも、それからアラキさんが言った言葉で、私は凍りつきました。
彼はこう言ったんです。
『まあ、どちらニシロ、コチラが制御する生命維持装置を切れば、裏切り者は皆死ぬのですガネ。あなたもデスヨ、ニッカ』
私はその場にへたり込んでしまいました。それから、アラキさんが出ていくと、全ての音が止んで、それから、いつもと変わらない日常が始まりました。
仔たちを離し、交配させるものはさせ、搾乳するものはさせて。
私も通常の業務に戻りました。仔達の様子を見ながら、笑顔を作って、出来るだけ普通に。
でも、無理でした。
私は泣いていました。イヴちゃんがもう死んでしまっていることがもう殆ど明らかだったからです。
でも、でも……同時に、羨ましくもあったんです。
彼女は一瞬でも、自由を謳歌できた筈だから。こんな世界でも、自分が自由に表現して、主張ができる、そんな瞬間を与えられた筈だから。
だから、私は……。
彼女はそこで一度呼吸を整え、それからカップを掴むと、一気にあおった。当然のようにむせて、咳き込む彼女を、背中を撫でて落ち着かせた。
私は彼女の話を聞きながら、自分のルーツについて思いを巡らせていた。だが、彼女程上手く言語化できるような気がしなかった。
背中をさすりながら、私は言う。
「それで、自分も死ぬかもしれないけど、一度でいいから、自由を謳歌してみたいって、思うようになったの?」
咳が収まってきたが、まだ苦しそうに胸の辺りを押さえながら、ニッカは言った。
「……はい。あの時と同じように、ヴェロニカさんがあの機体で私ごと連れて逃げてくれたら、私は」
「盗聴されてるよ」
私は彼女の傍を離れながら、言った。
ソファに座りながら言う。「勿論今も、アラキは私達の会話を聞いている。気付かなかったの?」
凍りついたように胸に手をやったまま動かなくなった彼女を、私黙って見据える。
だが、彼女を困らせたくて言った訳ではなかった。
私は人差し指を立て、言った。
「ここを出て行きたいのなら、条件があるよ」
「何ですか⁉︎」
彼女は顔を輝かせて、私の目を見た。期待と喜びとで、頬が上気していた。
私は何も思わずに、淡々と言った。
「アラキに、自分の代わりになる人材を提供すること」
彼女は、ニッカはーー、再び上げかけた腰を下ろし、それからまた俯いた。
「そんな事ができるのなら……」
「できないかもしれない、でも、それはあなた次第だ。あなたが頑張れば、もしかしたら、自分だけは自由になれるかもしれない」
「でも……、でも、もしそうしたら、代わりに来た子が、今度は囚われてしまう」
「元々囚われているのが普通だったんだ。他人の心配を取るか、自分の意思を取るか。単純な二択だね」
「そんな簡単に言わないでください‼︎」
ニッカが声を震わせる。シンクの辺りで、食器が落ちる音が聞こえた。
私は目線を戻して、言う。
「私は別に強制している訳じゃない。でも、世界は非情だ。出せるものがなければ、得られるものは用意されてはいない。この場所も、同じ。
私達が生きているのは、常に命のやり取りをしている場所でもあり、交換世界でもある。
こちら側が提供できる物がないなら、奪われるか、搾取されるか……少なくとも、そもそもテーブルにすらついてもらえない。
アラキも含め、機械達は合理的だ。あなたはそんな存在を相手にしているんだ。
何度も言うが、強制じゃない。あなたはここで仕事のやりがいを感じながら、生涯を全うする事ができる。もしかしたら異動されて、別の国で働いて、他の人間と知り合って、恋に落ちたりする事だって出来るかもしれない。
私が言っていることが表面的な、薄っぺらい真実であることは自覚している。けれども、現実的な話、私はここを重要な取引先として利用させてもらっている。それはレジスタンスの指示でもある。私の意思でもあるがね。
がんじがらめなんだよ。外の世界は荒野でも、私達は、生きている限り……」
自由にはなれないと思うか、ヴェロニカ。
声が響く。私は聞こえないふりをする。
それはお前が諦めているだけだ。
ニッカが震え始めた体を、両手で抱えるように持ちながら、消え入りそうなか細い声で言った。
「……じゃあ、私は、死ぬまで、この場所で、あいつらの相手を……」
私が声をかけようと思った矢先、玄関の扉が開いた。
可愛らしいドアベルが鳴り響き、私達は顔を上げた。
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