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酸性雨の街
□
しおりを挟む暗い。井戸を倒して通路にしたような、閉塞感のある暗さと狭さ。
時折、天井に付いた水滴が落ちてきて、コートを濡らす。布ごしにその冷気を感じながら、進む。
それなりに距離がある。私は直感でそう感じ取り、知らず焦りから早足になっていた歩みを調整して、ゆっくりと息をする。
ここで知り合った顔を思い出し、溜めた息を吐いた。
余計な。余計な。余計な、事を……。
カイ・シマン。赤い物を挟んだパンを食べている、幼い子供達。
ニッカ。
お前は誰も救えない。救う気がないんだ。
お前が考えているのは自分の事だけだ。それ以上お前から汲み出せるものなど、何も無い。
違う。
私は壁を叩き、呟き、歩き続ける。
君はどうしたいの? 救いたいの?
それとも、今の仕事を続けたいの?
自分の為? 誰の為?
あの子達は死ぬ。ニッカだって、あなたが助けなければ、あのまま死んでいた。
キコのお陰で助かったんだ。
あの人は立派だね。
だって……
うるさい!
壁を強く叩く。ゴオン、という震動音が響き、その振動が脚から伝わり、内臓まで震わせた。
暗闇の支配するトンネルが続く。
私は歩き続ける。
今だけは、体の痛みが恋しかった。渦巻く思考を散らせてくれただろうから。
足元に溜まっていた水が少しずつ水量を減らしているのに気付いた。
そして、仄かな砂と乾いた風の匂い。
出口は近い。
私は何も考えないように努めながら、ひたすらに暗闇の中を歩き続けた。
ーーーー
壁の淵から、光が見える。
強い光だ。通路の円形に沿って、光が差し込んできて、出口の扉を淡く浮かび上がらせていた。
その仄かな明かりのお陰で、扉に閂が差し込まれているのが見えた。私は閂を外し、扉を腕で押す。
肩の辺りが少し痛み、それから漸く、少しずつ扉が向こう側へと開き始めた。
少しずつ開かれていく扉の隙間から、風に吹かれた砂埃が、中へと入ってくる。
風に打たれて初めて、頬の辺りが濡れているのに気付き、私はコートの裾でその湿りを拭った。
血でもないし、酸性雨でもない。
私が拭ったものは、私が自身の歴史の中で最も馴染み深い存在だった。
眼下を見下ろすと、愛車が見える。カイを始めとした子供達が気を利かせて掛けてくれたのだろう、岩山色のカバーが掛けられていて、景色に溶け込むように佇んでいた。
私は扉の下にある斜面を滑り降りる。私と一緒に、コロコロと石と砂が零れ落ちてくる。
カバーを捲ると、座席の上に、きちんと整頓された形の、ヘルメットと銃とホルダーがあり、後部座席の荷物には触れられた形跡は見られなかった。
倒れている所を彼等に見つけてもらえたのは、本当に幸運だった。
それ以上は何も考えない。
荷物から水と、携帯食料を取り出し、機械的に飲み、食べ、咀嚼する。
何も考えない。
砂を多量に含んだ風が目に入り、涙が滲む。
遠くで水を求めるバッファローの鳴き声が聞こえてくる。
まだ食べ終わらないうちに、私はヘルメットを被り直し、座席に跨った。
何も考えるな。
何も。
スタンドを蹴り、私は旅を再開した。
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