備忘世界の運搬屋

星兎

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ー・閑話・旅・ー

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 岩山地帯から離れて、数日が経った。

 貰った痛み止めを服用しつつ、殆どの時間を体を休めることに使ったが、その甲斐もあって、体は順調に回復しつつあった。

 機体に跨る時の体の軽さから、それを強く実感できた。

 そうして、旅を続けていた、ある日のこと。

 人の往来によってならされた自然の砂利道を走行していると、前方に、砂埃の中に浮かぶ影のようなものが見えた。

 私は少しだけ減速して、その存在を見る。

 近付いて分かったのは、それは一人の男で、こちらに笑いかけながら、右手の親指を立てていた。

 気になって、思わず減速する。男の目の前で私は止まり、ヘルメット越しに男に尋ねた。

「何してるんです?」

 男は微笑みを崩さない。男は体が大きく、腹もたっぷりとしていて、左手にはステッキを持ち、しっかりと地面に突き立てている。

 砂色のポケットの沢山ついたベストを着て、丸い形の帽子を軽く被っていた。

 男は帽子に手をやりながら、言った。

「いやあ、やっと人が通りかかってくれた。助かった」

 助かった?

 私は首を傾げ、ヘルメットのバインダーを外し、裸眼で男の顔を見る。

 歩いてきたのだろうか。この荒野を。重そうなリュックサックを背負い、一人で、まるで山登りをするかのような格好で。

 私は尋ねる。

「助かったって、何がです? どこかへ向かう途中なんですか?」

 男は腹を揺らしながら、答える。

「そうなんだよ。この先の方に都市があるだろう? そこで商売をする為に、遥々ダストシティからやってきた。

 ダストシティのことは知ってるかい?」

 私は頷き、更に聞く。

「でも、そこから歩いてここまで来たんですか?」

「そうなんだよ」

 男は面白そうに笑う。

「おかしいだろう? 何故車を使わないんだって、色んな人や機械に笑われたっけ。でも、私にはこれがピッタリだって思ったもんだから、気付いたらこの格好になって、気付いたら足を踏み出していた。

 それが旅ってもんじゃ無いかね? うん?」

 はあ、と私は答え、それから暑くなってきたので、ヘルメットを脱ぐ。

 男は私の顔を見て、目を丸くする。

「おや、随分お若いお嬢さんだ。こりゃ珍しい。仕事かね?」

 苦笑して、答える。

「ええ、まあ。私はダストシティの方に用があって」

「そうか、ダストシティ。まあ、あそこは名前の通り埃っぽいし治安も良くはないが、自由を感じられる。いい街だよな。うん、あそこはいい街だ」

 そこで二人の間に、沈黙が流れる。

 吹き抜ける砂埃を含んだ風が、男の帽子と、私のコートの裾を揺るがせる。

 間をあけて、私は口を開く。

「それで、先程仰ってましたけど、助かったと言うのは?」

 私がそう聞くと、おお、そうだ! と男が叫び、それから私の方をまじまじと見つめた。

「私を向こうの都市まで連れて行ってほしいと思ってね、駄目かね……ああ、駄目か」

 男は私が答えるよりも前に、エネルギー缶などで満載になった後部座席を眺め、諦めたようにそう口にする。

 そして、ならばと言うように、リュックを背から下ろして、何かを取り出そうとする。

「じゃあ、商売の話ならどうかね? これは、体力が必要な時に飲むのがいいんだ。滋養強壮に優れた、最近開発された特別な薬なんだよ」

 そう言いながら、男は緑色の液体が入った透明な瓶を私の眼前に掲げて見せる。何故か読めない文字、恐らくは古代語だろうーーが仰々しく書かれたラベルが、前面に貼られている。

 男の開かれたリュックの中を覗き見ると、その瓶が幾つも乱雑に入れられていた。

 私はヘルメットを被り直そうとしながら、冷ややかに言った。

「いえ、体力は十分ですので。大丈夫です」

「いやいや。そういう人にも更に体力がつくから、一口飲んでみなさい。一口!」

「結構です」

「一口でいいから! ね、お嬢さん。バイクは疲れる乗り物だって聞きますよ? これから先、疲れた時に飲むだけでも……」

「平たく言うと、怪しくて飲めないんです」

 私がヘルメットを被り終え、そう言うと、男は慌てた様子で、瓶の蓋を開け、一息に飲み干してしまった。

 私は目を上げて、思わず言う。

「何をしてるんです?」

 何故か肩で息をしている男を、私はもう既に置いていこうと思っていた。アクセルをかける為に、ハンドルに手を置く。

 男が何故か息切れを起こしながら、言う。

「さあ、ほら! 私がこれを飲みましたよ! これで、あなたも飲んでも大丈夫ってことだ。ねえ、そうでしょうが?」

 ハンドルを捻り、エンジンを吹かす。砂を巻き上げる風の音の中に、切り裂くような轟音が鳴り響いた。

「……そろそろ、行きます」

「そうですか」

 男がそう言うと、懐に手を伸ばすのが見え、私は腰に手を回す。

 男が銃を向けるよりも先に、私は男を銃口の先に捉えていた。

「行きますから。いいですね?」

「……はい」

 男の掴んでいる銃を左手で取り、遠くへ放り投げる。すぐに舞っている砂がその上に覆い被さり、その存在は視界から完全に消え去ってしまう。

「悪く思わないでください。旅って、本来こういうものですよね」

「……」

 男は肩を落として、何も言わずに俯いていた。

 それからスタンドを蹴り出し、私は再び走り始めた。

 私は心の中で呟いた。自分に言い聞かせるように。

 そうだ。旅とは本来、こういうものだ。

 少し行った先で、私は男に助言するのを忘れていたことに気が付く。

 男の目的地の都市は、数年前に機械達によって滅ぼされ、今は跡形もないという事を。

 いや、男の目的は本来、先程のように道を行くを捕まえて、商売話か強奪をすることだったのかもしれない。それとも、あの怪しげな薬を無理やり飲ませて、その場でヤク漬けにでも……。

 いずれにせよ、最早今の私には関係のないことだ。

 相槌を打つように、機体が低く唸った。



 
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