備忘世界の運搬屋

星兎

文字の大きさ
36 / 64
ー・閑話・旅・ー

しおりを挟む


 岩山地帯から離れて、数日が経った。

 貰った痛み止めを服用しつつ、殆どの時間を体を休めることに使ったが、その甲斐もあって、体は順調に回復しつつあった。

 機体に跨る時の体の軽さから、それを強く実感できた。

 そうして、旅を続けていた、ある日のこと。

 人の往来によってならされた自然の砂利道を走行していると、前方に、砂埃の中に浮かぶ影のようなものが見えた。

 私は少しだけ減速して、その存在を見る。

 近付いて分かったのは、それは一人の男で、こちらに笑いかけながら、右手の親指を立てていた。

 気になって、思わず減速する。男の目の前で私は止まり、ヘルメット越しに男に尋ねた。

「何してるんです?」

 男は微笑みを崩さない。男は体が大きく、腹もたっぷりとしていて、左手にはステッキを持ち、しっかりと地面に突き立てている。

 砂色のポケットの沢山ついたベストを着て、丸い形の帽子を軽く被っていた。

 男は帽子に手をやりながら、言った。

「いやあ、やっと人が通りかかってくれた。助かった」

 助かった?

 私は首を傾げ、ヘルメットのバインダーを外し、裸眼で男の顔を見る。

 歩いてきたのだろうか。この荒野を。重そうなリュックサックを背負い、一人で、まるで山登りをするかのような格好で。

 私は尋ねる。

「助かったって、何がです? どこかへ向かう途中なんですか?」

 男は腹を揺らしながら、答える。

「そうなんだよ。この先の方に都市があるだろう? そこで商売をする為に、遥々ダストシティからやってきた。

 ダストシティのことは知ってるかい?」

 私は頷き、更に聞く。

「でも、そこから歩いてここまで来たんですか?」

「そうなんだよ」

 男は面白そうに笑う。

「おかしいだろう? 何故車を使わないんだって、色んな人や機械に笑われたっけ。でも、私にはこれがピッタリだって思ったもんだから、気付いたらこの格好になって、気付いたら足を踏み出していた。

 それが旅ってもんじゃ無いかね? うん?」

 はあ、と私は答え、それから暑くなってきたので、ヘルメットを脱ぐ。

 男は私の顔を見て、目を丸くする。

「おや、随分お若いお嬢さんだ。こりゃ珍しい。仕事かね?」

 苦笑して、答える。

「ええ、まあ。私はダストシティの方に用があって」

「そうか、ダストシティ。まあ、あそこは名前の通り埃っぽいし治安も良くはないが、自由を感じられる。いい街だよな。うん、あそこはいい街だ」

 そこで二人の間に、沈黙が流れる。

 吹き抜ける砂埃を含んだ風が、男の帽子と、私のコートの裾を揺るがせる。

 間をあけて、私は口を開く。

「それで、先程仰ってましたけど、助かったと言うのは?」

 私がそう聞くと、おお、そうだ! と男が叫び、それから私の方をまじまじと見つめた。

「私を向こうの都市まで連れて行ってほしいと思ってね、駄目かね……ああ、駄目か」

 男は私が答えるよりも前に、エネルギー缶などで満載になった後部座席を眺め、諦めたようにそう口にする。

 そして、ならばと言うように、リュックを背から下ろして、何かを取り出そうとする。

「じゃあ、商売の話ならどうかね? これは、体力が必要な時に飲むのがいいんだ。滋養強壮に優れた、最近開発された特別な薬なんだよ」

 そう言いながら、男は緑色の液体が入った透明な瓶を私の眼前に掲げて見せる。何故か読めない文字、恐らくは古代語だろうーーが仰々しく書かれたラベルが、前面に貼られている。

 男の開かれたリュックの中を覗き見ると、その瓶が幾つも乱雑に入れられていた。

 私はヘルメットを被り直そうとしながら、冷ややかに言った。

「いえ、体力は十分ですので。大丈夫です」

「いやいや。そういう人にも更に体力がつくから、一口飲んでみなさい。一口!」

「結構です」

「一口でいいから! ね、お嬢さん。バイクは疲れる乗り物だって聞きますよ? これから先、疲れた時に飲むだけでも……」

「平たく言うと、怪しくて飲めないんです」

 私がヘルメットを被り終え、そう言うと、男は慌てた様子で、瓶の蓋を開け、一息に飲み干してしまった。

 私は目を上げて、思わず言う。

「何をしてるんです?」

 何故か肩で息をしている男を、私はもう既に置いていこうと思っていた。アクセルをかける為に、ハンドルに手を置く。

 男が何故か息切れを起こしながら、言う。

「さあ、ほら! 私がこれを飲みましたよ! これで、あなたも飲んでも大丈夫ってことだ。ねえ、そうでしょうが?」

 ハンドルを捻り、エンジンを吹かす。砂を巻き上げる風の音の中に、切り裂くような轟音が鳴り響いた。

「……そろそろ、行きます」

「そうですか」

 男がそう言うと、懐に手を伸ばすのが見え、私は腰に手を回す。

 男が銃を向けるよりも先に、私は男を銃口の先に捉えていた。

「行きますから。いいですね?」

「……はい」

 男の掴んでいる銃を左手で取り、遠くへ放り投げる。すぐに舞っている砂がその上に覆い被さり、その存在は視界から完全に消え去ってしまう。

「悪く思わないでください。旅って、本来こういうものですよね」

「……」

 男は肩を落として、何も言わずに俯いていた。

 それからスタンドを蹴り出し、私は再び走り始めた。

 私は心の中で呟いた。自分に言い聞かせるように。

 そうだ。旅とは本来、こういうものだ。

 少し行った先で、私は男に助言するのを忘れていたことに気が付く。

 男の目的地の都市は、数年前に機械達によって滅ぼされ、今は跡形もないという事を。

 いや、男の目的は本来、先程のように道を行くを捕まえて、商売話か強奪をすることだったのかもしれない。それとも、あの怪しげな薬を無理やり飲ませて、その場でヤク漬けにでも……。

 いずれにせよ、最早今の私には関係のないことだ。

 相槌を打つように、機体が低く唸った。



 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...