備忘世界の運搬屋

星兎

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ダストシティ

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 老婆はカウンターの奥の部屋で、指を小刻みに動かして、キーに何かを打ち込んでいるようだった。

 見ると、それは電卓で、計算をしているらしい。

 私が立っていると、老婆が顔を上げて、眼鏡越しに私の方を見た。

「どうしたんだい? 何か用かね?」

 私は答える。

「いや、用ってほどじゃあないんですが……」

「どうかしたかね?」

 私は言う。

「あの子は、あなたのお孫さんなんでしょうか?」

 すると老婆は眼鏡を外し、布でレンズを拭き始める。それから、なんでもなさそうな風に言う。

「それが気になるのかね? 不思議な人だねえ。そんな客は一人としておらんかったけどなあ。今まで泊めた客の中で。孫だとしたら、どうするね?」

「いえ、別に、どうってことはないんですが、……ただ、ちょっと気になって」

 老婆は煙管を取り出し、咥え、煙を吐きながら、言った。

「まあ、あの子は私の孫ではないことは確かだね。拾ったんだよ、遠い昔にね」

「遠い昔に、ですか……」

 私の脳裏に、瓦礫の中の幼子の姿が閃く。幼子は動物のぬいぐるみを抱え、瓦礫の下敷きになった血だらけの人間の側で、大声で泣き喚いていた。

「あんたは、そういう経験があるみたいだね。見た感じ」

「そう見えますか」

 老婆を見ると、老婆の迷いのない鋭い瞳の光が帰ってきた。

「そう見えるね、ただ……。あんたはまだ、色々と迷っているようにも見える。だがまあ、それもいずれは時間が解決することだろう。私にはそう思えるがね」

「そうでしょうか……」

 私が俯いて何も言わなくなったせいか、老婆は立ち上がり、私の側に寄って、小声で呟く。

「まあ、ちょっと、付いてきなさいな」

 老婆はそう言うと、カウンター奥の部屋の隅にある扉に向かって歩き始める。鍵束を取り出し、そのうちの一つを差し込み、捻った。

 扉の先は、小さな通りだった。

 老婆の後ろについていくと、木剣で遊ぶ子供たちの姿が見える。

 老婆が思い出したような口調で言う。

「あの子達は、皆拾われてきた子供達だ。貧民窟じゃ危険も有り余るほどだし、まともに職にありつけるのも簡単じゃないが、それでもあの子達は、今を懸命に生きておるわ。私を含めた大人達も含めてじゃけどな……。

 別に、住む場所も、生きる場所もどこでもいいんだよ。生きられるのならな……。余計な贅沢は心を縮ませ、不自由にする。行き過ぎた貧困もまた、同じことが言えるが。まあ、ここに住む人間達は、金には不自由しとるだろうが、基本的な資源は局から支給されとるし、外から見るよりは生活には困っとらんのだよ。程度の問題じゃけどな。

 お前さんが心配しとるのは、殆どが子供のことだろう?」

 私は、木剣で打ち合い遊ぶ子供達の後ろ姿を見ながら、言う。

「私から見れば、子供は、あまりにも不自由です。住む場所も、生き方も、生まれながらにして殆ど決められている。運命みたいなもの……、そう言う漠然とした何かを、打破するための力が、若すぎる時期には得られない、得られなければ、そのままずるずるといってしまう……」

 老婆ははっは、と軽く笑った。

「お前さんもまだまだ大分若い事を忘れとるな。幾つになる?」

「二十一です」

「若いな。と言うよりも、幼いと言うべきだな」

 老婆が吐く煙が、埃の混じった風に流され、棚引き消えていく。

 肌寒い風が、巨大な尖塔の方から吹き付けている。

 私の視線に気づいたように、老婆が言う。

「あそこには多分、お前さんが必要としているものがあるのじゃろう。けどな、あまり期待せんことだ。人生は、生きるということは、事を前提として初めて成り立つのだという事を、若い者は知る必要がある。弁えておく必要が、な。

 いずれ分かる時が来るにしても、お前さんは、ヴェロニカ、自分の気持ちをよく見て、学ぼうとしなければならない。

 急いても得られず、歩いても見えず、であれば、自分には何ができるのか……」

「あの子はここにいて、あなたの跡を継ぐのでしょうか?」

 煙管から口を離し、老婆は言う。

「それは、あの子が決めること。さあ、渡すものを渡しなさい。それが目的の一つでもあるのだろう?」

 私は聞かれて、コートのポケットに手を入れ、封筒を取り出す。

 目の前の老婆ーー情報屋のラーフは、不敵な笑みでこちらを見ながら、付け加えるようにして、最後に言った。

「まあ、ゆっくりして行きなさいよ。私に渡す用が済んだなら、後は自分の仕事に戻りなさい。お前さんが行くべき場所は、もう既に決まっているようなものだから。言っている意味が分かるでしょうが」

 私は頷き、幾つもある細道の終着点である尖塔を見上げ、睨みつけるように見る。

 老婆をそこに残して、私は自分の部屋に戻っていった。
 

ーーーー
 無限のようにも感じられる幾つもの階段を上がりきり、入った尖塔の内部は、まるでネジの内部のようだった。

 天まで貫いているかのような無限の高さを天井は誇り、その内側を線がなぞるように階段が続いている。エスカレータの類も見られるが、それらは階段に遊びのように設けられているように見えた。階段はどこまでも続き、うねり、捻りを伴い、遥か先の最果てまで永遠に続いているように見える。

 重いエネルギー缶を二つぶら下げながら、正面に見える受付へと向かう。ここで取り次いでもらうのが常だった。

「運び屋のヴェロニカ。資源管理局のゴードンさんに取り次いでもらいたい」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 スーツを着込んだ人間ばかりが、そこかしこで書類やタブを片手に話をしている。ロビーらしき場所には椅子と観葉植物が置かれ、ガラス張りの巨大な窓からは曇り空からの白い陽光が隙間なく差し込んできている。

 どういう気持ちでそれらを見ていればいいのか分からず、私は目を細めて、片足を支えにして休んでいた。

 すると、唐突に脚に柔らかな衝撃が起こる。私が驚いて振り向くと、そこにはサラの姿があった。

「君、どうしたの。こんなところで」

 私が言うと、青い瞳を真っ直ぐに向けながら、少女は答える。

「ヴェロニカさんのこと、気になったから。あなたのこと、もっと知りたいと思って、つけてきちゃったの。駄目かな」

 私は息を吐いて、言う。

「仕事の話だからね。今は駄目だと思う。私が良くても、先方がね。待っててくれたら、どんな話か後で教えてあげられるけど」

「それなら知ってる。キュロス・エネルギーの事でしょう?」

 束の間、耳の中から音が消える。目に見えない綿が、耳のすぐ側で全ての音を吸い取ってしまったみたいだった。

 気を取り直して、私は聞く。

「どうして、そう思うの?」

 少女は落ち着かなげに辺りを見回しながら、駄々をこねるように言った。

「運び屋の人、何人も見てきたから。皆あなたと同じ缶をぶら下げて持ってた。それ、何って聞いたら、大事な商品っていうから、ゴードンに聞いたら、エネルギーって言ってた」

 私は思わず瞬きをする。

「ゴードンを知ってるの?」

「ヴェロニカ様。最上階、応接間にてゴードン様がお待ちです。三番エレベーターよりお越し下さい」

 後方からアナウンスの声が白々と聞こえ、我に返る。

 少女は既に慣れた様子で三番エレベータに向かって走り出していて、私が追いついた時には、既に内部に入り、待っていた。

 少女が快活な微笑みを浮かべながら、ボタンを押し、言った。

「さあ、ヴェロニカ。最上階だよ。行こう」

 私が乗ると、少女が間髪を入れずに、軽く飛んで、最上階のボタンを押した。まるでこうなることが初めから決まっていたみたいな動作だった。

 私とサラを乗せた箱が、滑らかな音と共に、ゆっくりと上昇し始めた。


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