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殺戮港(ズア・ポート)
□
しおりを挟む歓声が木霊する中、通りの右側に立っている、一続きのアパートの形を成した家屋にある階段を数段上がる。途中に幾つか扉があり、試しに一つ、鍵を差し込んでみた。
捻ると、滑らかな感触と一緒に小気味のいい音が鳴り、鍵が開いた。
扉を開き、中に入っていく。
生活感のある玄関。と、そう錯覚してしまいそうな内装だった。
玄関脇には淡い桃色の花を咲かせた大樹のタペストリーが飾られており、靴箱の脇には丸い古びた傘立てがある。だが傘は全て途中でへし折れている。
靴箱にかけられたシェードの隙間から中を見てみると、古びた靴が幾つか入れられているが、そのどれもが埃を纏っていた。
靴を脱ぐこともなく、上がっていく。
中は更に殺風景だった。上がって左には、丸い小さなテーブルがあり、その先に擦り切れたような柵付きの巨大な窓があり、錆が怨念を垂れ流したような風情で浮いている。窓の付近だけ頻繁に使用されていることは明らかだった。
散乱している黒いものがこびり付いている空き缶を暫しの間見つめ、それから私は先へと進んでいった。
段々と歓声が大きく、解像度を増していく。
部屋の奥に設られた違和感のある扉を鍵で次々に開け、同じような内装の部屋を幾つも潜り抜けていく。一つ潜り抜ける度に、歓声が大きくなっていく。
やがて、自分のいる場所と、歓声の場所とが一致した部屋に到着して、私は足を止めて、呼吸を整えた。
窓の方を見やる。そこには巨大な窓が変わらず置かれており、ただその側に小さな機械が一体、こちらの方を伺うように見ていた。
私は軽く手を上げて、窓に近付き、外の景色を見る。
ニンゲン、と言う機械の言葉が傍から聞こえてきたが、聞こえないふりをした。
そこに広がっているのは、確かに地獄絵図と呼べるものだった。
人間牧場にいる白い肌の人間達とは違う、しっかりと血色を持った人間達が、巨大な柵の内側で、フラフラと揺れながら、柵に向かって突進している。
柵の外側、安全が確保されている場所なのだろう、その場所から、様々な格好をした人型の機械達が、銃を手にして、それらを一心不乱に撃っている。
一体倒れる毎に、興奮しているのにどこか無機的な歓声と、実況の声が木霊する。
「一体、二体……あっと、エル号選手、三体目も倒しました! 素晴らしい命中精度です! これは展開がますます分からなくなって参りました。現在、北側チームが三点リード! 一切目が離せません!」
人間達は明らかに何か薬物を投与されている。常人の動きではない。歩く速度はまちまちだが、柵の中であちこちに置かれた何かに向かって突進し、何かを貪り、叫び、それからもみくちゃになりながらも、段々と柵の方へと近づいていく。
機械達は箱の上に置かれた何かに夢中になっている人間達を、小銃や狙撃銃で撃ち殺している。体内に内蔵された自前の銃を使っている個体もいた。
人間達の数は夥しく、そこだけ砂場になっている地面は、時間が進むにつれて血の色に染まってく。
観衆は離れた建物から、遠くの塔や煙突に付けられた窓から、そして殆どは柵の外側に設けられたステージから歓声を送っていた。
人間を殺戮する、年に一度の祭典。
奇特な運び屋を除いて、人間がほぼ訪れることがない理由が、ここにはあった。
人が一方的に殺戮され、それをショーとすること。
奇声を上げ、人の動きとは思えない奇怪な動きをしながら迫り来る一体を、機械が正確に撃ち殺し、彼は倒れる。何故か人間達は皆服を着せられている。頭を巨大な弾丸で撃ち抜かれたせいで撒き散らした頭の血で、無地のシャツが染められた。
私が黙ってその光景を見つめていると、傍から声がする。先程私に「ニンゲン」と言った個体だった。
「オマエ、ニンゲン、ナゼここにいるんだ。ここにイル、変。オオオ、オリロ。オリナイト、変」
私は微笑みを浮かべて返事をする。
「仕事だよ。見ていいってここのヒトに言われてるんだ。マリボルさんって知ってるかい?」
マリボル、と私が口に出すと、人型の機械は身をすくめるようにびくりと震え、膝を抱えるように縮こまってしまう。
何も言わずに見ていると、機械は呻くような声で、ボソボソと言った。
「マリボル、俺、知ってる。イヤナヤツ。いつも私の事、イジメテ来る。ノウタリンって、言ってくる。イヤなヤツ。コロシタホウガいいやつ」
「時々、人間みたいなことを言うよね、君たちは。私には分からないな。何故こんなことをするんだろう。彼等は気持ちが良いのか? そういう回路を特別に作ったのかな」
「ムズカシイ、コトヲ、言うな。俺、脳足りんだから、わからない」
私は笑みを作って答えた。
「あんたはノウタリンなんかじゃないよ。十分受け答えも出来るじゃないか。それだけでも私からすれば凄いことなのに。あんたは出来る奴だよ。もっと自信持ちなよ」
そう言って機械の方を見やると、機械は不思議そうな気配を目に込めて、それから言った。
「ジシン、ジシン、ジシン……。ジシンって何だ? マリボルをコロスことか? あいつ、いつも俺のことをイジメテくるんだ。コロシテやらなきゃ、誰かが……」
窓の外からまた新たな叫び声と悲鳴が響き、それに伴って奥の方から歓声が轟く。
私は、再び窓の外に目を移す。人間達は段々と数を減らしており、実況の声も益々興奮の色合いを増していった。
「さあ、ラストスパート! 最後に残った選ばれしニンゲン達を打ち滅ぼし、世界に安慶をもたらすのはどちらのチームなのか! あっと、しぶとい! なんと銃弾を避けている! これはどこの所属のニンゲンだ? 驚異的な動きで次々と銃弾を避け、ああ、最後の難所、土嚢橋もクリア! さあ、残るはボタン一つ。ボタン一つ。ボタン一つ……」
「死ね、ニンゲン‼︎」
「面白くないな」
私の呟きは、しかし、機械達の怒号と、最後の銃声によって、自分にすらも届くことはなかった。
傍で機械が、傷口の疼きを隠すような、小さな身動ぎをした。
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