備忘世界の運搬屋

星兎

文字の大きさ
48 / 64
殺戮港(ズア・ポート)

しおりを挟む

 港に入る前から、潮騒に混じり、どこか無機的な歓声が聞こえてきていた。

 港の入り口にある掘建小屋のような場所から、人形の角張った機械が現れ、私に手を振る。

 私も軽く手を上げてそれに答えながら、ヘルメットを脱いで、機体から降りた。

「賑やかだね」

「そうでしょう。いつも大賑わい。ここは機械達の楽園ですからね」

「人間にとっての地獄?」

 私がそう言うと、機械は瞬きをしてから、答えた。

「ええ、まあ。殺される人間達は可哀想かもしれませんね。私はそうは思いませんが。あなたからすれば、そうなのでしょう?」

「どうでしょうね」

 苦笑混じりにそう答える。機械は事務的に、ヴェロニカがサインしたタブレットに指を突っ込み、承認を終える。

 そして私の方を再び見てから、手を広げて、招待のポーズを取って見せた。

「改めまして、ようこそ。運び屋のヴェロニカさん。今日も私達の殺戮ショーの為にエネルギーを届けてくださって、誠に感謝致します。エネルギー管理局のマリボルが、中でお待ちしておりますので、そちらでお取引をなさって下さい」

「ありがとう」

 私が礼を言うと、機械は慣れた調子で「いえいえ」と言い、小屋の中へと戻っていった。

 バイクを押しつつ、中へと入っていく。

 港町には、機械しか見えなかった。人間の姿はない。

 機械は皆服を着込み、楽しげに談笑しながら道を歩いている。潮で錆び付くことも気にせずに、まるで自分のことを人間だと思っているみたいに。

 歩いている機械達と、整然とした街並みを眺めながら歩いていると、目の前に屋台のような物が突然現れ、慌てて立ち止まる。

 屋台の中から四角い顔を覗かせた機械は、青いエプロンを着ていた。

 その彼が聞いてくる。

「やあ、別嬪さん。珍しいね、人の子とは。お仕事かな? それともショーを見にきたとか?」

「仕事だね、あいにくと」

 機械はとても残念そうな雰囲気を出しながら、オーバーな声音で言う。

「そうか。それは残念だなあ。人間だと、ここの食べ物も飲み物も美味しくないだろうし……。でも、一度は見に行った方がいいよ。人間でも間違いなく、楽しめるものだから」

「考えておきますよ。因みにあなたは何を売ってるんです?」

 私がそう尋ねると、機械は同じように瞬きをしてから、当然のように答えた。

「油だよ。昔の人間の言葉では、『油を売る』ってのは悪口だったそうだがね。でもまあ、人間のすることだから。ああ、あなたにはこれが悪口になってしまうのか」

「いいえ、お気になさらず。じゃあ、私はこれで」

「お気をつけてー!」

 屋台を通り過ぎると、街並みの奥に青い光が見えてくる。

 潮の香りを運んでくる、母なる巨大な水溜り。海。

 埠頭の周辺には無骨な石のテトラポッドが並び、錆の浮いたクレーンがその上に影を落としている。

 潮の香りに混じって、血の匂いがする。

 立ち止まり、海の輝きに目を止めていると、誰かに肩を叩かれた。

 振り返ると、エネルギー管理局のマリボルが立っていた。

「お久しぶりです、ヴェロニカさん。お元気でしたか?」

 マリボルは濃い緑色のオーバーオールを無機質な肌の上に着込み、左手首に腕時計をはめていた。大柄な、目に留まることを計算しているタイプの腕時計だ。

「お久しぶりです、マリボルさん。私は元気です。そちらも変わりありませんか?」

「お元気で何よりです。私どもの方は、お陰様で、私も皆も変わりありません。月毎に潮によるメンテナンスが必要なこと以外は、別に問題はありませんね。急な依頼だったのに、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。久しぶりに来たいと思っていましたから」

 ちら、と、歓声が騒がしい方を見やると、マリボルは自然な動作で首を曲げ、言った。

「気になりますか? やはり。前回お見えになられた時には、ご覧になっていませんでしたね。見られますか? 今なら特別招待という形で、良い席をご用意できますが」

「……いえ。普通に、見られる場所からでいいです、私は。エネルギーはどちらに運びましょう?」

 マリボルは私の荷台を見て、答えた。

「そうですね。では、今預からせていただきます。了承のサインをお願いできますか?」

 私は出された液晶タブの画面に、簡単なサインを描き、返した。マリボルは満足そうな仕草を見せ、それから歓声のする通りの方を見つめた。

「大歓声ですね。毎年の事とはいえ、やはり運営側としては、これだけ盛り上がって貰えると主催者冥利に尽きるというものです。

 ……では、動作確認が済み次第、代金をお支払い致します。現物との交換も出来ますが、いつも通り、硬貨の方が良いでしょうか?」

「硬貨でお願いします」

「分かりました。その間、ヴェロニカさんはご自由に内覧なさって下さい。こちら、右側のエリア全部に通じるマスターキーです。そちらの窓からの方が、スムーズにご覧になられると思います。宜しければご活用ください。

 それでは」

 マリボルが液晶タブを操作して直ぐに、巨大な機械が二体やってきて、私が下ろしたエネルギー缶を、細い爪先でつまみ上げた。

 マリボルが軽いお辞儀をして、その機械と共に去っていく。

 私は手元に残された小さな金属製の鍵を見つめ、それから歩き出した。

 歓声は怒号のようにこちらまで響き渡っていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...