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殺戮港(ズア・ポート)
□
しおりを挟む港に入る前から、潮騒に混じり、どこか無機的な歓声が聞こえてきていた。
港の入り口にある掘建小屋のような場所から、人形の角張った機械が現れ、私に手を振る。
私も軽く手を上げてそれに答えながら、ヘルメットを脱いで、機体から降りた。
「賑やかだね」
「そうでしょう。いつも大賑わい。ここは機械達の楽園ですからね」
「人間にとっての地獄?」
私がそう言うと、機械は瞬きをしてから、答えた。
「ええ、まあ。殺される人間達は可哀想かもしれませんね。私はそうは思いませんが。あなたからすれば、そうなのでしょう?」
「どうでしょうね」
苦笑混じりにそう答える。機械は事務的に、ヴェロニカがサインしたタブレットに指を突っ込み、承認を終える。
そして私の方を再び見てから、手を広げて、招待のポーズを取って見せた。
「改めまして、ようこそ。運び屋のヴェロニカさん。今日も私達の殺戮ショーの為にエネルギーを届けてくださって、誠に感謝致します。エネルギー管理局のマリボルが、中でお待ちしておりますので、そちらでお取引をなさって下さい」
「ありがとう」
私が礼を言うと、機械は慣れた調子で「いえいえ」と言い、小屋の中へと戻っていった。
バイクを押しつつ、中へと入っていく。
港町には、機械しか見えなかった。人間の姿はない。
機械は皆服を着込み、楽しげに談笑しながら道を歩いている。潮で錆び付くことも気にせずに、まるで自分のことを人間だと思っているみたいに。
歩いている機械達と、整然とした街並みを眺めながら歩いていると、目の前に屋台のような物が突然現れ、慌てて立ち止まる。
屋台の中から四角い顔を覗かせた機械は、青いエプロンを着ていた。
その彼が聞いてくる。
「やあ、別嬪さん。珍しいね、人の子とは。お仕事かな? それともショーを見にきたとか?」
「仕事だね、あいにくと」
機械はとても残念そうな雰囲気を出しながら、オーバーな声音で言う。
「そうか。それは残念だなあ。人間だと、ここの食べ物も飲み物も美味しくないだろうし……。でも、一度は見に行った方がいいよ。人間でも間違いなく、楽しめるものだから」
「考えておきますよ。因みにあなたは何を売ってるんです?」
私がそう尋ねると、機械は同じように瞬きをしてから、当然のように答えた。
「油だよ。昔の人間の言葉では、『油を売る』ってのは悪口だったそうだがね。でもまあ、人間のすることだから。ああ、あなたにはこれが悪口になってしまうのか」
「いいえ、お気になさらず。じゃあ、私はこれで」
「お気をつけてー!」
屋台を通り過ぎると、街並みの奥に青い光が見えてくる。
潮の香りを運んでくる、母なる巨大な水溜り。海。
埠頭の周辺には無骨な石のテトラポッドが並び、錆の浮いたクレーンがその上に影を落としている。
潮の香りに混じって、血の匂いがする。
立ち止まり、海の輝きに目を止めていると、誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、エネルギー管理局のマリボルが立っていた。
「お久しぶりです、ヴェロニカさん。お元気でしたか?」
マリボルは濃い緑色のオーバーオールを無機質な肌の上に着込み、左手首に腕時計をはめていた。大柄な、目に留まることを計算しているタイプの腕時計だ。
「お久しぶりです、マリボルさん。私は元気です。そちらも変わりありませんか?」
「お元気で何よりです。私どもの方は、お陰様で、私も皆も変わりありません。月毎に潮によるメンテナンスが必要なこと以外は、別に問題はありませんね。急な依頼だったのに、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。久しぶりに来たいと思っていましたから」
ちら、と、歓声が騒がしい方を見やると、マリボルは自然な動作で首を曲げ、言った。
「気になりますか? やはり。前回お見えになられた時には、ご覧になっていませんでしたね。見られますか? 今なら特別招待という形で、良い席をご用意できますが」
「……いえ。普通に、見られる場所からでいいです、私は。エネルギーはどちらに運びましょう?」
マリボルは私の荷台を見て、答えた。
「そうですね。では、今預からせていただきます。了承のサインをお願いできますか?」
私は出された液晶タブの画面に、簡単なサインを描き、返した。マリボルは満足そうな仕草を見せ、それから歓声のする通りの方を見つめた。
「大歓声ですね。毎年の事とはいえ、やはり運営側としては、これだけ盛り上がって貰えると主催者冥利に尽きるというものです。
……では、動作確認が済み次第、代金をお支払い致します。現物との交換も出来ますが、いつも通り、硬貨の方が良いでしょうか?」
「硬貨でお願いします」
「分かりました。その間、ヴェロニカさんはご自由に内覧なさって下さい。こちら、右側のエリア全部に通じるマスターキーです。そちらの窓からの方が、スムーズにご覧になられると思います。宜しければご活用ください。
それでは」
マリボルが液晶タブを操作して直ぐに、巨大な機械が二体やってきて、私が下ろしたエネルギー缶を、細い爪先でつまみ上げた。
マリボルが軽いお辞儀をして、その機械と共に去っていく。
私は手元に残された小さな金属製の鍵を見つめ、それから歩き出した。
歓声は怒号のようにこちらまで響き渡っていた。
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