備忘世界の運搬屋

星兎

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こたえを求めて

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 一週間。私は走りに走った。休憩を惜しみ、少しの水と食糧だけで、機体を駆り続けた。

 そのお陰か、指示された通り、ぎりぎりの時間で、ギガ・メトロポリスの街へとたどり着いた。

 巨大な要塞の風体を成す都市の姿を、離れた丘陵の頂上から見やる。

 荒野から吹いてくる暖かな風が、汗と埃まみれの頬に当たる。

 何気なく液晶タブを開き、メッセージを確認する。

 何日か前、カルネからメールが届いていた。

 謂く、『もうすぐ帰ってくる? 出て行って、そろそろ半年になるけど。サラも寂しがってるんじゃないかな?(憂いを帯びた表情の、スパナを持ちバンダナを被った犬のスタンプ)』

 何も思わないように気をつけながら、液晶タブをそっと閉じる。

 誰に言うでもなく、独言る。

 ……まだ、帰れない。帰れるわけはない。

 私にはまだ、やるべき事がある。そんな気がしている。

 ごめん。サラ。カルネ。

 人知れず謝り、私は、バイクに跨ったまま、スタンドを蹴り、走り始めた。

 何故だか分からない、奇妙に穏やかな気持ちを、胸の内に感じていながら。


ーーーー


 街の前まで、辿り着いた。

 これまで訪れた国のどんな対応とも違う仕方をされ、些か戸惑いを覚える。

 武装した門兵の機械達と、空中を飛ぶ巡航ドローンは、構えている機銃の焦点を私から片時も離そうとはしなかったが、機械の一人に名を問われ、答えただけで、彼らは海に道ができるように整然と前を開け、私を通した。

 これもハッカーとやらの仕業なのか。

 機械達は不自然な程抵抗なく、機銃と大砲を備えた重厚な門を、躊躇いなく開いていく。

 私の手は、腰に回されてはいなかった。

 この数で囲まれてしまえば、たかが人間一人の抵抗など無に等しいということもあるが、何故か、今の私は酷く穏やかな気持ちになっている。抵抗という概念が、私の中からすっぽりと抜け落ちてしまったような気がする。

 初めての感覚に、私は戸惑っている。それなのに、私は、何というか……一夫で、安心しきってさえいるのだ。

 何故だ。

 初めての国だからか。

 それとも、機械達の国だからか。

 ……分からない。

 機械達の都市が、巨大な生物が口を開けるように、ゆっくりと開いて、私をあちら側へと招いた。

 門兵の血の通っていない注視を浴びながら、私はその中を潜っていった。



 街の中に入って、まず、その美しさに目を見張った。

 自然と無駄なく組み上げられた、白く輝く石造の街並み。その奥に聳え立つ、切り立つ壁のような巨大な無機的なビルディング達。尖塔が文明レベルの高さを誇示するように、陽光をガラスに反射しながら、周囲を隈なく見渡している。

 鈍色に輝く車が幾つも列をなして、血管のような際限のない幹線道路を走っている。その近くを、文明からとうに消え去った筈の列車が、鼓動を打つようにリズミカルな音を立てて走り抜けていた。

 誰かに、これがかつての人の都市の姿だと言われても、その言葉を疑うことはないだろう。

 紛れもなく息づいている都市の姿が、そこにはあった。

 辺りを見回すと、この辺りはどうやら国の中では下町の位置づけらしく、背丈のある建物が少なかった。石造がその殆どを占めている。

 そこかしこで出店が立ち並び、バイクが走り、歩行者と車が入れ違う。横断歩道があり、標識があり、信号機があった。どれも私が訪れた、廃墟と化した都市で見られたものだ。

 失われた世界の遺産が、ここでは血と活力を得て、活き活きと存在している。

 私は少しの間、息をするのも忘れて、目の前に映る信じられない光景を見つめていた。

 と、突然辺りが静かになったような気がして、そこで我に返る。

 機械達が、先程までの賑やかさも忘れたのか、示し合わせたように私の事をじっと見据えていたのだった。

 例え機械達の視線であろうが、その中に訝しげな空気がある事は私にもすぐに分かった。慌てて、惚けて離していたハンドルを握り、前を向いた。

 傍を通り抜ける、縁の大きな帽子を被った、豪奢な身なりの姿をした女型の機械が、私に聴こえるような声量で呟いた。

「まあ、薄汚い人間ね。何でこんな所にいるのかしら。人間牧場にでも放り込んでしまえばいいのに」

 その言葉で散りかけていた意識を完全に取り戻し、一度大きく息を吸い、吐いた。呼吸を整えて、視野を確保した。女の機械の呟きのせいかはさて置き、徐々に周囲がざわめきと賑やかさの活力を取り戻し始めている。

 ……あいつは、中に入れば何処にいけばいいのか分かると言っていたが……本当か?

 周囲を見回してみる。どこを見ても、こちらを訝しげに見つめる機械の瞳とぶつかる。

 冷め切った瞳の中で、我関せずと液晶タブで音声連絡を取っている個体を見つけ、暫し見つめる。

 何も起こらない。

 私が諦めかけようとしたその時、ふと、道の先でクラクションが鳴り響いているのに気が付く。

 渋滞を起こしかけている道の先を見て、私は溜息をついた。

 方向を示す掲示板が、明らかに作為的な方向を向いて、静止しているのだった。時折、意味ありげに明滅までしている。

 機械達の怒号を聞きながら、私はゆっくりと機体を進め始めた。


 
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