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こたえを求めて
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しおりを挟む博士は私が取り出した資料を読みながら、無言でコーヒーを啜っている。
私は茫洋とした気持ちで、窓の外の景色を見つめている。
博士が見ているのは、ある廃墟の都市で、キュロスを狩った後に訪れた部屋で見つけた資料と、写真だ。
博士はカップを机の上に置くと、軽く息を吐いて言った。
「なるほどね。これは途轍もなく興味深い資料だ。古代語で書かれているから、細かい所は翻訳の必要があるが……この研究者は、恐らくは眼鏡の方だなーーは、この世界のエネルギーの変質について、驚きべき先見の明を持っていたようだ。
その時代、各国が保有していた兵器が、世界のエネルギーの理を変えてしまい、時代の終焉を迎える可能性について論じている。これは研究の価値があるな。
ありがとう、ヴェロニカ。これを届けてくれて。
ああそうだ、私の方も言わなきゃいけない事がもう一つあったんだ」
そう言うと、博士は擦り切れた白衣の内側を弄って、ざらついた質感の紙を取り出し、私に見せた。
私が目で問うと、博士は答えた。
「つい最近、キコの奴が来てね。どうやって私の今のパスワードを知ったのやら。
そいつ、とても若い女の子を連れていて、その子が持っていた紙なんだ。
翻訳してほしいって言われて。タダ働きか、とも思ったんだけれど、まあ文章も短かったから、軽くやってあげた訳さ。驚いたことに、翻訳して読み上げてあげたら、その子は泣き出してしまってね。
面食らっているこっちのことはお構いなしに、二人でイチャイチャとしやがって。確か、ニ……、なんて言ったかな。忘れたんだけど」
「ニッカでしょう」
博士が目を丸くしているのは分かっていたが、私は構わずに紙を読み進めた。
古代語のすぐ下に、博士の殴り書きのような荒い字で訳が書かれていた。
私はそれを少しずつ読み進み、それから折り畳んで、博士に返した。
私は言った。
「確かに、この手紙は彼女にとってはとても価値のあるものだったでしょうね。少ししか話はしていませんが……。
彼女は、人間牧場の職員だったんですよ。キコが助けたんです」
キコが助けた、と言う言葉が、胸の中の空洞の壁にぶつかり、大きな音を立てた。私はその感覚に気付いていたが、あえて知らないふりをした。
博士は紙を受け取り、少し眺めてから、再び懐にしまった。
「君の知り合いだったとはね。キコか。相変わらず奇特な事をしているな。情報屋伝で噂は聞いてはいるけれども。機械都市を襲ってるとか、無作為に人間を助けているとか、まあ、見た感じではとても自由に見える外見の男だな」
実際はそうではない。二人は同じことを思っていた。
私は自分の気持ちを確かめるように、ゆっくりと立ち上がって、博士に頭を下げた。
「……ありがとうございました。有意義なお話を聞かせて貰えて、個人的にとても助かりました。自分がこれから、どう生きていけばいいのか……考えるきっかけに……」
博士は少しばかり微笑って、言った。
「本当かい? 君の大丈夫そうな素振りにはどうも信用が置けないのだけれど。……まあ、君が本当に助けになったと思ってくれているなら、話した甲斐はあったということかな。
でもね、ヴェロニカ。一つだけ、約束して欲しいんだ。
決して、自分の範疇を超えた無理はしない事。……命は、大切に使うんだ。
分かったね?」
私は無言で頷き、博士の瞳を見つめた。博士もまた、真っ直ぐに私の瞳を見つめ返した。
突然、影が差したように部屋の中が暗くなったので、驚いて窓の方を見る。
ピートが、窓の外で私達の事を興味深そうな眼で見つめていた。その無垢な顔を見て、思わず私は笑い、博士も微笑った。
最後に、博士に目顔で別れを告げる。
私は居間を出て、機体の所へと向かった。
ーーーー
太陽はまだ傾きを知らず、海の中に入る前と同じく、依然として強く淡い日差しを海上に投げかけていた。
機体の煌めきに目を細めながら、私は手の中の、博士から貰ったモノを見つめる。
(「それ、ピートの腕を義手に変えた時の、残り。誰が食べたいのかは別に興味はないが、まあ、珍味が欲しいというなら、それを持っていきな。ピートの体は、旨いに決まっているんだけれども……。じゃあ、気をつけてな」)
珍味が欲しいとは言ったけれど、まさか自分の相方の肉片とは……。
あいつが食べ終わった後に、何の肉だったか教えてやろう。
その時のカルネの顔を想像して、私は笑みを零した。
ピートが海の中から、不思議そうな丸い瞳で私を見ているので、私は手を上げて、別れの合図を送った。
ピートが応えるように、海面を義手で軽く叩き、水飛沫を上げた。それから彼はポッドを抱え、静かに海の底へと戻っていった。
ピートの肉片と保冷剤の詰まった特製の袋を、荷台の奥に仕舞いこみ、座席のヘルメットを取ろうとした時だった。
液晶タブが震えている。
迷った挙句、私は懐からタブレットを取り出し、通話ボタンを押した。
唐突に、明らかな合成音声が、耳障りなノイズと共に流れ始める。
『………………ヴェロニカ、伝説の運び屋………………。
……いや、戦乙女と言った方がいいかな。
初めまして。私の名前はFG。界隈じゃ名の知られたハッカーだ。
唐突だが、あんたに一つ仕事を頼みたい。
まだエネルギーは余っているんだろう? 知っているんだ。あんたの動向は常にチェックしているからな。嘘はつくなよ。
ギガ・メトロポリスは知っているな? そこへ来てくれ。報酬は弾む。
断れば、あんたの所属する組織や、大事な人間の居場所を漏れなく掲示板にばら撒く。機械達にも教えてやる。
そうされたくなければ、依頼どおりに動いて欲しい。
国の中の詳しい場所は、街に入ったら自動的に分かるようになっているから、心配しないでいい。
期限は一週間だ。
今、あんたがいる場所から死ぬ気で飛ばせば、何とか間に合う筈だ。
いい仕事ぶりを見せてくれよ』
こちらが言葉を発する間も与えず、ブツ、と一方的に切られた。
私は名状し難い怒りに駆られ、思わずタブレットを投げつけそうになる。
だが、何とか踏み留まって、私は思い切り息を吸って、それから吐き切る。
蟠り怒りの籠った気持ちのまま、無理やりヘルメットを被り直す。
「どいつも、こいつも……」
強くハンドルを捻り、私は再び走り始めた。
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