備忘世界の運搬屋

星兎

文字の大きさ
54 / 64
海鳴りと賢者

しおりを挟む


 正直、海底に普遍さを保って流れ続けている沈黙が、自分にはありがたかった。もしも周囲が騒がしかったなら、かえって自分が沈黙している理由について強く意識させられていただろうから。

 私は口を開きかけ、それから何も言えないまま、口を閉じた。

 博士が手にキュロスと掃除屋を乗せたまま、私のことをじっと見下ろしている。

 博士が口を開いた。

「私の推測だけどね、掃除屋スイーパーは、見た限り、キュロスから生まれたーーと言うよりも、キュロスの変化した姿なのではないかと思っている。

 心当たりはないかい、ヴェロニカ?」

 私は沈黙を守った。

 博士が溜息を吐き、二つの遺骸をテーブルの上に優しく置いて、それからカップに新しくコーヒーを入れて、持ち上げた。

「まあ、衝撃は大きいだろうね。思っていた通りの反応だ。無理はない。私も、この死体を初めて見た時は、そんな反応だったよ。本当に驚いた。

 世界各地を巡回し、生命を貪り尽くす恐るべき嫌われ者が、まさか私達の生活を支えてくれている存在と、瓜二つの姿をしているなんて。

 何とまあ、世界は残酷な様相を持っているのだろう」

 私は何とか言葉を紡ぎ出し、文章にした。

「……博士は、これをどこで手に入れられたのですか?」

「知り合いの運び屋から、ちょっとね。研究資料にどうかって言われて、興奮していたから言い値で買い取ったんだよ。でも、この羽は本物だ。作り物じゃない。解析して分かったんだけれども、キュロスが死骸になった状態と共通項があまりにも多くて驚いたんだ。この死骸は、あなたもよく分かっている通り、どこでも手に入れることができるものだ。廃墟ならね。

 ……で、あっと、もう少し話を続けても良いかな? 大丈夫かい?」

 私は深く息を吸い込み、それから思い切り深く吐いた。

 顔を上げ、博士の目を見直し、私は答えた。

「はい、大丈夫です」

 博士は少しばかり微笑んでから、話し始めた。

「じゃあ、続けるとしよう。

 私の立てた推論によれば、両者はとても似通った存在であり、しかも解析によると、この両者の存在時期は同時期である、つまり現在、キュロスと掃除屋は同時に存在しているという事実が分かっている。これは、いいね?

 で、だ。私はふと、あることを考えたんだ。

 キュロスはエネルギーを奪われた後、

 もしかすると、その続きがあるのではないか、とね」

 私は先ほどからずっと感じ続けている可能性に触れ始めた感覚に、怖気を感じ、心が震えたのを知る。だが、何とか堪え、言葉を絞り出し、私は言った。

「……博士は、掃除屋がキュロスの延長上の存在だと考えておられるのですか?」

 そう言うと、博士は露骨に目を丸くし、口調を変えた。

「驚いたね。相変わらず君は鋭いな。世界をよく観ているだけはある。

 その通りだ。本当は、自分の口からその可能性を口にしたかったがね……。おっと、謝らないでおくれよ、軽い冗談さ。

 ……私は、長年キュロスという存在と向き合い、この世界のエネルギーの変質と、その転換点について思いを馳せてきた。その中で分かってきたのは、キュロスは元々この世界に存在していた者ではないという事実だ。

 恐らく、いや確実にそうだろう、キュロスは最終戦争で使用された数多くの殺戮兵器の余波によって生み出された、突然変異種であるということ。

 そして、私達人間が幾年もの間慣れ親しんできた電気やガスといったエネルギーが消失し、別の形のエネルギーがその中に宿ったということ。

 そしてそのエネルギーは、かつて利用されていたエネルギーと比べて、非常に高いパフォーマンスを持っているということ。持続時間を含めた、エネルギーの持っているパワーの大きさが桁違いに高いんだ。

 そして、キュロスは人間たちによって、または機械たちによって狩られる者となった。それしか文明を作り上げる方法がないのだから、必然の結果だが。

 だが、結果は過程でしかない。これは循環のただの一つの過程に過ぎなかったのだ。

 キュロスはエネルギーを全て失った後、これは私の推論だが、いいかね、……キュロスはその身に翼を宿し、掃除屋へと変化する。そして、再びその身に十分なエネルギーを蓄えるために、生命体を求めて、世界中を飛び回ることになるんだ。

 それが、キュロスによって支えられている数少ない人間のいる都市を襲い、その結果として、再び掃除屋はキュロスとなる。

 循環は、恐らくこうして行われているんだ。

 不思議に思わなかったか? 幾ら君達がキュロスからエネルギーを奪い取っても、次に再び訪れた時には、彼等は何故かいつもそこにいるんだ。まるで湧いて出たみたいにね。

 それもその筈さ。何故なら彼等は、エネルギーを奪われた後、運び屋がそれをせっせと運んでいる最中に、同時に、掃除屋として再びエネルギーを得る為に、世界中を飛び回っているのだから。

 君達がエネルギー不足に陥った時に訪れた廃墟でキュロス達がまたいてくれているのは、掃除屋として各地の生命体から命を奪った後だからだ。

 そうしてまた、何も知らない機械と人間は、キュロスからエネルギーを奪い取り、都市は掃除屋に襲われる……」

 博士が話し終わった後、部屋の中に名状し難い沈黙が流れた。

 私は黙ってカップを口につけたまま、だが、一雫も飲み込めないで、動けないでいた。

 私はカップを手元に下ろして、言った。

「じゃあ、運び屋の仕事は……私たち、いや……。私のやっていることは、無意味なのでしょうか。

 彼等からエネルギーを奪うことで掃除屋を生み出してしまうのなら、そしてそれが生きている者たちの命を奪うのであれば、私達は、一体何のために……」

「不条理だな」

「え?」

 博士は溜息をついて、眼鏡を外し、眉間の辺りを揉んだ。疲れたような声が返ってきた。

「昔、遥か昔、この世界には偉大な哲学者がいたんだよ。実存というジャンルを哲学の中で確立して、高い評価を得ていた哲学者がね。哲学って分かるかい? 平たく言うと、私たちが生きている理由、存在の理由。自分達が何者で、どこから来て、どこへ行くのか。そしてそれらを内包している世界とは何か、と言う抽象的な事柄について、馬鹿真面目に考える学問のことさ。

 贅沢に思えるかもしれないが、生きている限り、そして人間が、意識を持つ存在が疑うと言う機能を持っている限り、ある種の救いをその学問は持っていたんだ。まあ、そんなとこだな。

 彼等は確かに贅沢だったのかもしれない。今の我々には考えもつかない贅沢を享受していたのかもしれない。でも同時に、とても不自由で、生き辛く、苦しんでもいた。

 彼等の内の一人が、不条理についてこう書いている。

『不条理とは、世界の属性でも人間の属性でもなく、人間に与えられたであり、である』と。

 翻訳には苦労したよ。何しろ全部が古代語だからね。筆者は不明だ。掠れて読めなくなっていた。いや、意図して破られたのかもしれない。

 彼はこうも言っている。

『本当に人生が無意味であるならば、自殺は無意味な人生に対して唯一な行いなのではないか?』

 彼の出した答えは、『いいえ』だった。

『不条理なこの世界を解明することはできなくても、生きることを選択することで、人間の真の自由が』とね。

『権力の力関係を覆しても、それは終わらない暴力のサイクルを生み出すだけだ』……。

 どうだい、まるで今の私達の世界について言っているみたいじゃないか。面白いよね。時間世界の遥か彼方に生きていたのに、全く変わらない、普遍的な事を言っている。

 私は生きるのが辛くなる時、これらの古代語を口ずさむことにしているんだ。

 君はどうする? 運び屋。

 いや、ヴェロニカという一人の女。キュロスが掃除屋スイーパーであるという極めて高い可能性を前にして、君はどういう選択をする?

 もっとシンプルに聞こうか。

 はこれから、どういう風に生きていきたい?」

 その言葉が、ゆっくりと部屋の中に広がっていく。目に見えない塗料が拡散していくみたいに。

 答えられない私の視界の端で、巨大な鮫が窓の傍を悠然と横切っていった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...