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こたえを求めて
□
しおりを挟む部屋の中に入ると、そこは小さな子供部屋のような空間だった。
ピンク色のふわふわした装飾がタペストリー風に飾られ、壁際には二段ベッド。まだその中には温もりも感じられそうな雰囲気だ。
子供用の木の机の上に、その部屋の空気にそぐわない無骨なモニターが幾つもあり、その前にキーボードとマウスが置かれている。
FGはその上に両足を乗せて、つまらなさそうな顔で何か細長い食べ物を口に咥えていた。
私はその姿を見て、聞く。
「何してるんだ?」
私の気配に、FGは身じろぎして、顔を向けた。
「仕事の考え事だよ。家族に挨拶はしたんだろうな?」
「したよ。あれを家族と呼べるのならね」
FGは露骨に機嫌を損ねたらしく、口を歪ませた。
「あれ、とか言うな。私の大事な家族なんだ。お前には分からないだろうけどね」
「機械と一緒に家族ごっこをしている訳?」
「ごっこじゃない。本当の家族だ。大切な……」
私は不意に思い出し、ポケットから鍵を取り出し、それを見せる。
「話は違うんだが、この鍵に見覚えはないか? 少し前にサイバー野郎とやり合う機会があって、そいつが持ってたんだが。そいつが言うには、この街のどこかの宝部屋に通じてるとかなんとか……」
FGは私からその小さな鍵を受け取ると、暫く眺め回した後、壁際の箪笥の一つに差し込み、捻った。
開いた箪笥の中から、色とりどりの下着がわっと飛び出てきた。相当詰め込まれていたと見える。
まさか、と思いながらも、聞いてみる。
「それ……あんたの下着入れの鍵だったの?」
飛び出てきた小さなフリルのついたパンツを伸ばしながら、面倒臭そうな顔でFGが答える。
「まあ、そうだとも言えるな。でも、それだけじゃない。そいつがどうやってこいつを手に入れたのかは気になるけど、まああんたのおかげで、暫く下着には苦労せずにすみそうだ。ありがとうよ」
「それはどういたしまして、……じゃなくて。本当に箪笥の鍵だったの?」
「いいや。これが本来の使い方だ」
そう言うと口を曲げたFGは、自分のPC機器の箱に鍵を突き刺す。
ヴン、という唸るような音の後に、モニターに何かの画像が浮かび上がる。
何かの、機械の図面のような、立体的な姿をしている。
一見すると設計図のようにも見えるそれを見て、FGの目が険しくなったのに私は気が付く。FGはそのまま何も言わず、考え込んでいる。
「これが何なのか、お前には分かるか?」
私は首を振った。
そうだろうな、と言い、FGは仕方なさそうに首を振った。
「これは、古代兵器の複製図だ」
「古代兵器?」
「そうだ。それを復活させて、機械達に……いや、世界そのものに向けてぶっ放そうとしている輩がいるんだよ。
あんたも良く知っている奴らだよ」
「レジスタンスが……?」
「あんたは何も知らされてないんだな。キュロス・エネルギーを組織が必要としている訳も。
これは、旧文明時代の最終戦争で使われた兵器の、現代版だ。キュロス・エネルギーで動く。
これを世界に放てば、エネルギーの構造が再び元に戻る、いや、それはどうかな……。
多分、結構いい加減な試算に基づいて動いてると思うぜ、こいつらは」
「……この鍵は、元々あんたの物なんじゃないの? 初めて見たような反応だけど」
「これは、暫くの間流していたものなんだ。闇市で見つけた情報を私が起こして、商売に使ってた。
でも、少し放っておいて、久しぶりに見てみたら、何とまあ、実際に製作できる所までアップデートされている。
誰か一人の力ではないな。何人もの匿名的な人間達が関わって、最終的にこの設計図が出来上がったんだと思う。これをどこで手に入れた?」
「偶然知り合ったハッカーだよ。つまらない仕事だった」
「そいつが作った訳じゃないが……。ああまあ、どちらにしろ、私がこの事実を知った所で、どうにか出来る問題じゃないな。
……そろそろだな」
何が、と言い掛けた所で、扉がノックされ、女型の機械の声がした。
FGがピョンとジャンプして、扉を開けて、機械から菓子の乗った盆を受け取る。
FGが「ありがとう」と言う。その声には確かな愛情が込められているように私には感じられた。
女型の機械が、私に向かって軽く頭を下げて、扉が閉められた。
机の上に盆を置くと、FGは躊躇なくストローを咥え、コップに入ったオレンジ色の液体を飲み始めた。
私の視線に気づいて、FGは言った。
「お前も飲めよ。ただのジュースだ。私は機械じゃない。ただの人間だ」
私はコップに手を伸ばしながら、言う。
「あんたは機械と一緒に暮らす趣味がある訳?」
「趣味じゃない」
氷を噛み砕きながら、彼女は言う。
「私達は、本当の家族なんだ」
家族、ね……。
FGは暫くモニターの画面を見つめたまま黙っていたが、やがてPCから鍵を抜き取ると、私に返してきた。
「ほら。こんなもの、私が持っていても仕方がないからな。返しておく」
「あんたはここで何をしてるんだ? 機械達と暮らして。機械のために生きてるのか?」
「機械って言うなよ! 不愉快だ」
私は何も言わずに、彼女の横顔を見つめる。
彼女は呟くように言った。
「私は、ここでこの社会のインフラのプログラムを引き受けている。全てだ。部分的にじゃない。私が働かないと、ここに住む皆の生活が成り立たないんだ」
私は少し驚いて言った。
「機械が人間に、仕事を割り振っているのか? そんなこと……」
FGが私の顔を見て言う。
「それが、あるんだよ。彼らは、人間と同じような社会を作り上げたいと望んでいる。だが、そのアイデアが決定的に彼らには欠けているんだ。悲しい話だが、事実だ。
彼らは有機的に生きてみたいと望んでいるが、生き物ではないから、その自己矛盾に苦しんでいる。
だから、私のような人間が、彼らの願いを叶えてあげるために必要とされる訳だ」
「あんたは、そういう生活を、機械達への貢献を、喜ばしいこととして受け止めている」
FGは肩をすくめて言った。
「それはあんただって同じだろう? 貢献する先が、機械か人間かの違いだけだ。それ以上に、私達の間を分けるものは何もない。
あんたは納得しないかもしれないが」
「いや……」
私は黙って液体を飲む。柑橘系の甘い味がした。紛れもない質感がそこにはあった。少女のーー……FGの生き方をどうして糾弾できるだろう。私自身だって、自分がどのように生きていけばいいのか、全く答えが出せていないというのに。
自分が方向を見失った時、自分はどうやって再び走り出していただろうか。機体がバランスを崩した時、どうやって持ち直していただろうか。
少なくとも目の前の彼女は、自分とは違う。既に決めているという強さのようなものがある気がした。
それを自分が得られるとは、今の自分には到底思えなくて、そのせいで……とても不安な気持ちになる。
自分がこれからどうやって生きていけばいいのか。
キュロス・エネルギーに依存しない生き方など、今の自分には考えられない。運び屋でなくなるなどと、どうして考えられるだろう。
世界が変質しない保証なんて、どこにもなかったのに……。
私が何も言わないでいると、FGはキーボードを叩いて、コードのようなものを画面上に打ち込んでいった。
「エネルギーを持ってきてくれ」
そう言われ、私は力無く立ち上がった。
床に落ちていたFGの金色の毛が、ふわりと雲のように舞った。
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