備忘世界の運搬屋

星兎

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こたえを求めて

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 部屋の中に入ると、そこは小さな子供部屋のような空間だった。

 ピンク色のふわふわした装飾がタペストリー風に飾られ、壁際には二段ベッド。まだその中には温もりも感じられそうな雰囲気だ。

 子供用の木の机の上に、その部屋の空気にそぐわない無骨なモニターが幾つもあり、その前にキーボードとマウスが置かれている。

 FGはその上に両足を乗せて、つまらなさそうな顔で何か細長い食べ物を口に咥えていた。

 私はその姿を見て、聞く。

「何してるんだ?」

 私の気配に、FGは身じろぎして、顔を向けた。

「仕事の考え事だよ。家族に挨拶はしたんだろうな?」

「したよ。あれを家族と呼べるのならね」

 FGは露骨に機嫌を損ねたらしく、口を歪ませた。

「あれ、とか言うな。私の大事な家族なんだ。お前には分からないだろうけどね」

「機械と一緒に家族ごっこをしている訳?」

「ごっこじゃない。本当の家族だ。大切な……」

 私は不意に思い出し、ポケットから鍵を取り出し、それを見せる。

「話は違うんだが、この鍵に見覚えはないか? 少し前にサイバー野郎とやり合う機会があって、そいつが持ってたんだが。そいつが言うには、この街のどこかの宝部屋に通じてるとかなんとか……」

 FGは私からその小さな鍵を受け取ると、暫く眺め回した後、壁際の箪笥の一つに差し込み、捻った。

 開いた箪笥の中から、色とりどりの下着がわっと飛び出てきた。相当詰め込まれていたと見える。

 まさか、と思いながらも、聞いてみる。

「それ……あんたの下着入れの鍵だったの?」

 飛び出てきた小さなフリルのついたパンツを伸ばしながら、面倒臭そうな顔でFGが答える。

「まあ、そうだとも言えるな。でも、それだけじゃない。そいつがどうやってこいつを手に入れたのかは気になるけど、まああんたのおかげで、暫く下着には苦労せずにすみそうだ。ありがとうよ」

「それはどういたしまして、……じゃなくて。本当に箪笥の鍵だったの?」

「いいや。これが本来の使い方だ」

 そう言うと口を曲げたFGは、自分のPC機器の箱に鍵を突き刺す。

 ヴン、という唸るような音の後に、モニターに何かの画像が浮かび上がる。

 何かの、機械の図面のような、立体的な姿をしている。

 一見すると設計図のようにも見えるそれを見て、FGの目が険しくなったのに私は気が付く。FGはそのまま何も言わず、考え込んでいる。

「これが何なのか、お前には分かるか?」

 私は首を振った。

 そうだろうな、と言い、FGは仕方なさそうに首を振った。

「これは、古代兵器の複製図だ」

「古代兵器?」

「そうだ。それを復活させて、機械達に……いや、世界そのものに向けてぶっ放そうとしている輩がいるんだよ。

 あんたも良く知っている奴らだよ」

「レジスタンスが……?」

「あんたは何も知らされてないんだな。キュロス・エネルギーを組織が必要としている訳も。

 これは、旧文明時代の最終戦争で使われた兵器の、現代版だ。キュロス・エネルギーで動く。

 これを世界に放てば、エネルギーの構造が再び元に戻る、いや、それはどうかな……。

 多分、結構いい加減な試算に基づいて動いてると思うぜ、こいつらは」

「……この鍵は、元々あんたの物なんじゃないの? 初めて見たような反応だけど」

「これは、暫くの間流していたものなんだ。闇市で見つけた情報を私が起こして、商売に使ってた。

 でも、少し放っておいて、久しぶりに見てみたら、何とまあ、実際に製作できる所までアップデートされている。

 誰か一人の力ではないな。何人もの匿名的な人間達が関わって、最終的にこの設計図が出来上がったんだと思う。これをどこで手に入れた?」

「偶然知り合ったハッカーだよ。つまらない仕事だった」

「そいつが作った訳じゃないが……。ああまあ、どちらにしろ、私がこの事実を知った所で、どうにか出来る問題じゃないな。

 ……そろそろだな」

 何が、と言い掛けた所で、扉がノックされ、女型の機械の声がした。

 FGがピョンとジャンプして、扉を開けて、機械から菓子の乗った盆を受け取る。

 FGが「ありがとう」と言う。その声には確かな愛情が込められているように私には感じられた。

 女型の機械が、私に向かって軽く頭を下げて、扉が閉められた。

 机の上に盆を置くと、FGは躊躇なくストローを咥え、コップに入ったオレンジ色の液体を飲み始めた。

 私の視線に気づいて、FGは言った。

「お前も飲めよ。ただのジュースだ。私は機械じゃない。ただの人間だ」

 私はコップに手を伸ばしながら、言う。

「あんたは機械と一緒に暮らす趣味がある訳?」

「趣味じゃない」

 氷を噛み砕きながら、彼女は言う。

「私達は、本当の家族なんだ」

 家族、ね……。

 FGは暫くモニターの画面を見つめたまま黙っていたが、やがてPCから鍵を抜き取ると、私に返してきた。

「ほら。こんなもの、私が持っていても仕方がないからな。返しておく」

「あんたはここで何をしてるんだ? 機械達と暮らして。機械のために生きてるのか?」

「機械って言うなよ! 不愉快だ」

 私は何も言わずに、彼女の横顔を見つめる。

 彼女は呟くように言った。

「私は、ここでこの社会のインフラのプログラムを引き受けている。全てだ。部分的にじゃない。私が働かないと、ここに住む皆の生活が成り立たないんだ」

 私は少し驚いて言った。

「機械が人間に、仕事を割り振っているのか? そんなこと……」

 FGが私の顔を見て言う。

「それが、あるんだよ。彼らは、人間と同じような社会を作り上げたいと望んでいる。だが、そのアイデアが決定的に彼らには欠けているんだ。悲しい話だが、事実だ。

 彼らは有機的に生きてみたいと望んでいるが、生き物ではないから、その自己矛盾に苦しんでいる。

 だから、私のような人間が、彼らの願いを叶えてあげるために必要とされる訳だ」

「あんたは、そういう生活を、機械達への貢献を、喜ばしいこととして受け止めている」

 FGは肩をすくめて言った。

「それはあんただって同じだろう? 貢献する先が、機械か人間かの違いだけだ。それ以上に、私達の間を分けるものは何もない。

 あんたは納得しないかもしれないが」

「いや……」

 私は黙って液体を飲む。柑橘系の甘い味がした。紛れもない質感がそこにはあった。少女のーー……FGの生き方をどうして糾弾できるだろう。私自身だって、自分がどのように生きていけばいいのか、全く答えが出せていないというのに。

 自分が方向を見失った時、自分はどうやって再び走り出していただろうか。機体がバランスを崩した時、どうやって持ち直していただろうか。

 少なくとも目の前の彼女は、自分とは違う。既に決めているという強さのようなものがある気がした。

 それを自分が得られるとは、今の自分には到底思えなくて、そのせいで……とても不安な気持ちになる。

 自分がこれからどうやって生きていけばいいのか。

 キュロス・エネルギーに依存しない生き方など、今の自分には考えられない。運び屋でなくなるなどと、どうして考えられるだろう。

 世界が変質しない保証なんて、どこにもなかったのに……。

 私が何も言わないでいると、FGはキーボードを叩いて、コードのようなものを画面上に打ち込んでいった。

「エネルギーを持ってきてくれ」

 そう言われ、私は力無く立ち上がった。

 床に落ちていたFGの金色の毛が、ふわりと雲のように舞った。


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