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こたえを求めて
□
しおりを挟むエネルギー缶から伸びる管にアダプターを接続し、FGは慣れた手つきでPC機器に差し込んだ。
電子的な音を上げながら、エネルギー缶から機器がエネルギーを汲み上げているのが分かる。
その音を確認しながら、FGは淡々とした表情でモニターに映し出されていくコードを見て、必要があればその都度修正を入れる。
彼女が何気なく口を開いた。
「FGってのは、フラワーガーデンの略なんだ。昔の母様が、花が好きだったからさ。それで」
「ふうん」
「なんだよ、ふうん、って。まあ、あんたからしたらなんのこっちゃって話なんだろうけどさ。
……自分語りが過ぎたな。あんたといると、何故か話し過ぎてしまう。
さあ、これでエネルギーがインフラに届けられる。
しかしすごいな、キュロス・エネルギーのパワーと持続力は。この世のものとは思えん。
……これがなくなったら、さぞ困るだろうな」
私は何も答えず、画面を見ていた。
FGが伸びをして、私を見た。「休憩、休憩。連絡が来るまで、暫く何もしなくてもいいから。飯でも食おう。それぐらいの時間はあるだろう?」
部屋の壁に掛けられた、可愛らしい動物が描かれた時計を見ると、確かに昼時だった。
断る理由が見つからなかったので、私は成り行きに従って、軽く頷いた。
ーーーー
「母さん、それは違うよ。参ったな。あんまり好き勝手言われると困るんだけど」
食卓を囲みながら、FGは頭を掻いて、困惑していた。
私とFGの前には卵を溶いて焼き固めたものを、厚く炊かれ辛めの味付けをされた米の上に被せた料理が置かれている。オムライスというらしい。
私の対面に座っている「母さん」、女型の機械と、子供のような大きさの機械の前には、何か細長い菓子のような茶色くて固そうなものと、透明な液体の入ったカップが揃いで置かれている。
私は何気ない風を装いながら、自分の前に置かれたカップに口をつける。ハーブのような香りがする。
FGがスプーンでオムライスの山を豪快に崩し、食べる。「恥ずかしいから、やめてよね」
女型の機械は、微笑むような雰囲気を出しながら、お茶を口につける素振りを見せる。私は彼女がそれを本当に飲むのかどうか、息を止めて見ていた。だが、傍のFGに肘で突かれ、目を逸らした。
それにしても、と「母さん」がカップを下げながら言う。
「エリーがお友達を連れてくる日が来るなんてね。お母さん、今でも信じられないの。
この子、引っ込み思案だし、ほとんどお外にも出ないから、外にお知り合いがいるだなんて思っても見なかったから。
沢山食べてくださいね。ヴェロニカさん」
「……はあ。どうも」
「母さんが作ってくれたんだ。ありがたく全部いけよ」
一口、口に運んでみる。スパイスの香りとトマトの風味が混ざり合い、卵の柔らかな甘みと柔らかさがそれを包み込んでいた。確かに美味しかった。
私とFGが無言で料理を口に運んでいる一方、機械の二人は私達の様子を観察するように、いや、微笑んで見守るような視線を投げかけながら、カップを持ち上げたり、菓子のようなものを時折触ったりしていた。
私が口一杯に料理を頬張っている所で、子供の機械、ウェルトが、声を出した。
「ねえ、ヴェロニカは何の仕事をしてる人なの?」
暫しの間、ウェルトの目を見る。しかし、その目からは何の感情も読み取れなかった。
私は米と卵を飲み下してから、言った。
「お姉さんは運び屋、お届け物を届ける仕事をしているよ」
「それ、楽しい?」
「まあまあね。色んな場所を回れるし」
「いいなあ」そう言うとウェルトは足をバタつかせながら、駄々をこねるように言うのだった。
「僕もいつか、外を旅してみたいんだけど、母さんが許してくれないんだ」
「駄目よ、ウェルト。言ったでしょう。お外は危険が一杯だって。機械を食べちゃう悪い動物がうじゃうじゃいるんだからね。黒い悪魔のお話、もう忘れちゃったの?」
「覚えてるよ。けど、そんなこと言ってたら、僕は一生ここから出られないじゃないか」
「何度も体を新しくして貰って、もっと大きくなったら、そういうお仕事に就けばいいわ。そうしたら母さんは、何も言わないわよ」
「ちぇ、いっつもそれじゃん」
「しょうがないでしょう? それがあなたの為なんだもの」
私は無言で二人のやりとりを見つめていた。
オムライスはもう二口程でなくなる。
やけに静かに感じて、傍を見ると、FGが沈んだ表情で、まだ質量を沢山抱えたオムライスを、ゆっくりと、とても小さく切り崩し、口に運んでいた。
私は、ゆっくりと残りのオムライスを食べ終えて、機械に礼を言った。
「お粗末様でした」と機械が言う。
私が答えようとすると、FGが突然椅子から飛び降りて、私のコートの裾を掴んで、引っ張った。
抵抗すると、彼女の翠色の瞳が意味ありげに向けられ、小声で「ちょっと来い」と言われた。
私とFGは機械の二人を残して、広い居間を出ていった。
二人の機械達の前に置かれた物は、入ってきた時と同じく変わっていないように見えた。
「何だよ」
FGの部屋に着き、私が言うと、FGは疲れたように机にもたれかかり、頭を伏せた。ため息が漏れ聞こえてきた。
「まだ料理が残ってたぞ。食べなくてもよかったのか?」
「一緒だ。食べても、食べなくても。……作りすぎなんだよ」
「修正が必要か?」
私がそう言うと、FGの体がピクリと震えた。
私はその背中を見たまま、何も言わないでいた。
するとFGが急に呻き声を上げながら、椅子にもたれ、天井を見た。
天井には何もなかった。飾りも、何も。
遠くを見るような綺麗な瞳で、FGは言う。
「いつから気づいてたんだ?」
「……初めからかな」
「……そうか」
よっこらせ、と言うと、FGは画面の前に向き直り、猫背の姿勢でキーボードに触れる。
何かのリンクを開き、ドキュメントをチェックしているようだった。
互いに何も言わない時間が流れる。
私は手持ち無沙汰に感じ、二段ベッドの下段に腰掛ける。勢いを付けたせいで、FGの毛がフワッと立ち上った。
その毛を見て、私は言う。
「ちょっと掃除した方がいいんじゃないか。抜け毛が多い」
「余計なお世話だよ。この位ズボラで丁度いいんだ。ハッカーだからな」
「それ、関係あるか?」
再び、沈黙が流れ始める。
かち、こち、という時計の針の音だけが、確実に刻まれていく時間の気配を伝えている。
FGが、思い出したような口調で、小さく言った。
「初めは、ちょっとした出来心だった」
少しあってから、また呟くように言う。
「母さんも父さんも、弟も、本当は、本当は、ここにいる筈だった。でも、いない。いるのは過去だけで、私は、その幻影に縋ることでしか、自分を保てていない。
人間ってのは、どこまで行っても愚かな生き物だな。独りで今を生きることも満足にできないんだ」
「独りで生きられる人間なんて、どこにもいやしない」
私は彼女に話しかけながら、世界に思いを馳せる。
どこか遠くにいる筈の、その誰か。その誰かは今でも、孤独に身を苛まれて、世界のことを呪っているのかもしれない。運命を呪い、人を呪い、世界を呪い……。
サラやカルネの事を一瞬、考えそうになる。でも慌てて、やめた。
FGが言った。
「……自分がその手の才能に恵まれているのは、早い段階で分かった事だった。父さんは私をロボット工学の道に進ませたいと思っていたらしいけど、私が物心ついた時に死んでしまって、今じゃ顔も殆ど思い出せない。
母さんと弟と、その日暮らしを続けていたけど、それも長くは続かなかった。
機械達に襲われて、本当に一瞬で目の前からいなくなってしまって、私はこの世界に取り残されてしまった。
生きる糧には困らない。技術も才能もあるし、自分を売り込む度胸だってあった。
だからこうして、今は何不自由なく生きられている。
そう、まあ、表面的には、順風満帆だ」
「あんたから見て、私のことはどう見えるよ」
私は尋ねた。
FGは孤独を湛えた瞳で、私を見上げた。
私は言った。
「私は、あんたから見ればそれなりに強い人間なのかもしれないけど、実際は、全然そうじゃないから。中身はいつだって、ぐちゃぐちゃだ。
今だって、これからどうやって生きていったらいいのか、分かってない。
あんたと同じだなんて、言いやしないけど、ただ、これだけは言えるよ。
あんたはこれまで、頑張ってきたんだよ。精一杯。それは、自分の為に誇るべきだ。
形は求めなくていい。そんな物は後から考えろ。
家族ごっこなんて言って、悪かったよ。悪気はなかった。
……私も、まだ機械と人間に対して、どういう態度と距離感を持って接すればいいのか、分かってないんだ。
答えみたいなものを探しながら、旅を続けて、でも、その度にその試みを打ち砕かれて……」
FGは微笑った。冗談めかすように。
「自分語りが好きなのは、あんたも同じだな」
私は溜息をついた。
「お喋りのために脅迫までしてきたのは、どっちだよ。私は本来ならこんな場所、来たくはなかった」
FGは画面に目を戻しながら、言う。
「エネルギーが欲しかったっていうのは本当さ。まあ、一度伝説の戦乙女と話をしてみたかったってのも、本当だけどね。
機械をあれだけ屠った伝説を持つ女に、ちょっと興味があったんだ。
まあ、中身はやっぱり、ただの年頃の娘だったけどね」
「よく言うよ。お前の棚は低すぎだ」
そう言って、私とFGは笑った。一体何に対して笑っているのかも、二人にも分かっていないまま。
ただそれでも、その時は笑い合う方が正しい気がしていた。
FGの画面の中に、「コンプリート」と無機質な文字が浮かぶ。
それは、二人の時間が終わることを意味してもいた。
私が立ち上がるのに合わせるように、FGがエネルギー缶に繋げていたアダプターを取り外し、危うい手つきながら、自分の手で缶を渡してきた。頼りなげな、細く小さな手だった。
「また会うことがあったら」
私が手を上げて出て行こうとすると、FGが言った。
「気をつけろよ、ヴェロニカ。嫌な感じがする。ハッカーの直感だ」
振り返らず、私は扉を開けた。
「はいはい。せいぜい気をつけますよ。ハッカー様。
あと、今度はちゃんとした報酬を貰うからな」
後ろ手に扉を閉める時、また、というFGの声が聞こえてきた。
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