語り部は王の腕の中

深森ゆうか

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幼き王2

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 それからエステルは、アレンカの座学が終わると二人でアレシュの部屋を訪問し、話を聞かせた。

  アレンカ寄りの恋物語ばかりだと、アレシュが飽きてしまう。
  かといってアレシュ寄りの冒険や騎士物語だけだと、アレンカが不満を抱く。
  なので、エステルは一日に二つの話を用意して聞かせた。
  たまに騎士物語の中に恋愛が入ってればアレンカも喜んで耳を傾けてくれるし、恋物語に姫を救うのに剣を奮う騎士が登場すれば、アレシュも聞いた。
  時々、どちらにも入らない分野の話。怖い話や不思議な話、または雑学的な話まで聞かせる。

  十日ほどすると、アレシュもアレンカも好き嫌いなく、どんな話も夢中になって聞き入ってくれるようになった。
 「少女は薔薇の花弁を籠に一杯に摘みました。これを砂糖に浸けて砂糖漬けを作るのです。お城に働きに来てまだ間もない少女には、薔薇も砂糖も滅多に見ない物です。少女は何に使うのか見当もつきませんでした」
 「お砂糖を知らないの?」
  アレンカが、話を遮り話しかけてきた。
 「砂糖はね、女の子の時代にはとても貴重だったの。だから値段も高くて滅多に手に入らないのよ」
 「だからその子は知らなかったのね。私がお友達だったら一口舐めさせてあげるのに」
  アレンカの同情に、隣に座っていたアレシュが吹き出す。
 「あら? どうして笑うの? アレシュ」
 「だって、つまみ食いと一緒じゃないか」
 「あ」と日頃のつまみ食いがばれて、アレンカはペロッと小さな舌を出した後、笑い合っていた。
  そんな二人の様子を見て、エステルは微笑んだ。
  アレンカは八歳。十二のアレシュと年齢的にも丁度良い。このまま仲良くなれば、いずれ王宮に招待されるかも知れない。
 (親戚だと思っているアレンカは、驚くだろうけど)
  そこはいずれ、ブレイハ夫妻に真実を告げられるだろう。
  エステルは「それからどうなったの?」と、続きを迫る二人に物語を聞かせた。


◆◆◆
「エステル、王にお願いをして欲しいことがあるの。頼まれてくれないかしら?」
  寝所に戻るために青い絨毯の敷かれた廊下を歩いている時、夫人のダリナに止められた。
 「はい、どのようなご用件でしょうか?」
 「物語を聞くだけではなく、ダンスや歌やピアノも一緒にお願いできないかしら? せっかく、最高位の教育を受けていらっしゃる王がご滞在なのだから。アレンカにも良い刺激になると思うの」
  確かに。ダンスも相手がいればアレンカも習いやすい。
  ダリナのいう通り、最高位の教育をされているアレシュの導きがあれば、アレンカの情緒や感性に良いだろう。
  ただ、アレシュがそれを了承してくれるかが問題だ。
  アレシュは静養として滞在しているので、王宮から家庭教師など連れてきていない。王宮から離れて、ゆっくりと心を休めるために来ているのだ。
  そんな王に、王宮の習い事の一環をお願いして、アレンカに教えて頂くことは出来るのだろうか?
 「貴女は王に気に入られているようだから、頼めば了承してくれると思うの」
 「そうでしょうか?」
  ダリナの言葉に、エステルは首を傾げる。
  エステルからは、王はアレンカの方が気に入っているように見える。
 (読み聞かせの時には夫人はいないから、分からないのかしら?)
  そんな様子のエステルに、ダリナは呆れ顔で肩が上がるほど息をつくと、
 「……本来なら、エステル。家庭教師の貴女がこの案を率先して提案して、わたくしや王に伺うべきですよ。貴女は今、アレンカの家庭教師なのです。生徒のアレンカの将来を考えて王に働きかけるべきでしょう? ……気が利かないのだから」
と、一気に不満をぶちまけてきた。
 「申し訳ありません。明日、王に伺ってみます」
 「頼むわね。この話は貴女からの提案として話してちょうだい。わたくしからだと、角がたちますから」
  謝罪に頭を下げるエステルに更にそう告げて、ダリナは踵を返し去っていった。
  姿が見えなくなると、エステルは肩を揺らした。
  明日、この提案をあの少年王に告げるのが気が重い。承諾してくれるだろうか?
 (でないと、こうやって誰もいないところで夫人に愚痴られるのよね……)
  エステルは明日、どうやって王に切り出そうかと気を揉みながらも床についた。


◆◆◆
 次の日、座学が終わり、いつものようにアレシュの元へ向かう準備をしているアレンカにエステルは「今日は、アレシュの部屋で飲む紅茶はアレンカにいれてもらいます」と告げる。
  お茶の用意をするのも貴婦人としての嗜みの一つ。アレンカにも週に何度かお茶の入れ方や菓子の選び方など教授している。
 「お湯は、まだアレンカ一人では危険ですから、キッチンにいる使用人にお願いしてね。いらっしゃれば料理長か侍女頭のヨハナに頼んでみて」
  アレンカはようやくお茶を自分の手でいれることができるので、パッと明るい顔をして「分かりました!」と可愛らしく膝を曲げて部屋を後にした。
 (さて、この間に……)
  アレンカがいてはアレシュに、ダリナからの頼みと言う名の命令を話すことができない。
  エステルは先にアレシュの待つ貴賓室へと向かった。

  エステルの頼みに、アレシュは気難しく眉を寄せた。ムッと口を結び、不機嫌な表情を見せる。
 (……やはり、ご機嫌を損ねたわよね)
  アレシュは公務や王として、まだ学ばなければならない勉学を止めてまで静養に来ているのだ。
  逆に王宮の政や生活から離れなくてはならないほど、アレシュの身体――特に精神が病んでいたのだ。
  それなのに、この静養の地で学んできた教養を人に教えなくてはならなくなるとは、彼も思ってはいなかっただろう。
 「難しく、教えるとかお考えずにならずに、ダンスのパートナーのお相手をなさるとか、ご一緒にピアノを弾いたり歌ったりと、ご友人同士の一時とお考えくだされば……」
 「違う」
 「えっ?」
 「僕が嫌だな、と思ったことはそんなことじゃない。アレンカのダンスの相手やピアノを一緒に弾いたり、王宮の作法とか、さりげなく彼女に教えることは別に構わないよ。夫妻にはお世話になりっぱなしだし、いずれ主城に帰ったら夫妻と、このブレイハの領地に恩赦を与えるつもりでもいる――でも」
  アレシュが、逸らしていた瞳を真っ直ぐにエステルに向けた。その瞳の揺らぎにエステルは戸惑い、肩を揺らしてしまう。
 「エステルは今、僕のことを王として見て、話していた。……それが悲しい……」
 「アレシュ様……」
  アレシュは、思いを吐き出す。
 「ブレイハ夫妻にも何度も『ここに滞在している間は、他人行儀は止めて欲しい』と言っても止めない――僕はそうしてほしくても、やはり主従と臣下という概念から抜け出せないのだろう。それはもう諦めた。途中アレンカにも知られても仕方ないと。……だからこそ、普通の少年のように接してくれるエステルが、僕は嬉しいんだ」
  エステルは話しながら沈んでいくアレシュに近寄り、長椅子に座る彼の隣に座る。
  エステルの顔が近いと知るとアレシュは頬を染め、俯いた。
 「……申し訳ありません。私の何気ない言葉に傷付かれていたなんて……」
 「良いんだ」
  アレシュは首を振る。
  そして躊躇いながらも、膝の上で手を合わせているエステルの手を握り締めた。その行動にエステルは驚いたが、アレシュと目が合いそのままにする。
  彼の瞳が、寂しいと訴えているように見えたのだ。
 「頼みがあるんだ」
 「私で出来ることでしたら……」
  エステルの応えにアレシュは、また頬を染める。口をもごもごとさせて、ようやく声に乗せられた言葉は、彼の逃れられない人生に同情をしてしまうものだった。
 「その……抱き締めて、欲しいんだ」
  その意外な願いに目を丸くしたが、彼の両親の死を知っているエステルはチクリと胸が痛む。
 (やはり……お寂しいのね……)
  エステルは、アレシュの頭を優しく自分の胸に引き寄せる。
  彼は、エステルの胸に顔を埋める形となった。
  まだ小さくて形良いアレシュの頭を撫でてやると、彼は少しだけ身体をエステルに傾ける。遠慮するように。
  それがエステルには、甘えることに慣れていない子供に思えた。
  しばらくの静寂の後、アレシュが懐かしいように呟く。
 「母上と同じ匂いがする。お日様の、暖かさが感じられるような匂い」
 「王妃様は普段、香水などはお付けにはならなかったのですか?」
 「公務の時には付けていたよ。でも、普段は付けなかった。僕は香水を付けている母上も付けていない母上も、どちらとも好きだったけど――今は、エステルと同じこの匂いが落ち着いてとても良い」
  しっかりしていて大人びていても、まだ母親の恋しい年齢なのだ。アルシュ王は。
  母性に訴えかけてくるアレシュの様子に、エステルは胸が震えた。
  本来なら、ブレイハ領主の妻・ダリナの方が適任なはず。
  だけど二人は臣下という立場に囚われて、彼にこのような接し方は無理だろう。
 (なら、王が滞在中の時には、私が母親がわりをつとめよう)
  エステルの心は決まった。

  ――しかし、エステルは気付けなかった。

  王の小さな手が、熱い想いに燃えていることに。


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