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水草がユフィを避けるように蠢いた。ユフィの体の周りは魔力の熱によって、ゆらゆらと揺れている。
飛び込んだ瞬間には騒がしく感じる程の気泡が一斉に水面へと登っていたのに魔力操作に集中しているうちに、あっという間に静寂の底に落ちる。ユフィは唇を尖らせて小さな気泡を作り、それが上がっていくのをしばらく眺めた。
やがてゆっくりと身体が水面に浮かび上がると、太陽は既にユフィを見下ろす位置にあった。
「フィ!」
すっかり男の子の格好に戻ったレイヴンが岸辺で手を振っている。泳いでそちらに向かえば、腕を捕まれてレイヴンの胸の中に閉じ込められた。
「ヴィの服が濡れちゃうよ」
「いいよ」
仕方なく抱きしめられたまま魔法で乾かすと、耳元でくすくすと笑う声が聞こえてくる。
「なんで笑ってるの?」
「ううん、なんでもない」
「えー気になるよ…」
「だってフィの魔力が暖かいから…懐かしいなって思って」
そう言って顔を上げたレイヴンはユフィの顔を見て固まった。
「フィ……瞳の色どうしたの?」
「え、どうなってるの?」
「……赤色に戻ってる」
「え、嘘…」
自身の瞳の色を確認しようと思っても、レイヴンは腕を離してくれない。
そこでレイヴンの瞳に映る自分に気付いて、それをよく見ようと顔を近付ける。
影のせいなのか、光のないその青の瞳の中に一瞬赤い光がぼやけて見えた。
いつの間にか頬に置かれていたレイヴンの両手の親指が下まぶたをなぞり、同時に軽く触れた唇が熱だけを残す。
急な口付けにユフィは反応が追い付かず、レイヴンが小さな声で何かを呟くのを聞き返そうとして目の前は真っ暗になった。
その暗闇は一瞬だった。それでも異常な程の漆黒を見たユフィは平衡感覚を失い、グラりと身体が傾いて、レイヴンに支えられる。
「気持ち悪い…?」
「…ちょっとだけ」
ユフィはくらくらと揺れる視界を抑えるためにしゃがみこんで、ひんやりと冷たいダークオークの床に手をついた。
「あれ……ここ、どこ?」
しゃがんだまま、何度も瞬きをして目を擦る。つい先程まで外の湖の前にいたはずだ。それが今は黒いカーテンが引かれた薄暗い木造の部屋の中に居る。小屋よりも広くて立派な…屋敷の一部屋のようだ。
部屋の中央には四角いテーブルがあった。その上には地図や手書きの魔法陣のようなマークが描かれた紙切れ、空になったお菓子の包装箱が乱雑に置かれている。
横には分厚い本や薬剤が並んだ棚、床には罠や動物を閉じ込めるようなケージがある。
「ごめんね、辛いだろうけどもうちょっとだけ頑張って」
「でも…服が」
「あれー」
背後から間延びした声が聞こえて振り返ると、黒いソファにダラりと寝転ぶ白衣姿の男性がこちらに無邪気な笑顔を見せている。
「さっきは居なかったよね?」
怖くなってレイヴンに声をかけるも反応はない。代わりにレイヴンのコートを頭から被せられ、その男性を見せないように背中側に隠された。
「へぇーその子だったんだぁ、面白いねぇ」
「ジロジロ見るな…叔父さん、黒竜の血持ってない?」
「えー、あったかなぁ?それより兄さんのところに色々お手紙が届いてるみたいだけど」
敵意剥き出しのレイヴンに対して男性は嬉しそうにその水色の瞳を輝かせる。
そんな二人を黙ってみていたユフィは、ここに来てからずっと違和感を感じていたカーテンの方へと目を向ける。
気持ち悪さのせいだと思っていたけど、眩暈がなくなっても胸騒ぎと身体が外に引っ張られているような感覚が今も残っていた。
「それにさー、君の母上はもういいのー?」
「母さんは…公爵が居るでしょ」
「冷たいなぁ」
「ヴィのお母さんがいるのっ?」
「いるよー、あっ僕はケイルねー、その子の叔父だよー」
唐突にレイヴンの母親の話が出て、ユフィは思わず声を出した。レイヴンとの言い合いを楽しんでいた男性は体を曲げ、ユフィに目を合わせて答えると手を出してきた。
ユフィも名乗ろうと手を伸ばすと、レイヴンがケイルの手を叩き落としたため、ゆっくりと手を引っこめた。
「あはは、興味はね…すごーくあるよ、でも可愛い可愛い甥っ子の為に我慢するよ」
「変態野郎…」
「ヴィ、口悪いよ…」
「ねっ、ひどいなぁ…とりあえず兄さんには僕が報告するねー、服は君が用意してあげて」
ケイルは伸びをして、ポケットからクッキーを取り出すとその包み紙をテーブルの上に投げ捨てて部屋を退出した。その後、レイヴンに部屋の一室へと案内される。
「荷物取ってくるから、部屋の鍵開けちゃダメだよ」
と話す間もなく、3つ程ある内鍵を閉めたレイヴンは、目の前から一瞬で消えてしまった。
飛び込んだ瞬間には騒がしく感じる程の気泡が一斉に水面へと登っていたのに魔力操作に集中しているうちに、あっという間に静寂の底に落ちる。ユフィは唇を尖らせて小さな気泡を作り、それが上がっていくのをしばらく眺めた。
やがてゆっくりと身体が水面に浮かび上がると、太陽は既にユフィを見下ろす位置にあった。
「フィ!」
すっかり男の子の格好に戻ったレイヴンが岸辺で手を振っている。泳いでそちらに向かえば、腕を捕まれてレイヴンの胸の中に閉じ込められた。
「ヴィの服が濡れちゃうよ」
「いいよ」
仕方なく抱きしめられたまま魔法で乾かすと、耳元でくすくすと笑う声が聞こえてくる。
「なんで笑ってるの?」
「ううん、なんでもない」
「えー気になるよ…」
「だってフィの魔力が暖かいから…懐かしいなって思って」
そう言って顔を上げたレイヴンはユフィの顔を見て固まった。
「フィ……瞳の色どうしたの?」
「え、どうなってるの?」
「……赤色に戻ってる」
「え、嘘…」
自身の瞳の色を確認しようと思っても、レイヴンは腕を離してくれない。
そこでレイヴンの瞳に映る自分に気付いて、それをよく見ようと顔を近付ける。
影のせいなのか、光のないその青の瞳の中に一瞬赤い光がぼやけて見えた。
いつの間にか頬に置かれていたレイヴンの両手の親指が下まぶたをなぞり、同時に軽く触れた唇が熱だけを残す。
急な口付けにユフィは反応が追い付かず、レイヴンが小さな声で何かを呟くのを聞き返そうとして目の前は真っ暗になった。
その暗闇は一瞬だった。それでも異常な程の漆黒を見たユフィは平衡感覚を失い、グラりと身体が傾いて、レイヴンに支えられる。
「気持ち悪い…?」
「…ちょっとだけ」
ユフィはくらくらと揺れる視界を抑えるためにしゃがみこんで、ひんやりと冷たいダークオークの床に手をついた。
「あれ……ここ、どこ?」
しゃがんだまま、何度も瞬きをして目を擦る。つい先程まで外の湖の前にいたはずだ。それが今は黒いカーテンが引かれた薄暗い木造の部屋の中に居る。小屋よりも広くて立派な…屋敷の一部屋のようだ。
部屋の中央には四角いテーブルがあった。その上には地図や手書きの魔法陣のようなマークが描かれた紙切れ、空になったお菓子の包装箱が乱雑に置かれている。
横には分厚い本や薬剤が並んだ棚、床には罠や動物を閉じ込めるようなケージがある。
「ごめんね、辛いだろうけどもうちょっとだけ頑張って」
「でも…服が」
「あれー」
背後から間延びした声が聞こえて振り返ると、黒いソファにダラりと寝転ぶ白衣姿の男性がこちらに無邪気な笑顔を見せている。
「さっきは居なかったよね?」
怖くなってレイヴンに声をかけるも反応はない。代わりにレイヴンのコートを頭から被せられ、その男性を見せないように背中側に隠された。
「へぇーその子だったんだぁ、面白いねぇ」
「ジロジロ見るな…叔父さん、黒竜の血持ってない?」
「えー、あったかなぁ?それより兄さんのところに色々お手紙が届いてるみたいだけど」
敵意剥き出しのレイヴンに対して男性は嬉しそうにその水色の瞳を輝かせる。
そんな二人を黙ってみていたユフィは、ここに来てからずっと違和感を感じていたカーテンの方へと目を向ける。
気持ち悪さのせいだと思っていたけど、眩暈がなくなっても胸騒ぎと身体が外に引っ張られているような感覚が今も残っていた。
「それにさー、君の母上はもういいのー?」
「母さんは…公爵が居るでしょ」
「冷たいなぁ」
「ヴィのお母さんがいるのっ?」
「いるよー、あっ僕はケイルねー、その子の叔父だよー」
唐突にレイヴンの母親の話が出て、ユフィは思わず声を出した。レイヴンとの言い合いを楽しんでいた男性は体を曲げ、ユフィに目を合わせて答えると手を出してきた。
ユフィも名乗ろうと手を伸ばすと、レイヴンがケイルの手を叩き落としたため、ゆっくりと手を引っこめた。
「あはは、興味はね…すごーくあるよ、でも可愛い可愛い甥っ子の為に我慢するよ」
「変態野郎…」
「ヴィ、口悪いよ…」
「ねっ、ひどいなぁ…とりあえず兄さんには僕が報告するねー、服は君が用意してあげて」
ケイルは伸びをして、ポケットからクッキーを取り出すとその包み紙をテーブルの上に投げ捨てて部屋を退出した。その後、レイヴンに部屋の一室へと案内される。
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