人気俳優と恋に落ちたら

山吹レイ

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大成功の行方

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 暑い盛り、ファーストアルバムが発売になった。シングル曲の三曲を含む全十五曲。捨て曲なしの最高の出来になっていると自負している。
 店舗でのインストアライブのキャンペーンが終わると、ツアーが本格的にはじまる。今までのコンサートは都心だけだったが、今回は五大都市、それも、どの公演もソールドアウトとなれば、かなり力が入った。
 歌もダンスも最高の出来になるまで何度も何度も繰り返し練習を重ねる。少しのミスも許さない。今回から、以前の人気振付師の人に戻ったので、それはもう厳しかった。練習時にミスしなくなるレベルまで仕上げなければ、本番では完璧に踊れない。二時間踊る体力も持久力も必要になる。やるべきことは山ほどあった。
 そこに雑誌やウェブの取材、テレビ出演も入る。CMの撮影もあった。本当に毎日が忙しく疲れていて、為純とは連絡を取っていたがツアーがはじまるから専念したいと言ってまたもや当分会うのを控えていた。
 為純は物分かりがよく……というかあっちにしてみれば、会おうが会うまいがどっちでもいいかもしれないが、少しだけ残念な声で、体調に気を付けろよ、とだけ言ってくれた。
 移動中でも、ずっとアルバムを聴き、踊るイメージを頭の中で思い描く。今年は例年以上に熱い日が多く、しっかりと体調管理もしなければならない。
 そうして、歌も踊りも体調も万全に備えた初日、大盛りあがりで大阪公演を終えた。
 一生懸命踊り歌い汗だくになりながらも、観客の笑顔を見て、一緒に歌ってくれる声や歓声を聞いて、夢中で手を振り、笑顔を振りまいた。楽しくて、嬉しくて、全ての力を出し切って完全燃焼した。アンコール中感極まって涙が浮かんだほどだ。もっと歌いたかった。ステージに立ちたかった。
 ふらふらになりながら楽屋に戻ってきたが、心は冷めやらず気力が満ちていて興奮が全身を包み込んでいる。感情の昂りが抑えきれず涙が零れた。こんなに楽しい時間ははじめてだった。
「おい、泣くなよ」
 乱暴に腕で涙を拭いながらも泣く俺を見て、勇吾も目を潤ませている。
 ここまで頑張って来て本当によかった。
 加賀は「よかったよ。最高だった」と褒めて、俺たちの肩を優しく抱いた。
 ホテルに戻っても、体力は限界なのにまだ暴れ足りないような感覚に、じっとしていられず、部屋の中をうろうろとする。明日も早いのに、神経が冴えていて寝つけそうになかった俺は、一人ホテルを出た。外に出ると、夜でもむっとする熱気が包みこむ。熱帯夜だ。
 気分を落ち着かせるように、ゆっくりと周辺を歩きだした。
 突如ポケットに入れた携帯電話が鳴った。画面を見ると為純からで、電話は珍しいと通話ボタンを押した。
「もしもし」
『まだ、起きてたのか』
「起きてたよ。なんか全然寝つけなくて」
『実は今、大阪にいる。そっちもツアー初日で大阪にいるんだろ? お疲れ』
「よく知ってるな」
『俺もロケの仕事でついさっき終わった。今どこにいる?』
「ホテルの近く……えっと……」
 泊まっているホテル名を伝えると、すぐ近くだと言う。なんとなく会話をしていたら会いたくなって、ついうっかり「会って話でもする?」と訊く。遅い時間だし、断られるかと思ったが『誘われるのは珍しいな』と笑った後で『少し待ってろ』と言って電話が切れた。
 ホテルの前の生垣に腰かけて空を見上げる。この街は東京と同じく夜でも煌々としていて空が狭く、星が見えない。
 鼻歌を歌いながら待っていると、目の前の車道にタクシーが停まった。
 長身を屈ませて為純が降りてくる。
「忙しくないのかよ」
 立ち上がって無邪気に笑いながら両手を上げて歓迎するように近づく。為純は俺の様子に驚きつつ「機嫌がいいんだな。飲んでるのか?」と顔を覗きこむ。そのとき、一瞬あれ? と為純に違和感を覚える。
「ああ、お前は飲めないんだった。じゃあ、ライブがよかったんだな」
 言われて違和感を覚えたことなど忘れて、興奮して喋りまくる。
「よかったってもんじゃない! 凄かった! こんなに楽しくて幸せで興奮したのははじめてだ! 盛り上がってたし、めっちゃよかった!」
 俺の勢いに為純は目を丸くしていたが、間を置いて嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ東京公演楽しみにしてる」
 為純には関係者ということで招待してある。
「おう! 楽しみにしてろ!」
 行く当てもないのに、二人並んで歩きながら夜の街に溶けこんでいく。鼻歌を歌いながらスキップを踏む俺を、為純が苦笑して腕を掴んだ。
「危なっかしいな。人にぶつかる」
「フワフワしてて、すごく気分がいいんだ。今日はすごくいい日だった」
 不意に足を止める。為純も俺の腕を掴んだまま振り返った。
「……本当はさ、付き合うってなったとき、どうしようって思ったけど、こうなるなんて考えもしなかった。きっとよかったんだろうな。こういう経験をさせてもらってるんだから」
 真面目な口調になったが、為純は笑わずに聞いてくれた。
「お前だけじゃなく、俺にもいい効果が出てる」
 ぴんときた。昨日発表になって話題になったことがあった。
「あ、正月の時代劇で主役を演じることになったんだっけ?」
「知ってるんだな」
「だって、ネットニュースになったもん。もしかして、これが前に言ってたやりたかった仕事?」
「ああ。今殺陣の練習もしてる」
「いいなあ、好きなことがやれるって本当に嬉しいよな」
 再び歩いたが、疲れてしまい、車道と歩道を分ける境界ブロックに腰をかけて座りこんでしまった。その隣に為純も座る。
 誰も俺たちに気づかない。あんなに熱中して歓声をくれた観客も、コンサート会場だから憧れの対象でいられた。今は手を振り返してくれる人も声をかけてくれる人もいない。
 人の流れをぼんやり見ていると、あれほど興奮していた気持ちがすっと冷めていく。
 盛り上がっていた気持ちがクールダウンし、自分が今こんなに活躍できる理由が、為純の認知度のおかげだと思うと、ありがたいような不甲斐ないような複雑な気持ちになる。今までの頑張りだけではここまでこられなかった。
 自分の立場がわかってくると、為純と付き合っている状況を改めて確認したくなった。
「俺だけじゃなく、そっちにも恩恵があるならよかった。俺なんてあんま売れてないアイドルだから、逆に足を引っ張ってるんじゃないかって……」
 為純は今まで見たことがないほど優しく笑った。
「そんなことはない」
 また揶揄されると思っていたのに、そんな表情をするとか反則だ。
「付き合うことになってから、いい流れが吹いている。それに、前はむしゃくしゃすることも多かったのに、お前とこうして話をするだけで気持ちが楽になるんだ。仕事も今まで以上に集中できてる」
「それならいいけど……ほら、そっちだって忙しいだろ? 毎回店を予約して俺に会って……ちょっと無理してんじゃないかなって思ったりもして」
「忙しいのはお互いさまだ。無理だったら会ってない。会いたいから会うんだ」
「そうだったのか? てっきり俺は……」
「一緒にいて飽きないって言っただろ。お前は裏表がないし、純粋だし、一緒にいてほっとする」
 褒め殺しのような言葉を為純は躊躇わずに口にする。俺は面映くて俯いたまま頬を掻く。
「今はまったく遊びにも行ってない。行く理由もないしな」
 それからふと気づいたように訊いてきた。
「お前こそ、どうして俺と会うんだ?」
「え?」
「無理やり付き合わされているのに、なんだかんだ言いつつ必ず食事に来ていた。まあ、今は忙しくて断れることも多くなったが……」
「最初は面倒だと思ったよ。でも、俺も楽しかったし、色々話が聞けるのも勉強になった。仕事に真面目で真摯なとこ、尊敬してる」
 言っててかなり恥ずかしい。
「お前はいい男が好きだしな。よかったよ、見初められて」
 冗談のように言うから、反論しようとして顔をあげる。そのときはじめて気づいた。
「それ……ってあ、髪、髪が短くなってる」
 為純に会ったとき感じた違和感はこれだった。胸の辺りまで長かった髪が少しだけ短くなっている。
「よくわかったな。時代劇の撮影がはじまれば、黒く染めて短く切るつもりだ」
「ええ!? 切るのか!? もったいない」
「髪が長い男も好きだもんな、お前は」
 為純の言葉も耳に入らないほどショックを受けていた俺は、そっと手を伸ばして髪に触れてみる。ウェーブがかったブロンド色の髪は柔らかく、指に絡めてみても絹糸のように艶やかだ。
「終わったらまた髪を伸ばしてやるよ」
「ドラマの撮影とかは髪が長くても大丈夫だったのか?」
「言われたことはない。短髪じゃなきゃだめな役なら普通に切るしな」
「こだわりがあって伸ばしていたわけじゃないんだ?」
「ない」
 為純は立ち上がった。携帯電話で時間を確認すると、もう日付が変わっている。ちっとも眠気が差さなかったのに、今になって疲れがどっときて体がだるく、欠伸も出て目がしばしばしてくる。
 歩いてきた道を戻りながら、話をしつつ眠い目を擦る。
「また落ち着いたら飯でも食いに行こう」
「うん。今度は俺が店を予約しとく。よかったよ。こんな話ができて。色々と思うこともあったし」
 素直な思いを口にすると、為純は俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「あ、そういえば、曲よかったぞ」
「CD聴いた?」
「聴いた。生放送のときも凄かったな。声が通ってスタジオ内に響き渡ってた。踊りも揃ってるし格好よかったよ。たいしたもんだ」
「ずっと歌も踊りも練習をしてるから、あれくらいできて当たり前。できないようじゃプロ失格だ」
「厳しいんだな。俺には到底無理だ」
 そこでホテルに戻ってきた。
 そのときには俺はもう半分寝ていて、目を開けているのがやっとだった。大きく欠伸をすると為純が笑う。
「じゃあな、行理」
 あ、と思ったときはもう、為純の姿は遠くなっていた。
 はじめて名前を呼ばれた。いや、正確にははじめて会ったときに、面白半分にちゃん付けで呼ばれて以来だ。
 あのときとは声の感覚が違う。行理と呼んだ、低く甘い声が頭の中でこだまする。
 為純と会えてよかった、そう思うくらい、少しの時間ながらも充実した夜の逢瀬だった。
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