人気俳優と恋に落ちたら

山吹レイ

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 忙しさのピークを迎えていたツアーが終わると、仕事もいつもの通常運行に戻る。事務所の先輩たちの動画に出たり、フェスの飛び入り参加など、突発的な仕事が入ることはあったが、徐々に落ち着きを取り戻していた。それでも仕事は途切れずに入ってくるから、ある程度の知名度は確立したのかもしれない。化粧品のCMやアイスクリームの広告宣伝番長という不思議な役職など、今まで関わってこなかったジャンルからも仕事をいただくことも多くなった。
 今日なんかは、とあるゲームアプリのウェブCMの撮影の仕事だった。
 そんなときに、為純からゆっくり会える日はないかと訊かれた。
 来月の半ばごろから時代劇の撮影で京都に行くことになるらしく、仕事が入れば東京に戻ってくるが、当分京都で撮影に専念するので、その前に一度会ってゆっくり話がしたいらしい。
 いつもは夜、仕事終わりに店で待ち合わせ、というのが定番なのに、こんなこと言うのも珍しいな、と思いながら早めに仕事が終わる日を伝えた。
 為純もその日は早く終わるというので、弁当や総菜など買っていって俺のマンションで会うことになった。
 当日、順調に仕事を終えて、時間を見ると夕方五時すぎ。約束の時間には早く、どうしようかと思いながら一度為純に連絡を入れる。すると、為純も仕事を終えたらしく、これから迎えに行くと言われた。
 待っている間、近くのコンビニに入って飲み物を買うついでに、ふと目に留まった雑誌を眺める。
 メンズ雑誌の表紙に、髪を結ってスーツを着ている為純が載っている。うつむき加減で時計を見ている姿は、仕事中というよりこれからデートという色気が漂っていて『極上の男』と銘打った文字も相まって、本当に美しく極上の男の名にふさわしい貫録があった。
 普段は雑誌の類を買わないが、なぜか手に取りペットボトルのお茶と一緒に会計をしていた。
 為純は俳優であるが、今ではそれ以上に雑誌のモデルとして表紙を飾ることも多い。長身もさることながら見てくれもいいのだから、表紙になると本当に映える。
 コンビニを出て、指定された場所まで歩いていると、急に車が側に停まった。
 何気に横を見ると、車の中にいた人物と目が合う。為純だった。
 車を所持していると言っていたので、てっきり派手なスポーツカーや外車を乗り回しているのかと思っていれば、車高が高い国産のSUV車だった。
「乗れ」
 言われて、少し緊張しながらもドアを開けて「お邪魔します」と声をかけて助手席に乗る。シートベルトを締めると、車はゆっくりと動き出した。
「早く終わったんだな」
「そっちもな。車、いいな」
 そわそわしながらダッシュボードを撫でてみる。
「足のことを考えなくてもいいのが楽だ。気分転換にもなるし。ただ都内は渋滞が多いから、電車のほうがいい部分もあるだろうな。免許は?」
「持ってない」
 ふとルームミラーで後ろを見て、後部座席に荷物がいっぱい積んであるのが目についた。
「これ、買ってきたもの? え? 鍋? フライパン?」
「行理のところに調理道具が一切ないだろ」
「え……そうだけど?」
 為純と目が合うとにやりと笑われた。
「一通り買っておいた」
「買っておいたって……俺使わないけど?」
 為純を部屋に入れたことがあったが、そのときにキッチン周りに何もないことを驚いていた。俺が料理をしないのは為純も知っている。実際実家から送られてきた野菜を度々腐らせて捨てている。あっても宝の持ち腐れだ。
 長いこと車を走らせていたからどこに行くのかと思ったが、着いたのは駐車場がある大きな複合商業施設だった。
 そこで食料品を買いこんだ。でも惣菜や弁当などではなく、野菜や果物、米、精肉、調味料といった食材だ。二人では持てないくらいの量をぶら下げて車に戻る。
 料理できない、と何度言っても為純は取り合わない。
 俺のマンションの近くにコインパーキングがあるので、そこに車を停めて、二人で往復して荷物を全て運びこんだ。
 改めて見ると、包丁やまな板まである。
「大人しく座ってろ」
 そう言われても気になる。為純は次々と梱包を解いて中身を取り出すと、鍋やフライパンはガス台の上に、食材をシンクの上に並べている。
「料理できるのか」
「見て驚くなよ」
 為純は髪が落ちてこないように後ろでくるんと丸めて結い、手を丁寧に洗う。
 米を洗って鍋に入れて浸し、野菜を洗う姿は、料理に慣れた手際のよさだった。俺と同様にできないものと思っていたので意外だ。
 一応「手伝おうか?」と訊くが「邪魔だ」と笑って言われので、すごすごとリビングに戻り、テーブルの前に座る。手持無沙汰になって、買ってきた雑誌を眺めていると「シャワーでも浴びてきたらいい」と声がかかる。
 てきぱきと料理をしている男と、びしっと決めて雑誌に載っている男が、本当に同一人物とは思えない。
「俺だけ、悪いじゃん」
「どうせ暇だろ。浴びてこいよ。その頃には出来上がってるから」
 そこまで言われては断るにもできずに、シャワーを浴びる。
 他人に料理と作らせておいて、自分がシャワーを浴びるなんて変な感覚だ。付き合っているわけでもないのに、二人の間にもう何年も一緒に暮らしているかのような気安さが流れている。
 シャワーを浴び終えると、ついでに溜まっていた洗濯物を入れて洗濯乾燥機を回す。
 濡れた髪を拭きながら、リビングに戻ってくると、小さなテーブルの上にラッピングされた箱が置かれていた。よく見ると、箱には『HAPPY BIRTHDAY』と書かれてある。
「これ……」
 キッチンから為純が出てきた。
「早いが誕生日おめでとう」
 俺の誕生日は来月の頭、知っていたとは驚きだった。
「え、まさか、祝ってもらえるとは思わなかった。……もしかして、そのための今日?」
「それもあるけどな、これからしばらく会えなくなるから、行理が寂しいと思って」
 そんなことを言うからまた言い返しそうになって……ぐっと堪える。大きく頭を下げて感謝を伝えた。
「ありがとう。本当に嬉しい。開けてもいい?」
「どうぞ」
 持ってみるとかなり重い。両手に収まるサイズではあるが、何が入っているのか見当もつかない。
 ラッピングを開けると桐の箱が出てきた。高級そうなものだと思い、そっと蓋を開けてみる。
「え、何これ」
 中には茶碗とお椀、皿、箸のセットが入っていた。しかも一人分じゃない。色違いで二人分入っている。明らかに夫婦仕様だ。
「悩んだが、この部屋に茶碗どころかちゃんとした箸もなかったことを思い出した」
 確かに、外食やコンビニ食で過ごしている俺には必要ないものだから、箸だって割りばしだし、皿は何かで貰った豆皿が一つしかない。でも、一人分でよくないか? 同棲したてのカップルならまだしも……というか、結婚祝いにも見えなくもなくて、どうしてこれを選んだのか不思議に思う。
「でもこれ俺にっていうより、二人分あるよね」
「これから使うのにぴったりだ」
 為純はそう言うと、俺の手から箱を持って行ってしまった。箱から食器を出して洗剤をつけて丁寧に洗っている。料理を作ってもらっても、入れる皿がなければ困るのはわかるが……別にそれをプレゼントにしなくてもいいような気がする。
 暫くしてキッチンから戻ってきた為純の手には、今しがた贈られたばかりの器に盛りつけられた料理が載っていた。
 茶碗にはきのこの炊き込みご飯、お椀には豆腐とねぎの味噌汁、皿にはトマトと千切りキャベツたっぷりの豚肉の生姜焼きがこれまたこぼれそうなほど載っている。
 これを見てしまえば、誕生日プレゼントのことなど、どうでもよくなった。二人で一緒に美味しく食べるために買ってきたと思えばいいのだ。
 食い入るように料理を見ている俺を、為純は笑いながらテーブルの反対側に座る。
 一人で十分だった小さなテーブルが今は憎い。もっと大きければ、たくさん料理が載ったのに、と思いながら手を合わせる。「いただきます」二人同時にはもった。
 茶碗を持って食べはじめた為純に向かって、まずは「料理ありがとう」とお礼を言った。何もしてないのが申し訳ない。
「俺も食べたかったんだ」
「茶碗とかもありがとう。ちゃんと使わせてもらう」
 珍しく為純が居心地悪そうにしている。真面目にお礼を言われるのが苦手なのかもしれない。
「俺も使うから……それはもういい。冷める前に食え」
 あらためて、いただきます、と手を合わせ、きのこがたっぷり入った炊き込みご飯を頬張る。
「うまっ……すっげーうまい」
 生姜焼きも甘辛で食欲が進む。キャベツと一緒に咀嚼すれば、口の中はうまみで溢れ、思わず顔が綻ぶ。
「うまい、まじうまい」
「そこまで言ってくれたら作り甲斐がある」
「よく作るのか?」
「今は忙しくて作れない。でも昔はよく作ってた。一人暮らしも長いしな」
「俺みたいに、一人暮らしが長くたってやらない奴はやらないよ。面倒だし、コンビニのほうが楽だし」
「料理を作る過程が楽しいんだ。他のこと考えずに料理に専念していられる」
「へえ……」
 料理を作りたいと思ったことがない俺にとって、作るのが楽しいという発想は意外だった。
 おかわりまでして食べて、二人で手を合わせて「ごちそうさま」で終える。
 満足しすぎて、満腹になったお腹を撫でてごろんと横になる。為純がすぐに立ち上がって、空になった皿を持って行こうとしたのを見て、慌てて起き上がった。
「俺がやる」
「いい。俺がやったほうが早い」
「いいの。俺がやるから。お前は座ってろ」
 料理を作ってもらって、さらに片付けまでしてもらうわけにはいかない。為純の手から皿を奪い、キッチンに持って行く。
 為純は所在なさげに座っている。また立ち上がろうとしたので「座ってろって」といい伏せて、重ねていいものなのか悩みながら茶碗やお椀を一個一個運ぶ。
「こういうの見るんだな」
 為純が置かれていた雑誌を手に取り、俺に翳して見せた。今日コンビニで買ったばかりの奴が表紙のメンズ雑誌だ。
「それは……目についたから」
 為純が載っているから買ったなんて言えなくて、しどろもどろになりながら言い返すと、為純は「ふーん」と気のないふりで雑誌をペラペラめくる。
 俺は逃げるようにキッチンに行く。シンクに置かれたまな板や包丁、持ってきた茶碗や皿、それからガス台に乗ったままの鍋やフライパン。これらを洗うのは、少し大変そうだ。
 そこでふと思いついた。
「もしよかったら、お前もシャワー浴びていいよ。俺はまだかかりそうだし」
 為純から返事はないので続ける。
「どうせ暇だろ?」
 為純と同じように言い返すと、一瞬考えた様子だったが雑誌を置いて立ち上がった。
「じゃあ、使わせてもらう」
「あ、なんか着るもん、あったかな。探しとく」
 こんなやり取りを交わしながら、恋人同士みたいだと妙に照れくさくなった。
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