DEAD HEAT ~破魔の護法士~

デジタル・ピテクス

文字の大きさ
13 / 40
闇深き動乱

ブラッドモアの密計

しおりを挟む
 およそ一月ひとつき前・・・
 
 陽が沈み、闇に包まれたムンゾの都キルドナンを街灯の明かりが満たした。
 
 商店街には様々な店がのきを連ね、朝から晩まで買い物客と貿易商人で混雑している。
 その周辺に住宅や公園、役所や歌劇場などがあった。

 路地裏で営業する老舗の酒場。

 入口の横に置かれた古い蓄音機が、ピアノの旋律を心地よい音量で奏でている。

 店内には四人の客。
 三人は酒を飲みながらビリヤード台で遊び、一人は隅のテーブル席で寂しく座っていた。

 また一人、新たな客が来店した。
 正面のカウンター席に着く。
 
 店員はすぐに泡立つ茶色の酒と豆を揚げたを差し出す。
 この客はどうやら常連らしい。

 さわやかな苦味が口に広がって喉を通る。
 グラスを置くと胸のポケットから煙草まじを取り、火をつけた。
 煙が天井に舞う。

 カウンター横のドアが開き、男が出てきた。
 鼻の下に細いひげを生やし、襟元は蝶ネクタイで着飾っている。
 
 酒場の経営者オーナーだ。

「こんばんわ、シモン様。今夜は七名のお客様が遊戯ゲームに参加しております。
いかがなさいましょう?」

「遠慮する。静かに飲みたい気分なんだ・・・」

「そうですか・・・ではまたの機会に」
 
 経営者は丁寧に頭を下げ、ドアの奥へ引き返した。

 酒場の地下では月にニ度、密かに違法な賭博とばくが開催される。
 シモンは賭け事を好んでおり、警察に通報せず黙認していた。

 グラスに残る酒を飲み干し、二杯目を注文する。その時、

『ムンゾ軍部局副長官のシモン殿。ようやくお会いできました・・・。ずっとお待ちしておりましたよ・・・』

 急に奇妙な声が鳴った。驚いて店内を見回す。

 ビリヤードで遊ぶ三人の客は台の上で転がるボールから視線を外さず、店員はシモンが頼んだ二杯目の酒を準備している。
 何も聞こえていないようだ。

『貴殿だけに私の声が聞こえます。簡単な魔術の一種です・・・。
 心の中で言葉を発してください。私と会話できますよ・・・』

 再び、雑音ノイズが混ざった怪声が響く。

(魔術?・・・何者だ?)
 シモンは声を出さずに話した。

『申し遅れました。私の名はブラッドモア、後ろの席におります』

 振り向くと隅のテーブル席に声の発信源と考えられる男がいる。

 紫の長衣ローブと薄い毛皮のマフラーを身に着け、年齢は不明だ・・・。

(なぜ私のことを知っている?)

『相当な野心家だという噂を聞きまして。ムンゾを今よりも偉大な国家にしたいと望んでいるとか・・・。   
 ロハリネやミオランデの大半は古来よりムンゾの領土。
 ニ百年前の戦争で敗北し、惜しくも失なった土地なのです。
 奪われた尊いものを取り戻したい。そう考えていらっしゃる・・・』
 
 まさにその通りだ。
 
 シモンは祖国の人民こそ高潔であり、ムンゾが世界の中心だと信じていた。
 
 しかし現ムンゾ国皇ベルトーメ七世は寛容な人柄で、なによりも他国との友好関係を重視している。それが不満だった。

『私も同じです・・・。貴殿のような同志を探しておりました』
 
 ブラッドモアは携えた袋から、小さい瓶と書報しょほうを出す。
 
 テーブルに置いた。
 酒場の照明に反射し、瓶の中の液体が青白く煌めいている。

『私の呪術でベルトーメを操り、戦争を起こすのです・・・。
 それにはシモン殿の協力が必要でして。是非、お力を貸して頂きたい』

(操るだと?)
 
 魔術師は瓶を掴んだ。

『この液体は黒獅子くろじしひづめ魔草まそうのエキスを合わせた薬。ごく微量でも摂取すると昏睡こんすい状態となる・・・、まずはこれを飲ませるのです』

(毒を陛下に?)

『意識を失うだけで息絶えることはありません。
 その後、シモン殿が私を優秀な医師だと臣下しんかや事務官などに紹介し、宮廷に招き入れるのです。
 ベルトーメを回復させると同時に〈隣国を攻めよ〉と、呪いの暗示を与えます。
 激しい怒りと憎しみの感情が止めどなく喚起され、戦争を始めることでしょう・・・』

 シモンはうつむき、考え込んだ。

(つまり、呪いで陛下の心を変えると?)

『人の精神は脆い、暗示によって容易たやすく支配できるのです・・・』
 シモンは再び俯く。

(そなたの密計が実現するとしても、ムンゾ国軍は近隣の国々に攻め入るほどの兵力を備えていない。
 軍費の規模が大幅に縮小されたのだ。
 たとえロハリネやミオランデの各地に侵攻しても、おそらく・・・否、確実に敗北するだろう)

『ご心配なさらずに。兵団を用意しています。
 エレファントゴブリン、ウルフトロール、翼竜ドラゴン。総数は約三千。
 魔物は人間よりも攻撃能力が高く、移動する速度も早い。戦場へ派遣する兵としては最適です』

(魔物を戦争に徴用し、使い捨ての駒にするのか・・・)

『それだけではなく、さらに強力な兵器を開発しております。護法士を討つことも可能でしょう』

「なんだと!?護法士に勝る?」
 シモンは驚き、思わず大きな声を出して聞き返した。

(・・・どのような兵器なのだ?)

『人体と機械を融合させた〈魔導兵器〉です。
 しかし量産するには多大な資金と研究施設を必要とします』

(陛下の発言を操作し、私を軍部長官に任命できるか?)

『はい。呪いの暗示に心が囚われた者は、どんな言動も思いのままです』

(私が長官となれば権限を使って必要な物資を提供しよう。・・・もう一度聞くが、本当に魔導兵器とやらを造れるのだな)

『ご所望でしたら、私の実験室にお越しいただき、試作機を見せますよ』

 ブラッドモアが椅子から立ち上がる。酒場の出入り口へ向かった。

『ここに書報しょほうを置いてゆきます。薬によりベルトーメが倒れましたら、いつでもご連絡ください。
 良い報せを期待しております・・・』
 
 魔術師は足音を発てず、滑るように酒場の外へ去った。

 シモンはブラッドモアがいたテーブル席に歩き、瓶と書報を手に取る。

 得体の知れぬ怪しい人物の企みを簡単に信じることはできない。
 だが現状を変え、自らの野望を叶える方法が他にあるだろうか・・・。
 
 しばらく考えたあと、煙草たばこを灰皿に擦りつけて火を消す。
 両眼に鋭気が増し、口を固く結んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...