DEAD HEAT ~破魔の護法士~

デジタル・ピテクス

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闇深き動乱

憎悪

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 国皇が住む白亜の城に五人の医師が集まっている。

 政府から届いた書状を門の衛兵に渡すと応接間に案内された。

 医師達は革張りのソファーに腰を掛け、緊張した面持ちで待機する。

 窓際の壁には歴代国皇の肖像画が七つ並び、今にも会話が始まりそうなほど精巧に等身大の姿を描写していた。

 応接間の扉が開き、小柄な中年の男が現れた。

「皆様、このたびはご足労いただき、誠にありがとうございます。
 私は宮廷の補佐官を務めるラミノと申します。
 お呼びした理由は書状に明記しませんでしたが見当はついているでしょう・・・」
 
 医師達は互いに目を見合わせ、黙ってうなずいた。

「陛下は、どのようなご容態で?」
 東の街から来たベテランの老医師が尋ねる。

「説明するよりも直に診ていただくほうがよろしいかと・・・、こちらへ」

 ラミノが応接間から出た。
 その後ろに続いて医師達も急いで歩く。

 階段を上がり、三階まで移動する。赤い絨毯じゅうたんが敷かれた長い廊下の中央に国皇の寝室があった。
 ラミノと医師が入る。

 ベルトーメは天蓋てんがい付きの大きな寝台ベッドで寝ていた。

 周りには臣下しんかきさき、聖職者や鎧を纏う騎士などが一様に険しい顔でたたずんでいる。
 寝室の雰囲気は重苦しい。

 バルコニーと接した出窓から爽快な光と風が吹き抜けるが、人々の暗い心境は癒せなかった。

十日とおかの間、眠ったままでございます・・・」
 ラミノが悲しみを堪えて嘆く。

 医師達は患者体温と脈を計り、聴診器を胸に当てる。
 
 ベルトーメは風邪すら引かないほど健康的だったという。
 肌の色は良く、体温は平熱。脈拍も正常である。

 痛みや苦しみを感じているようには見えず、ただ安らかに眠っている。

 なぜ十日も目覚めないのだろうか。もしや未知の病かもしれない・・・。

 西の街から来た医師は漢方薬という外国の薬が効果的ではないかと提案し、隣街から招いた医師は研究中の新しい薬の効能を説明した。

 それぞれが持参した数十冊の医学書を調べて議論する。

 昼夜を問わず懸命に薬を調合して患者の治療を行った。

 ベルトーメ七世は歴代の頑固な国皇と違い、どのような思想も宗教も自由を認める寛容な性格で行動や振る舞いは慎ましく、これからも国を牽引してほしいとムンゾの国民は望んでいた。

 誰もがベルトーメの回復を願っている。
 しかし病状が快方に向かうことはなかった・・・。

 王妃は常にベルトーメの寝台の傍に座り、夫の冷たい手を握り続けている。
「あなた、目を覚ましてください。お願いです、どうか・・・」
 聡明な瞳から涙がこぼれた。

 翌日の朝。なかば皆が諦めかけた時、宮廷に軍部副長官のシモンが医師を連れてきた。
 難病に詳しい高名な医師だという。

「初めまして、ネオマリーと申します」
 その男は偽名を使うブラッドモアだった。

「陛下が長らくとこに伏されていると聞き、参上しました。
 僭越せんえつですが私ならば救えると自負しております・・・」

 ベルトーメの身を案じる臣下達はわらにもすがるような気持ちでを信じ、君主の寝室へ案内した。

 ブラッドモアは横たわる患者に怪訝けげんな表情で近づく。

「これは・・・単なる病ではない。
非常に濃厚な闇の気配を感じる。おそらく魔術により呪われているのです・・・」

「の、呪いですと!?」

「私は魔術に対する治療法を心得ております・・・。この呪いを解きましょう」

 シモンが銀の杖を持ってきてブラッドモアに渡した。

 理解できぬ魔法の文言を唱え、杖をベルトーメにかざす。

 輝く泡が生じて杖の先端を覆った。

 寝台で眠る患者に光源が移り、腹部から肩、腕、大腿部だいたいぶ、足に伝わる。全身が眩い光で包まれた。

 ベルトーメの隅々で褐色かっしょくの細かい塊が何千と涌く。
 それは酒場でシモンに預けた毒である。
 
 宙に浮かぶ毒の粒は光に洗われれて消滅した。

「呪いは消えましたが陛下は魔術に対する免疫力を持たないため、再び同じことが起こるかもしれません」

「ではどうしたら良いのですか?対策はないのでしょうか?」
 傍にいた臣下が早口で問う。

「お任せ下さい・・・」

 ブラッドモアは首飾りに付いた小さな石の一つを掴んで外した。
 角度により赤や青、緑などの色彩を映す。

「これは呪いや黒魔術を払う効果が付与された魔石です・・・」
 しかし実際は邪悪な憎しみの呪文がめられていた。

 石をベルトーメの胸部に置き、ブラッドモアが手を添える。
 魔石は表面が波打ち、煌めきながら体内へ浸透してゆく。

 光は消え、意識を失っていたベルトーメが両眼を開けた。

「陛下が目を覚ました!・・・奇跡だ!」
 
 感嘆と安堵の歓声が響き、昏睡こんすいから解放された君主に臣下達が駆け寄る。

「ご気分はいかがですか?」

「うむ、悪くない。喉が渇いた、水をくれ・・・」

 給仕がグラスに入れた水を素早く運んできた。

 病み上がりの国皇は一気に飲んだあと、自分の身に何が起きたのかを周囲の人々に聞く。

「魔術で意識を失っておりました。私が呪いを清めなければ数日後に命を落としていたでしょう。それほど危険な状態でした・・・」
 ブラッドモアが率先そっせんして告げた。

「魔術だと?私の命を誰か狙っているのか?何処どこの国のやからだ?」

「ロハリネ共和国かと。これはつまり・・・明確な宣戦布告です。
 我が国を侵略しようとたくらんでいるのです」

「なんだとっ!?」
 シモンの発言で室内がざわめく。

「まさかそんな事が・・・。近隣の各国とは和平条約を結び、貿易も盛んです。
 ロハリネが我が国を敵視するとは考えられません」
 ラミノが事実を述べる。

 シモンの話は根も葉もない虚であったがベルトーメの意識は混乱し、胸部に付いた魔石の影響で激しい憎悪の感情が心を支配した。

卑劣ひれつな連中め・・・許さん。
 直ちに兵を集めよ!我らの宿敵ロハリネに報復するのだ!」
 怒りに燃える暴君が声を荒げて至上命令を叫んだ。
 

 三日後、宮廷二階の片隅。
 普段は誰も入らない空き部屋の前にブラッドモアとシモンがいる。
 扉の表面で星形の記号や奇怪な象形文字が赤く点灯していた。

「この印は魔術印ジャムグラフです。とある場所へ転移できるように扉を呪文で細工しました。以前、申し上げた魔物の兵団をお見せいたしましょう」
 ブラッドモアが扉を開く。

 戸口の枠に沿ってカーテンに似た輝く黒い幕が張り付いている。

 魔術師の次にシモンが敷居をまたぐと一瞬で景色が変わり、高々とそびえる岸壁の頂に転移した。

 崖の縁に老齢の男。額を頭巾で巻き、木製の杖を持つ。
 二人に気付いて振り向いた。

「こちらは我が同胞、サタナエル。私と共に戦争を起こす計画を考案し、魔物の煽動せんどう、魔導兵器の開発を行っております」

 ブラッドモアがシモンに紹介する。サタナエルは軽く会釈した。

「シモン殿、ご覧ください・・・」
 魔術師に促され、視線を移す。

 山峡の谷を数百体のエレファントゴブリンが目的地へ奔走ほんそうしていた。

 行列は巨大な足跡と騒音を大地に刻む。

「明後日、ロハリネとムンゾの国境まで辿り着くでしょう。・・・。ついに始まるのです。戦禍の動乱が」


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