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闇深き動乱
怪物
しおりを挟む古い書物を片手に宮廷を歩くブラッドモア。
最上階で起きた戦闘の激しさが、廊下の振動で伝わってくる。
魔術師は気に留めず、一階の広間から回廊を抜けて真っ直ぐに進む。
そこから角を曲がり、物置部屋に入ると壁の隅で歩みを止めた。
書物に綴られた文章をじっくりと読んだあと、壁の煉瓦を押した。
煉瓦の一つが内部へ差し込まれる。
また別の箇所に手を添え、先ほどと同じことを三回繰り返す。
書物を閉じて壁の片側へ力を加えた。
秘密の扉が回転ドアのように回り、階段が地下へと続いている。
宮廷の見取り図を確認しても、ここには何も描かれていない。
どこか特別な場所に繋がっているのだろう・・・。
降りてゆくと壁は荒い岩になり、地下の洞窟まで辿り着いた。
床を覆う埃の量が放置された長い年月を物語る。
その空間は楕円形で、奥の井戸から清らかな湧水が堀に流れ、絶えず循環していた。
石畳の緩い坂道が円く仕切られた範囲まで伸び、炎が消えた灯籠が十本ほど立っている。
魔術師は首飾りを外して呪文を唱え、銀の杖に変貌した。
杖の先端に光を灯し、洞窟の全体を明るく照らす。
円の中央に小さな箱。
巻き付いた鋼鉄の細長い鎖が、蓋を固く密閉している。
ブラッドモアは箱を掴む。
「古文書に記された通り、ムンゾの地下に隠してあったか。
フフフッ・・・ようやく探し当てた。四つ目の災封具」
宮廷の城門前。
瓦礫が散乱した地面に、ムンゾの国皇ベルトーメが倒れている。
突如、肢体が宙に浮かんだ。
鼓動は重く脈打ち、痩せ細った腕と胴体、背中、脚にエネルギーが漲る。
護法士との攻防で宮廷の壁が崩壊した音を聞きつけ、城門を警備する衛兵が二十人ほど集結してきた。
「ここは危ない!できるだけ遠くへ避難するんだ!」
壊れた壁の縁に立つアーツは真上から衛兵に告げる。
ベルトーメの胸部で魔石が発光し、光は折り重なって透明な膜に変化した。
膜が包帯のように全身を包む。
土煙が周辺に濛々と漂う中で、ベルトーメの体が形を改め、重量を増してゆく。
薄い膜はやがて消失した。
「まっ、魔物だ!・・・」
衛兵達は戦き、城門の隅まで下がる。
ベルトーメの姿が人間とは思えぬ異形に変身していた。
肌の色は青く、頭部に数本の角。斑模様が皮膚に表れ、背中には尖った爪を持つ二本の触腕。
まるで悪魔や怪物、恐ろしいもの、醜いものを混ぜ合わせたような姿だ。
閉じられた両眼が開き、赤い瞳で敵を見上げる。
「ガアアアァァァ!!」
獰猛な叫び声。
宮廷の最上階まで飛び上がった。
「!!・・・」
護法士は身を翻し、ベルトーメの攻撃を避ける。
怪物はそのまま突き進み、広間の奥で体を回転させ床に降り、片腕と背中の触腕を翳す。
三本の手から漆黒の波動を撃ち込んだ。
クレイグ、セロナ、アーツに直撃する。
止むことなく闇の閃光が続き、広間の側壁に空いた穴はさらに壊れ、支えを失った屋根の柱が崩壊する。
護法士は瓦礫を伴って地上へ着地した。
ベルトーメは宮廷の最上階で真下を見ながら四本の腕を開く。
魔力によって広間の壁が剥がれ、四つの掌に壊れた壁の塊を引き付けたあと、アーツ達へ投げた。
護法士は前後に場所を移して投擲を避ける。
広間の残骸が再びベルトーメの手に集う。
次は巨大な礫土の集積が数十個、先ほどよりも格段に多い。護法士へ投げる。
向かってきた巨石の連続をクレイグが剣で一刀両断。
セロナとアーツは〈防御障壁〉を発導して防いだ。
ベルトーメが敵の前に降下する。
鋭い眼で睨みつけ、執拗に攻撃を繰り返す。
セロナが術技を放つ。
【炎業砲!】
怪物は炎で押し飛ばされ、城門正面の壁にぶつかる。
煉瓦の破片を撒き散らして、受け身も取らず、地面に落ちた。
しかし忽ち憎き反逆者へ突進した。
クレイグも駆けてゆく。
剣を振りかぶって縦横に薙いだ。
錯綜する斬撃が怪物を斬る。
ベルトーメは仰け反り、後方へ転倒した。
間もなく腰を回して体勢を戻す。
両手と背中の腕を正面に向けた。
闇の閃光を乱射する。
三人は瞬時に移動して魔性の波動を躱す。
閃光が宮廷を囲む城壁を抉り、疎らな形の砕屑物が戦場を彷徨う・・・。
アーツは怪物と化したムンゾの国皇に、並外れた勢いで接近する。
邪悪な青い手から何度も放たれた黒い光線が一ヶ所に集まり、入り乱れる攻撃を避けつつ、敵へ迫る護法士。
ベルトーメは握りしめた拳を突き出す。
それよりも先んじて、アーツの拳が胸部に埋まった魔石を強かに打つ。
無数の亀裂が生じ、深い溝に変わった。
魔石の内部から溢れた濃厚な暗黒の噴煙。
空中に氾濫して怪物を包む。
溢れ出た毒と呪いの煙は、晴天から降り注ぐ太陽の光に照されると熱を帯び、すべてが幻のように燃え尽きてしまった・・・。
ベルトーメは淡い光に包まれたまま腕を広げる。
輪郭が急速に縮み、恐ろしい怪物の醜態は人間へと回帰してゆく。
魔石が与えていた憎悪の精神から解放された。
意識を失い、傾いたベルトーメの体をアーツがそっと抱き抱える。
顔や腕が傷ついてたが、脈と呼吸は確認できる・・・。
護法士の三人は倒れた患者を抱えて宮廷の玄関へ。
衛兵と臣下達が動揺した様子で迎えた。
事の詳細を聞くと全員がすぐに理解した。
以前から普段の言動や異常な態度に疑問を感じていたらしい。
国皇に暖かい上着を掛け、一階の客間へ運ぶ。
寝台で眠るベルトーメ。
傍で身を案ずる臣下と医師。
「激しい戦闘による負傷と魔石の呪いで衰弱している。
今はまだ軽症だが、この状態が続くようだと体が毒に侵食されてしまう・・・」
クレイグは容態を分析した。
「貴公の胸部に魔石が付いていました。なぜあんな物が?」
アーツが尋ねる。
臣下達はブラッドモアの仕業だろうと疑っていた。
ベルトーメの性格が豹変したのは、医師と名乗るあの男が宮廷に現れた頃だ。
「陛下の病を治して頂いたのですが、直後に不審な呪文を使っていました。
顧みれば陛下のお人柄が変わったのはその日からです」
「医師の名は?」
アーツが聞く。
「ネオマリー様です。・・・しかし偽名のようでして、軍部長官のシモン殿はブラッドモアと呼んでおりました」
「ブラッドモアだと!血染めの闇同盟の幹部だ」
「奴は今、どこに?」
「シモン殿とご一緒に研究所におられるかと・・・」
セロナの質問に臣下が答える。
「ブラッドモアが戦争を画策した首謀者か・・・。
ここで考えても真相を知ることはできん。研究所に行こう」
クレイグが告げた。
「陛下の治療はどうしましょう。私共だけでは何もできません・・・」
臣下が嘆く。
「それについてですが、ノースキャトルに毒や呪いに詳しい学者がおります。治療する方法を私が聞いてきます」
「セロナ様、是非お願いいたします!」
護法士の三人は宮廷を出た。
〈飛空〉の術技で空に飛び立つ。
アーツとクレイグは軍の研究所へ。セロナはノースキャトルへ向かった・・・。
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