DEAD HEAT ~破魔の護法士~

デジタル・ピテクス

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闇深き動乱

万能薬

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 ノースキャトル公国の田舎町。
 
 市場いちばに生鮮素材店、鉱石組合、金物かなもの道具屋、機械技師商会など多くの店が建ち並ぶ。

 町を歩く護法士のセロナ。
 機械技師商会の前を通る。軒先のきさきに人垣ができていた。
 
 店内に置かれたテーブルの上に機械があり、見物人達が店員の説明を真剣に聞いている。

「お待たせしました。さぁ、ご覧あれ!技師商会が新たに開発した家庭用調理器具、ヒートボックスでございます!」
 
 それは金属で造られた五十センチくらいの箱で、正面に小窓と数字が書かれたダイヤルが付いていた。

「この機械は冷たい料理などを温める装置です。ヒートボックスがあれば、どのような食材や飲料も手軽に温度を上げることができます」

 店の奥から店員が大きな器に氷を持って現れ、箱の小窓を開けて中に氷を入れた。

 ダイヤルを右に回してから起動のスイッチを押す。
 
 機械が動き始めた。
 内側に付いている照明が、徐々に溶けてゆく氷を照らしている。

 十秒ほど経つと氷は完全に消え、器の水から湯気が立っていた。

「素晴らしい!その機械を注文しよう」

 シルクハットを被った紳士がそう言うと、周りにいる人々も同じ声を上げた。

 にぎやかな技師商会を横切ろうとした時、
「おーい。待っとくれ、セロナじゃないか?おぉ、やはりそうじゃ」
 
 軒先の人垣から声が聞こえ、セロナが振り向く。

 そこに茶色の上着を着た白髪はくはつの老人がいた。
 植物学者のエリソンだ。

 彼は薬草の効果を研究しており、呪文や魔術による病の分野にも豊富な知識があった。

「お久しぶりです。ちょうど良かった。あなたに会いにきたのです。相談がありまして・・・」

「相談?護法士でも解決できぬ事とは何かな?
 こんな老いぼれで役に立てるなら、いつでも協力しよう。
 その前に市場で買い物をしてもいいかのう」

 鉱石組合と酒場を過ぎ、生鮮素材店に寄る。

 店の隅に置かれた生簀いけすで、多様な水棲生物が自由に泳いでいた。

 特に目を引いたのは赤や緑に光る希少種のクラゲだ。

 生態や出生地が判明しないことから、別名「悪魔の転生」とも呼ばれる。
 愛好家が水槽で飼育し、その神秘的な姿を観賞するらしい。

「いらっしゃい、どんな品をお求めで?今日も新鮮な素材が、たくさん入荷してますよ」
 頭にターバンを巻いた店主が愛想よく接客した。

白蛇しろへびの牙と天空魚てんくうぎょの脱け殻を貰おうかのう」

「まあどありぃ!」
 エリソンは代金を支払い、品物が入った紙袋を受け取る。

 袋の中で天空魚の脱け殻がほのかに輝き、宙を舞うようにユラユラと踊り続けていた。

 二人は市場を離れ、しばらく歩くと真っ白な家の前に着いた。

 研究室を兼ねたエリソンの自宅だ。門が勝手に開く。

「驚いたかな?魔法ではないぞ。技師商会に設置してもらった自動ドアという発明じゃ。
 さぁ、入りたまえ。遠慮はいらん」

 セロナは通された広間のソファーに座ると、矢継やつばやにベルトーメの容態の話した。

 魔術師が掛けた呪いで衰弱している。あまり時間の猶予はない。

「ムンゾとロハリネの戦争は知っていたが、事の真相はそうであったか・・・。
 ならば一刻も早く治療したほうがよいな。保管庫にとっておきの薬草がある。ムンゾの国皇を救えるだろう」

 隣の部屋に場所を移す。
 そこには書物や論文、実験で使用する素材などが戸棚に収納されていた。

 棚の梯子はしごを昇り、透明な真空管を手に取って床に降りる。

 管の内部には全体が赤い輝きを放つ植物があった。

「これは不死鳥の羽という薬草じゃ。赤く光っているだろう、見た目が伝説の鳥獣に似ていることから、その名がついた。
 魔術や呪いを解毒する強力な作用がある。
 長年いろいろな植物を研究してきたが、不死鳥の羽に勝る薬草はないのう」

 エリソンは真空管から素材を取り出し、赤い葉を摘んだ。
 
 三等分にしたあと、一枚ずつ軽く火で温める。
 次に陶器のティーポットに葉を入れた。
 
 そして食物庫から持ってきた水色の果物のヘタを切る。
 両手で搾ると切った部分から水が大量に出てきた。

 この水色の果物は搾ると新鮮な真水がおよそ三百リットルも涌き出る不思議な植物なのだ。
 旅人や水不足の地域の人々に重宝されている。

 赤い葉が入ったティーポットに水を注ぎ、火にかけた。
 じっくりと煎じたあと、大きな器に中身を移す。

 時間が経つと薬草の濃縮された成分が浮き上がってきた。
 湯気の立つ液体を小さな瓶に流し、木製の蓋で密閉する。

「出来たぞ。これが万能薬じゃ。ほれ、急いでムンゾに持ってゆくといい」

 まだ熱い瓶の表面を布で巻き、セロナに渡した。

「ありがとうございます。早速、ベルトーメ公に届けてきます」

「うむ。国皇の身を案じるムンゾの市民に、良い報告ができればいいのう。無事に回復することを祈っておるぞ」


 ムンゾの宮廷。
 ベルトーメが眠る広間ではきさきや臣下達が、いまとこに伏す君主を看病しており、そこにアーツとクレイグもいる。
 
 セロナが戻ってきた。

「待っていたぞ。私とアーツは軍の研究所で例の魔術師を捜索したが、すでに逃亡していた。そちらは?」

「知り合いの植物学者に頼み、呪いや毒に効く薬を頂いてきました。非常に強い治癒作用があるそうです」

 赤い光を宿す万能薬を見せる。

「これはもしや、不死鳥の羽の蒸留水では?」
 医師が驚いた面持ちで指摘した。
「ええ。その通りです。ご存知でしたか」

「有名な薬草ですが、実物を拝見したのは初めてです。
 不死鳥の羽は百年に一度しか育たぬ植物ゆえ、幻の薬草と云われていますから。
 この貴重な薬ならば、陛下の病を治せるでしょう」

「でしたら、早く陛下にっ・・」
 せっかちな臣下が催促する。

 万能薬を医師が預かり、適度な濃度に純水で薄め、そっとベルトーメの口に含ませた。

 口の中が光っている。
 喉や胸部も輝き、肩、腕、大腿部。時間の経過と共に頭から足の末端まで白光が行き渡る。

 光が消えた時、深い眠りにつくベルトーメが意識を取り戻し、永らく閉じているまぶたを開けた。

 広間でたたずむ人々は我先われさきにと歩み寄る。

「ご気分の方はいかがす?・・・お体のどこかに痛みなどはございますか?」
 臣下が慎重に話しかけた。

 国皇は以前の優しい性格に更生しているのだろうか・・・。

「なぜそんな事を聞く?・・・私はいつもと同じだ」

 ベルトーメには魔石が付いていた時期の記憶が無く、皆が心配そうな顔で自分を見ていることが不思議であった。

 事件の一部始終を聞くと驚き、言葉を呑んだ。

「信じられん・・・。ロハリネと戦争?まさか、そんな事が。本当に申し訳ない。私の未熟さが引き起こしたのだ・・・」

「気を落とさずに。おそらく貴殿は、この戦争を裏で操る者に利用されていたのです」
 アーツが配慮する。

「クレイグ殿、セロナ殿、アーツ殿。私を救ってくださり、誠に感謝いたします。
 ロハリネに与えた被害の責任はすべて私にあります。言い訳も弁明もいたしません。どのような懲罰も受けます・・・」

 ベルトーメは兵団の撤収を命じ、臣下が君主の意向を各地に伝える。

 戦争の終結と国交の正常化を見届けた護法士達は、それぞれの自国に帰還していった。

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