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第四章 力との闘争
残忍な心
しおりを挟む「ユハン……また……」
地面に座ったまま泣くユハンに、しゃがんで目線を合わせたサイキは、呟くように言った。
「またって…」
ラムは、サイキの言葉に反応すると、サイキの後ろに立つヤンが口を開く。
「虫をずっと殺してた時期がありました。サイキさんが怒って、それからはなくなりましたが」
歩けるようになり、身動きが取れるようになったユハンが一番最初にした事は、外で遊ぶ事ではなく、目の前に現れた虫を殺す事だった。木の棒を持って外に遊びに行くユハンの姿を、サイキとヤンはほほ笑ましく見ていた。
ご飯を食べる時のほかは、ずっと外にいるユハンを不思議に思ったサイキが、彼女の跡をつけた所、大量の虫の死骸と棒で大きな虫を殺しているユハンの姿を発見した。彼女はずっと、虫を探しては木の棒で殺すという行動を繰り返していたのだ。血相を変えて怒り出したサイキの姿に、ユハンは怯えたように謝り続け、それから虫を殺す事はなくなったが、彼女の中で、今も変わらず闇は育ち続けていた。
ギンフォン国では、虫や動物を食べる習慣があるが、食すためと、有害だと判断した上での殺しを除いて、殺生は禁止されていた。
「笑ってたよ。ユハン、笑いながら苦しむの見てた」
シエルは真顔でユハンを見ながら言い、彼女の前に座り込んだ。
シエルの言葉を聞いて、カイムたちは眉を顰める。
彼女に近付いて行くシエルに、思わず手を伸ばしたラムを、カイムは彼女の前に手を出して言葉なく止めた。
「ねぇ見て、かわいいよ。痛い事するより、撫でた方が喜ぶんだよ」
シエルは、ユハンの目の前に小さな黒い生き物を見せて撫でながら言った。
撫でられた黒い生き物は「みゃあ」と鳴いて、シエルの手の上でひっくり返っておなかを見せた。
ユハンはそれを目を丸くして無言で見て、触ろうとゆっくり手を伸ばし、小さな生き物を撫でる。頭に二本の耳を立たせ、毛が体中を覆う小さな生き物は、ユハンに触られると気持ち良さそうに体をくねらせた。
「これがいいの?」
自分の手に擦り寄る小さな生き物を見ながら目を丸くして呟くユハン。
彼女の姿を無言で見ていたサイキは落ち着いた面持ちで、冷静に声を響かせた。
「ユハン、どうして小さいものを傷つけようって思うの?」
サイキが言ったのは、今回の事に限らず、虫殺しの事も踏まえての質問だった。
「どう…してだろう…なんとなく」
ユハンは下を向いて、首をかしげて呟いた。
彼女の返答にサイキは目を見開く。
「わかんないよ。ただ、撫でるって知らなかったから」
一瞬の沈黙に耐えられないのか、ユハンは言い訳のように言葉を付け足した。
周りから浴びる冷たい目線の原因は、自分がした事であると分かると、彼女はいつも焦ったように謝り続ける。
「…………」
話し続けるユハンを見ながら、無言になってしまったサイキは、膝に置いている手を握り閉めていた。
彼女は気付いてしまったのだ。いや、再確認してしまった。ユハンは、やはり、"闇の子"である事を。
普通の人たちは、かわいい者を見たら"撫でる"、"かわいがる"と言う発想が、理由なく当然のように思い浮かぶように、闇の子であるユハンは、かわいい者を見たら"殺す"、"苦しめる"と言う発想が、当然のように、理由なく思い浮かぶのだ。
道で虫を見かけたら、普通の人たちは、放置して通り過ぎるが、その選択にその都度考えて理由は付けないだろう。だがユハンの場合は、見つけた虫を放置して通り過ぎると言う当たり前の発想がなく、片っ端から殺して回ると言う発想が、彼女にとっては自然の事で、それに理由などないのだ。人間に対して手を出さないのは、サイキ・ハイレンが、人に優しくと言う道徳心を徹底的に教え込んで来たからだろう。
闇の力を宿した人間は、狂気の発想に苛まれ、大概は自殺をするが、生きていたとしても猟奇殺人を繰り返す。善悪をきちんと学んだ人間であったとしても、闇の力が発動したら、そうなってしまうのだ。
闇の子。闇のすべての力を宿して産まれて来た子供。
サイキは拳を握り締める。目の前で起こっている事態は、とても深刻なもののように思えた。
「闇の力は狂気そのもの。少しでも誰かに宿ると、その人格を猟奇的に変える」
カイムの頭上で漂う黄金の竜は、低い声で言った。
今まで黙って見ていたカミナリは、闇の子の思想の問題を分かっていたのだろうか。
「こんなんで済んでるのが不思議なくらいさ。サイキ、あんたはよくやってるよ」
カミナリの言葉を聞いたサイキは、ゆっくりと黄金の竜に視線を変える。彼女は、とても真面目な顔をして、竜を見ていた。
「闇の発想は全て攻撃的なんだ。隅から隅まで教えこまなきゃだな!」
黄金の竜は、声がとても幼くかわいらしいため、深刻な話でも明るい話題のように聞こえてしまう。
「……そうですね」
だが、竜の発言を重く捉えたサイキは、低い声を響かせた。
「ユハン、小さくて弱い動物に会ったら優しくしてあげるんだよ! 苦しめたり、痛い事したら、絶対にダメだよ」
突如話し出したシエルは、ユハンに言い聞かせるように、懸命に声を上げ始めた。どうやら、カミナリの言葉を聞いて、ユハンに教えようとしているみたいだ。
話し始めたシエルの顔を、ユハンは、目を丸くして見る。まるで、なぜそんな事を言うのか、理解できていないようだった。
「どうして?」
ユハンは不思議そうに言う。
「だってかわいそうだろ! 皆生きてるんだから」
一生懸命に喋るシエルを、目をまん丸にして見る闇の子は「そっか。そうだね」と漠然とした返事を返した。
「ユハンは嫌でしょ! 痛い事とか苦しい事されるの。喋れない生き物だって嫌なんだよ」
一生懸命に喋るシエルの言葉を聞いた辺りは、緊迫した空気が少し和らいでいるように思えた。
「うん。やだ」
彼女はシエルの言う事にただ頷いていた。
「食べる時とか、襲われる時とかは良いみたいだけど、何もしてなくて、食べる必要もないなら、かわいがるんだよ」
首をかしげて聞いていた闇の子だったが
「分かった。もう痛い事も苦しい事もしないようにして、撫でたりかわいがったりす…」
とにかく、していい事と悪い事の区別はついたようで、シエルの言った事を繰り返した。だが、全てを言い終わる前に、怒りに満ちた怒りの声が彼らの耳に届いた。
「シャーーーーーー!!!!!!」
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ここまでお読みいただき
ありがとうございましたm(_ _)m
来週の土曜日18時に更新予定です。
今後もお付き合いいただけたら
嬉しいです!宜しくお願いします。
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応援ありがとうございます!
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