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第6章 憤怒の憧憬
15話 脳筋と男装の麗人
しおりを挟む「……また、挑んできたんですか?」
俺はため息をつきながらも、最早恒例となった治癒の魔法をかけた。
「当たり前だ」
ズタボロ状態であったアシュレイは今では初回のような抵抗もなく、素直にされるがままで治療を受けるようになった。
アシュレイとの再戦から5日。
俺は毎朝アシュレイに、治癒魔法をかけている。
俺達が和解した再戦の翌朝、アシュレイは早速兄様に手合わせを挑みに行ったらしい。
俺の予想通り兄様が勝ったようで、ボコボコにされて教室に現れた時は驚いたものだ。
幾らなんでも昨日の今日で、行動が早過ぎる。
しかも、アシュレイの行動は俺の予想を越えて、その日から毎朝兄様に挑んで来るようになったのだ。
本当に、猪突猛進と言うのか……脳筋なのか……。
そのお陰で、治癒魔法が連日大活躍だ。
兄様も兄様で吹っ切れたのか、俺をあてにしているのか容赦なく負かしてるみたいだし。
……次の授業、俺勝てるかな?
また、強くなってるんだろうな……俺も少し練習しておこう。
「大分仲良くなったみたいですね……」
ここ数日の2人の様子を見る限り、兄弟仲はよくなったように思える。
これは、ミッションクリアか……?
兄様の死亡フラグを圧し折るまで、後一歩のとこまで来てる気がする。
「……………当たり前だろ………………兄弟なんだし」
アシュレイは誰にも聞こえないような声でボソリと何か呟いていたが、俺の耳には届かなかった。
「今、何か言いましたか?」
「……っ、何でもねぇ!」
俺が聞き返すと、アシュレイは俺に背を向けて自分の席に着いた。
後ろから見えるアシュレイの耳は、ほんのりと赤く染まっている。
「……アシュレイ様ツンデレっ! 激萌え!!」
俺の真横で腐王女が何やら言っていたが、俺は無視して次の授業の準備を始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「失礼、貴方がリュート・ウェルザック殿か?」
背後から唐突にかけられた声に振り向くと、そこにはキリッとした雰囲気の美少女がいた。
ワインレッドの長い髪を後ろで1つに高く結び、制服は女子のものではなく男子と同じズボンを見に纏っている。
少女の少し中性的な雰囲気故か、男装の麗人のようで少女によく似合っていた。
そして……背も、俺よりずっと高かった。
「そうですが……貴方は?」
側に居たユリアが、彼女の顔を見て一瞬固まった。
どうやら、ユリアには覚えがあるらしい。
「私はロゼアンナ・ディール、アシュレイの婚約者だ」
告げられた名前に、一瞬目を見開く。
“ロゼアンナ・ディール”
それは、聞き覚えのある名前であった。
ロゼアンナ本人が言った通り、彼女はアシュレイの婚約者だ。
ユリア曰く、ゲームでは死亡フラグなしの悪役令嬢ポジションだとか。。
そんな彼女が、俺に何の用だ?
……もし、リリスみたいな展開になったら面倒だな。
俺は一瞬エド様の時の事を思い出し、げんなりした。
「そうなんですか……それで、その婚約者殿が本日はどのような用件ですか?」
「少し話がある。すまないが、着いてきて貰ってもいいか?」
「……えぇ」
俺はロゼアンナの誘いに頷き、黙って彼女の後に続いた。
行きたくないけど、行かないと行かないで面倒な事になりそうだ。
「……ここ、でいいか」
数分程歩いて、人気のない場所に辿り着いた。
勿論相手は婚約者のいる身なので、一応スールにも同席して貰っている。
ユリアも着いてこようとしたが目線で制し、リオナに任せてきた。
ユリアがいると、話がややこしくなるからな……。
俺ではコントロールしきれない。
「それで、何のお話なんですか?」
俺はロゼアンナに再度尋ねた。
「最近……貴方は、アシュレイと仲が良いらしいな」
「……そうでもありませんよ? 手合わせや治癒魔法を、よくかけるくらいの付き合いですし」
昼食も別であるし、挨拶や少し話はするようになったが、出会いが微妙だった分まだまだ仲が良いとは言えないだろう。
……これはユリアから聞いた悪役令嬢の定番、“私の婚約者に近付かないで!”って、やつなのかな?
……リリスの時も思ったけど、何でいきなりそこに飛ぶのかな?
同姓同士なのだし、普通は友情で済ませるのではないか。
「……そうかもしれないが、出来れば余りアシュレイとは関わらないで欲しい……レイアス・ウェルザックとも」
ロゼアンナはそう言って、俺に頭を下げた。
リリスの様な展開を予想していたのとは反対に、ロゼアンナは嫉妬を顕にするでもなくただ真摯に俺に頼んだ。
「……ウェルザックに、クリスティーナ・シュトロベルンがいるからですか?」
「……クリスティーナ・ウェルザックとは言わないんだな。いや、失礼した。あの悪女に好意を持つ者は、常人ではいないか……」
その名で呼んだ時に俺が不快げに眉を顰めたのに気付いたのか、ロゼアンナは苦笑いを浮かべて謝罪をした。
「私は別に貴方は勿論、レイアス・ウェルザックの事も恨んだりはしていない。だが、アーシャ様達の気持ちも分かるのだ。私は当事者ではないから割り切れるが、アーシャ様達は違う。奪われた側が割り切るのは、難しいだろう。……私もこう言った事はあまり言いたくないが、貴方達がアシュレイに関わるのは止めて欲しい。貴方達が関わる事を……アーシャ様はまだ受け止めきれないだろう」
ロゼアンナは俺に、そう理由を語りかけた。
その表情には、どこか悲痛なものがある。
アーシャ・スタッガルド
俺は彼女に会った事はないが、ロゼアンナは婚約者として接する機会も多いのだろう。
よく知るからこそ、その心の機微が分かるのだ。
そんな彼女の言い分を俺は理解出来る。
アーシャ・スタッガルドの気持ちを思えば、ロゼアンナがそう言うのも当然たろう。
けれど、俺だって──
「貴方の言いたい事は分かりました。確かに理にはかなっていると思います」
「なら!」
「けれど、お断りさせて頂きます」
俺はキッパリと断った。
「っ、何故だ!?」
「申し訳ありませんが、僕は顔も知らないアーシャ・スタッガルドよりも、剣を合わせたアシュレイ・スタッガルドの方が大事だからです……それに、貴方の要求にアシュレイの気持ちは含まれていない。彼の気持ちを考えていません」
俺は冷酷な人間だと思う。
手助け出来るのならそうしたい気持ちもあるが、大切な者を危険にさらす事は出来ない。
アーシャ・スタッガルドの事は同情は出来るが、自分の大切な物の為なら切って捨てるだろう。
……それに初めは兄様の為にアシュレイと関わったけれど、アシュレイの愚直なまでの不器用さを俺は嫌いではない。
だから、その望みを叶えてやりたいと思うのだ。
「……気持ち?」
ロゼアンナは訝しげに、俺に聞いた。
俺の言っている事が、ピンときていないようだ。
「本人は口が裂けても言わないでしょうが……アシュレイは、兄様と仲良くしたいと思っていますよ。悔しいのもあるんでしょうけど、そうじゃなきゃ毎朝兄様に挑みになんか行くわけないでしょう?」
アシュレイはバレてないと思っているだろうが、普通に分かり易い。
恨んでる相手に負けると分かっていて、毎日挑むのは流石に無理だろう。
「…………そう、だな。……そうかもしれない」
何かを堪えるように、ロゼアンナはそう呟いた。
「……難しいな、親の事情など子には関係ないとはいえ……アーシャ様のお心は、何時だってギリギリの状態だ…………いや……、すまない。貴方には関係のない事だったな。今日の事は忘れてくれ、時間を割いてもらってすまなかった」
ロゼアンナは最期にそう言って頭を下げると、この場を後にした。
きっと、彼女は2度と俺にこうして頼んだりしないだろう。
「アーシャ・スタッガルド……ね」
アシュレイの√で、憤怒の悪魔と契約してしまう人。
シュトロベルンを憎悪して、闇に堕ちてしまう人。
愛する人を奪われた憐れな人。
俺は彼女の事をそれしか知らないが、可哀想な人だと思う。
「でも、邪魔はさせない」
俺は独り呟いた。
アシュレイも兄様も、ゲームのシナリオから脱し始めている。
親の代から続く因縁から、一歩前へと踏み出そうとしているのだ。
その邪魔をするなら、誰が相手でも俺は容赦しない。
──たとえ、魔眼持ちである将軍と敵対することになっても。
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