【連載再開】シナリオ通りにお願いします!! 〜作者が当て馬令嬢に転生したら、男女問わず愛されまくって困惑しています〜

acoly

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第一章

第2話 夢の中でも学校はサボれない

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「いったいいつ目が覚めるんだ……」


第2話 夢の中でも学校はサボれない


 学校生活3日目。

 3日目!?

 誰もがそう思うだろう。私だってそう思っている。ここに来た日から3回夜を過ごして、3回目覚めている。

 さすがに夢じゃないらしい、という焦りから、今朝は朝ご飯が喉を通らなかった。
 エミリーがひどく心配していたので、昨日の夕食後こっそりおやつを食べたと耳打ちしておいたが、ごまかせただろうか。

「ごきげんよう、フリージア様」
「ごきげんよう…」

 中庭を抜けると、背筋がまっすぐ伸びた生徒たちが私を見つけては挨拶する。
 この学校、制服はあるらしい。この時代?の学校にしては珍しいような気がする。と言ってもシンプルなもので、女性のスカート丈も足首までと貴族たちが変に幅を利かせないようにさまざまな規定があるようだ。
 ダルトワ家はほとんどのものがライトグリーンで統一されているから、この学校のように白い襟、そして足元まであるグレーのワンピースは新鮮に感じられる。
 エミリーとレオナルド(結局専属でこちらにつくらしい)はこの姿が好きなようで、行きの馬車で何度も誉めていた。

「フリージア。元気がないんじゃないかしら」
「サラちゃん…」
「チャン?」

 ぼっちは避けたい(勉強はおろか、教室やシステムも何もかもわからないので)と思っていたら、始業日にサラと名乗る子が話しかけてくれた。友人だったらしく、おまけにフリージアはぼーっとしているからといろいろ世話を焼いてくれる子だった。フリージア、あなたきっとすごくいい子だったのね……。
 そして、この学校に通う人たち、特に私のクラスメイトはかなり日本人っぽい人が多い。中高のクラスメイトに顔がよく似ているから、もしかしたらと思って話しかけても名前が全く違っていることが何度もあった。
 これは夢だから、って思うかもしれないけど、それはそれで早く元の世界に戻りたい。

「フリージア。次の教室は私と別だけどわかるわよね? この廊下を真っ直ぐいって、右手の階段を登るの。第三音楽教室よ」

 わたしはこくこくと頷いた。サラは頑張りましょうねと言ってバイオリンの本を持って行ってしまう。
 休み時間だからか向かいの棟からは賑やかな生徒たちの声がするが、こちらの棟は静かだった。
 王族からお金のある平民まで通うこの学校はふたつの棟に分けられており、科目別の特別教室はその間に位置していた。

「サラが言ってたのは確か、右手の階段…」

 角を曲がろうとした時、
がしゃん!
と左手から物音がした。

「……」

 ……一応。何か物が壊れていないか確認すべきだよな。
 ためらいはしたものの、空き教室の扉を開く。

「……」

 そこにいたのは、

「殿下…」
「! フリージア…!」

 そしてもう一人、ストレートの銀髪が腰までつややかに伸びた女性。すみれ色の瞳がこちらを捉える。無表情で、芯の強そうな雰囲気に見覚えがあった。

「ヴィオレッタ……」

 私はこの子の名前を知っている。
 一番に仲がいい子の名前をつけたんだから。

「フリージア…!」

 足から力が抜けて、ふらりとバランスを崩す。その場で倒れるまではいかなかったものの、柱によりかかってなんとかこらえた。
 この体はどうやら、本物のあるじの感情を覚えているようだ。それでも私の目は彼女から目が離せない。
 教室の窓から差し込む光に照らされたふたりの姿は、まるで元から「そういうもの」だったかのようにお似合いに見えた。

 一瞬、ヴィオレッタの顔に焦りが見えた気がする。当たり前か。目の前で人が倒れそうになっているのだから。

「フリージア様…」
「ヴィオレッタ。彼女に近寄ってはいけません。貴女は早く次の授業へ」
「……ええ、ですが…」
「いいから」
「いいえ。良くありませんわ」

 彼女は私に歩み寄ろうとして、そしてノワールがその腕を掴んだ。普段の私なら何か恨み言のひとつでも言ってやるところだが、あいにく頭が痛くて、それどころではない。



◇◆◇◆◇


 目が覚めると、医務室のベッドにいた。と言っても日本のような清潔さと無機質さが織り混ざった感じではなく、客間にふかふかのベッドが置いてあるような形だ。これはこれで、居心地がいい。

 秒針の音が心地よいこの空間に、私は一人で眠らされていたわけではないようだ。
 意外にも、私の目が覚めるのを待っていたのはヴィオレッタだった。時計を確認するが、30分ほどしか経っていないらしい。

 彼女は窓辺で本を読んでいたが、シーツの擦れる音で気がついたのか無表情のまま私の元に歩み寄ってくる。元凶のあの男は、と聞きたいところだが、それよりも彼女が私のそばにいたのが嬉しかった。

「側にいてくれたの?」
「はい。ご気分は」
「だいぶ落ち着いたわ。ありがとう」

 ヴィオレッタはどうやら、私が倒れた理由を特に知らないらしい。設定通り、にこりともしないがこれはこれで。黙っていても美人って絵になるなあ。

「ヴィオレッタ。貴女のことについて少し聞いても?」
「ええ、構いませんが……フリージア様とお話しするのはこれが初めてのはずですが」

 わたしは頷いた。そうだ。それでも彼女を知っている理由。
 わたしが彼女を、この世界を作ったからだ。
 中学生の時に流行った小説投稿サイト。自分も何か作ってみたくて、細かい歴史なども何も考えないまま書くだけ書いた。そもそもノワールなのに見た目が全然違う時点で気づくべきだったんだ。

 目の前のヴィオレッタは主人公。私はいわゆる「悪役令嬢」で。やさしくいえば「ライバル」と呼ばれる位置にある。

 ノワールと婚約を結ぶも、結局彼に振られてそのあとは……特に書いていなかった。わざわざ振られた側の話を作ろうなんて思いもしていなかったから。

 ヴィオレッタはシナリオ通りなら、表情の変化に乏しいが、強く美しい女性のはず。時折見せる笑顔で周りの人を虜にするんだ。実際、彼が止めただろうに私のことを看病しているのだからそうなんだろう。

「フリージア様…?」

 私の反応がないことを不思議に思ったのか私を窺い見る。その目には心配の色があった。確かにわかりにくいけれど、彼女は私を気遣ってくれているのがわかる。機微に触れることができたようで嬉しいような、くすぐったいような気持ちになった。彼女のこういうところに彼は惹かれたんだろうか。

「なんでもない。ありがとう、話を聞かせてくれて。わたしはダルトワ家の…」
「存じております。そして殿下とのご婚約、おめでとうございます」
「……知っていたのね」

 彼女は頷いた。

「…殿下は、私の家が苦しいことを理由に援助を申し出てくださっただけです。ここのところ、そういう話をよくされます。…毎回お断りしているのですが、……」
「そう。……」

 と言っても、後々ヴィオレッタも彼のことが好きになる。わかってるんだ、目の前の私が作ったんだから。

「…フリージア様にも申し訳ないからと、隠れてお話することが多かったのですが、……」
「……」

 この時、わたしはひそかに決意した。
 フリージア。書ききれなかった、いや、書かなかった彼女の物語を、わたしは終わらせる必要があると。
 彼女には彼女の幸せを用意しなければ。
 ふう、と一呼吸おいて、意地悪さなんて微塵も感じられないすみれ色の澄んだ瞳を見た。

「……援助だけじゃない。貴女のことが本気で好きだと思うわ」
「…えっ?」

 ということで、全力で邪魔者を排除することにした。ここの邪魔者というのは、フリージアの幸せロードマップの障害物という意味で。フリージアの幸せにあの殿下はいらないから、まずはヴィオレッタと手っ取り早くくっついてもらおう!

「隠れて会っていたんでしょう?」
「はい、ですがそれは……」
「婚約者に隠れて会うなんて、それこそ裏切りだわ。そんな殿下は、あなたにあげる」
「えっ? あ…えっ?」

 彼女は理解できないと言った顔でまばたきし、私を見つめている。そんな表情をしても美人だなんてずるすぎる。
 でも、隠れて会ってたなんて聞きたくなかった。そのショックが私の気持ちを駆り立てて、言葉が止まらなくなる。

「ヴィオレッタにあげるわ。殿下なんかいらない」
「フリージア様、ですが婚約は…」

 焦り始めたのか、私の足元にあるシーツをぎゅっとつかんだ。

「3日前、面と向かってなんと言われたと思う? ……みじめになるから言えないけど。でも、……」

 すん、と鼻をすすって、涙を拭うふりをした。意外にもヴィオレッタはハンカチを差し出す。それを受け取って、おおげさに一度使うそぶりだけした。

「だからね、私もそれを受け入れようと思うの。……1年後、私たちはきっと離婚するから…そうしたらヴィオレッタ、貴女と一緒になれると。彼はそう思っているはずよ……ううっ!」

 また顔を伏せて、心の中では一仕事終えたわね、と首にかけたタオルで額の汗を拭った。
 よし、ナイスアシストよフリージア!
 これでヴィオレッタも彼の想いに気づくはずだし、ヴィオレッタだって幸せに……。

「許せないですね」
「あれ!?」

 予想外すぎる返答に思わず顔を上げると、彼女は眉間にこれでもかというぐらい皺を寄せて、壁の一点を見つめていた。
 さっきまでのお人形顔はどこに行ったのか、何かに恨みでもあるの、と聞きたいぐらいに嫌悪が滲み出ている。

「ちょっと待って! 伝わってるかしら? 殿下は貴女が好きなのよ! それに私も殿下を貴方にあげるって言ってるの! だからそれを待てば…」
「婚約者がいるのに、ですよ? しかも挙げ句の果てにフリージア様にもそれを伝えたんでしょう?」

 まずい。そうだった。ヴィオレッタは曲がったことが大嫌いで、どんなに理不尽な状況でも決してあきらめない、THE主人公なのだ。

 まだヴィオレッタ→殿下の好感度が低い中でのこれは悪手だった。もしかして、失敗した…!?

 いや、でも。隠れて会ってたことを私に言ったのは嫌味じゃなかったの? 純粋な告白? ……思ってたより何倍も真っ直ぐすぎない? いや、でもそれだったら会わないって言うか、私に打ち明けるだろうし……どっちなんだろう?
 知らず知らずのうちに頭を抱えていたようで、ヴィオレッタが背中にそっと手を当てた。

「フリージア様?」

 声色が本当に困惑している人のそれで、私は大丈夫よと彼女(と自分)に言い聞かせる。
 そう、大丈夫大丈夫。なんてったってこれは夢だし、そもそもこの夢も私の未熟な小説に基づいてるものなんだから。

 すう、はあ、と大きく深呼吸した。美人と二人きり、豪華な部屋の空気はおいしい。心なしか頭が冴えてきた気がする。そうだよ、大丈夫。きっとそのうちヴィオレッタも殿下を好きになるって。

「フリージア様…もしかして」

 それぐらいの軌道修正なら、今の私にもできる。というか、ヴィオレッタが殿下を好きにならなくっても別にフリージアには関係ないもんね。

「ショックのあまり言葉が出ないのですね」
「違う違う! 大丈夫! ありがとう!」

 黙ってたらそう取られかねないのか。

「そんな人こちらから願い下げです。フリージア様も、何かあったら私を頼ってくださいね。……この前、私を救ってくださったんですから」
「…え?」
「…いいえ。あれは私だけが覚えていればいいのです。…とにかく、殿下には靡きません。絶対に!」

 真っ直ぐすぎる瞳が私を捉えて離さない。

「靡いてもいいのよ、ヴィオレッタ…!」
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