ナイショの妖精さん

くまの広珠

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5 あたしたちの決断

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「イタっ!」


 ほおが焼けるように熱くなる。痛みで、体の全神経が麻痺して、力が抜ける。


「あ、綾っ!? 」


 ヨウちゃんといっしょに、あたしも登山道に落っこちた。

 ほっぺたが痛い。地面に打ちつけた腰が痛い。


「綾っ! おまえ! ケガっ!!」


 ヨウちゃんはすばやく身を起こして、あたしのほっぺたに手のひらをそえた。その視線が、あたしを通り越して、後ろの木に向けられる。

 あたしも、ふり返った。

 幹に、杖がつきささってる。先端についているのは妖精の羽。


 この杖、今、槍みたいに飛んできて、あたしのほおをかすめたっ!



「しょうがないなぁ。子どもという生き物は、どうしてこう、親の言うことをおとなしくきいていられないんだろうなぁ?」


 ザク、ザクと足音が近づいてくる。


「……ハグ……」


 ヨウちゃんが、あたしを背中に隠して、足音のする方角にふり返った。

 星明かりの中、筋肉質で長身の男の黒いシルエットが歩いてくる。


「てめぇっ!!  よくも、綾を傷つけたなっ!」


 ヨウちゃんがさけぶと、ハグは白い目を見開いて笑った。


「なにを言ってる? 先に、その子に傷つけられたのは、わたしではないか。しかも、わたしは、おまえにだまされて、こんなところまでつれてこられた。こうでもして、自分で自分を守らなければ、わたしは、おまえたちに何をされるかわからないのだよっ!」


 ヨウちゃんは、木の幹から杖を引き抜いた。そのまま、逆手に持って、ハグに向かってかまえる。


「おお……怖い。なんで、そんな物騒なものを、父親の顔に向けられるのかね? さぁ、その杖をゆっくりとおろしなさい。そして、その子をこちらにさしだしなさい。おまえが、わたしに、この父親の中に入られるのがイヤだと言うなら、わたしは、その子の体に入らせてもらうしかないのだからね」


「……なんなんだよ、その二択は……」


 ヨウちゃんは、杖をかまえる手に力を込めた。


「ほかにも手はあるだろ? おまえの存在が消えてなくなるとかっ!」


 槍投げのように相手にかまえて、腕を後ろに引く。


「よ、ヨウちゃん、ダメっ!」


 あたしはとっさに、ヨウちゃんの背中にかじりついてた。


「体を痛めつけたって、中身のハグは無傷だよ。それより、そんなことしたら、ヨウちゃんの心のほうが傷ついちゃう! だって、お父さんを傷つけたとき、あたし、すごく胸が痛かったもん!」


「……綾……」


 ヨウちゃんが息を飲む。


「いいぞ、小娘。そのままかじりついてろ」


 地を這うような声があがった。

 ハッとした瞬間、ガシっと、杖の先を反対側からつかまれていた。

 ハグが、ヨウちゃんの手から杖をもぎとろうとしている。


「くっ!」


 ヨウちゃんは、杖をふって、ふりほどこうとする。だけど杖はゆさぶられない。ハグの強い力に、舵を取られてしまってる。


「えいっ!」


 あたしも身をのりだして、杖をつかんだ。ヨウちゃんといっしょに、こちら側に引き寄せる。


 杖は、棒引きの棒のように動かない。


 ハグが、あたしのお腹を蹴った。


「きゃっ 」


 あたしの背中は、押し出されて、ヨウちゃんの胸に激突する。


「い、イタ……」


「綾っ! だいじょうぶかっ!? 」


 ヨウちゃんの手から力が抜けた瞬間、ハグがブンと、杖をないだ。


「わっ!」


 ヨウちゃんがおおいかぶさって、あたしの頭を守る。琥珀色の髪の先を、杖がかすめる。


 ず……。


 左足のスニーカーの裏がすべった。


 ――え?


 しめった土に足を取られて、あたしの重心がぶれる。

 横に倒れていくあたしに、おおいかぶさるヨウちゃんの体もつられる。


 ヨウちゃんの腕の重みが、あたしの左肩にかかった。


 ガクン。


 体勢がくずれた。


 体を支えてくれるはずの地面が――ない――。




 ……え……?
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