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1 むすびつきのないカップル
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しおりを挟むヨウちゃんは香水なんかつけない。イケメンのくせに、服はいつも似たようなTシャツにジーンズだし。ファッション自体にあんまり興味がないみたい。
それにこのにおい……さっきかいだ……。
「綾。てきとうに座ってて。かあさんに菓子もらってくる」
ヨウちゃんは言いながら、勉強づくえの上の英和辞典を動かした。それから、廊下に出て行く。
……気になる……。
あたしはじっと、英和辞典を見つめてる。
だって、ヨウちゃんが動かす前、あの下になにか、チラッと見えた気がする。
フローリングのゆかにおろした腰を、あたしはもう一度おこした。
そろっと、つくえの前に立って、指先で英和辞典を横に押してみる。
下に文庫本がしかれてた。カバーは外されていて、茶色がかっている。横書きされた題名は、『アルスター物語 クーリーの牛争い』。
ガチャッとドアが開いた。
トレーにハーブティーのカップとシフォンケーキをのせて、ヨウちゃんが廊下に立っていた。そのまんま、部屋に入らないで、あたしの手元の文庫本を見おろしてる。
「……綾。……それ……」
「……これ……卯月先輩の本?」
のどから出たあたしの声は、カスカスにかすれてた。
「……先輩が、この部屋に入ったの?」
「え……えっと……」
右に左にヨウちゃんの目がふわふわ泳ぐ。
こんなヨウちゃん、はじめて見た。
いつもまっすぐに、あたしを見おろしてくる人だから。
胸に不安がこみあげてくる。
このにおい。あまったるいバニラの香水のにおい。卯月先輩のにおい。
「ヨウちゃん、卯月先輩となにしてたのっ!? 」
あたし、こぶしをかためてさけんでた。
「ここで、あたしに言えないことしてたのっ!? 」
「し、してないっ!」
ガシャンと音をさせて、ヨウちゃんはトレーを勉強づくえにおろした。
「オレはなんもしてねぇぞっ!」
「ウソっ!! 先輩とつきあってたときだって、ヨウちゃん、いつも先輩と、イチャイチャしてたっ! どうせ、キスだっていっぱいしてたんでしょっ!? ど、どうせ、あ、あたしに言えないこと、たくさん、たくさん、してたんだっ!! 」
「……な……に言ってんだよ……」
ヨウちゃんが歯をかみしめた。
「そんなん……つきあってたころのことなんて、なんで今、蒸し返すんだよ? あのときは、お互いさまだろっ!? おまえだって、誠と仲良かったじゃねぇかっ! オレがどんな気持ちで、おまえらを見てたか、おまえ、知ってんのかっ!? 」
「さ、サイアクっ!」
あたしはぐいっと、ヨウちゃんのわきを押しのけた。
「自分のことをさしおいて、あたしに話題をかえないでよっ! ヨウちゃんの浮気者っ!! 」
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