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 やって来ました。神殿。
 この世界での唯一神、創造神テリュースを祀る神殿は、一般市民から王侯貴族まで全ての人へ平等に門戸を開いていて、礼拝に訪れる人が途切れないそうです。
 特に、今日ぼくたちがやって来た王都の神殿は礼拝者も多いのだって。

 独特の荘厳な雰囲気に「ふわぁー」と口をぽかんと開けて神殿の建物を見上げていると、苦笑したミシェル母さまに強制的にお口チャックされてしまいました。

 今日、スキル授与式が行われるのは一般の礼拝堂ではなく、神殿のちょっと奥まった場所にある広間だそうです。すでに午前中のうちに一般の平民の子どもたちの授与式は終わっていて、午後は裕福な商人の子どもや貴族の授与式が行われます。
 ちなみに王族は神官の人がお城に出向いて行われるそうな。そうでもしないとセキュリティ面で大変だろうし、周りの皆さんも気を使うからね。デキる幼児なぼくと違って、普通の幼児はいくらきちんとした教育を受けていたとしても、いつ王族の偉い人たちに失礼な言動を取るかわからないもんね。

 てな訳で神殿の奥、広間から少し離れた場所にある控室に案内されました。
 お金持ち商人や貴族の場合、身分の低い順に儀式が行われるので、侯爵である我がグランチェスト家の順番は最後の方になります。
 控室があるのは上位貴族のみで、部屋の中には待ち時間に五歳の幼児が退屈しないように玩具やら絵本やらが用意されていました。なんと美味しそうなおやつまで用意されています。至れり尽くせりです。

「ニコー、絵本があるよ。母さまが読んであげようか?」
「はい、母さま」

 ぼくがミシェル母さまの膝の上にいそいそと座ると、母さまが絵本を開きました。

「昔々、とある下町に心の優しい少年が住んでいました。少年の名前はビリー。赤ん坊の頃、神殿の入口で粗末な籠に入れられて置き去りにされていた所を神官に拾われ、その後、親切な宿屋の夫婦に引き取られました」

 なるほど。これはもしかしてビリー少年は実はどこかの男爵あたりの庶子だったパターンか?

「ビリーくんはとっても可愛らしく働き者で、宿のお客さんの人気者。十五歳を迎える頃には、お客さんからのご指名でお部屋に呼ばれることもしばしば。お客さん同士でビリーくんを取り合いになることもありました」

 んー?

「そんな時、ビリーくんは決まって“皆んなで仲良くしましょう”と言って、ひとつの客室に集まって過ごしていました」

 おおう、ビリーくん。その若さで複数同時プレイとは……。
 いいのか?一応、成人してるからいいのか?

「そんなある日。ビリーくんに驚きの知らせが届きました。なんとビリーくんはとある男爵の子供だったのです。しばらく前にビリーくんがお相手をしたお客さんが、ビリーくんが自分のお兄さんに似ていることに気づき、お兄さんに問いただしたところ、男爵と使用人の間に生まれたのがビリーくん。当時、すでに婚約者のいた男爵は涙を飲んでビリーくんのお母さんである使用人とは別れたそうです」

 ええっと……ビリーくんは実のお父さんの弟とヤってしまったのですね。

「その後、なんとか無事にビリーくんは生まれましたが、別れた使用人には頼る人もおらず、生まれたばかりの赤ん坊がいてはまともに仕事もできません。苦しい生活を送る中、せめてビリーくんだけでも親切な人に育ててもらえるようにと、ビリーくんのお母さんは生まれたばかりの息子を神殿の入口に置いてきたそうです」

 え?父親は貴族でしょ?円満に別れたのなら、しばらく困らないくらいのお金は持たせたんじゃ?
 これって婚約者がいながら使用人に手を出して、子どもがデキたら身ひとつで捨てたってことだよね?うわー、鬼畜の所業じゃね?

「それから弟がビリーくんのお母さんの行方を調べたところ、なんと……ビリーくんのお母さんはすでに隣国で家庭を持っており、ビリーくんの入る隙はありません。奥様との間に子供のいなかった男爵はビリーくんを引き取ることにしました」

 ビリーくん母、亡くなったのではないのですね。まさかの存命、しかもちゃっかり幸せ掴んでるよ。

「平民から男爵の養子となったビリーくんは、貴族の学園に通うことになりました」

 これは、同じ学園に通う第二王子あたりにビリーくんが見染められて、平民の癖にとかって高位貴族の息子に虐められるの?それとも、婚約者のいる王太子にビリーくんがちょっかいかけて、ありもしない虐め被害をでっち上げ王太子の婚約者を婚約破棄からの追放に追い込む流れ?

「失礼致します。グランチェスト家ニコル様、お時間となりました。儀式の間までご案内致します」

 ワクワクしながらビリーくんのめくるめく学園生活を想像していると、神官さんが呼びに来ました。
 ここからが良いとこなのに!空気読んでよ!
 続きが気になりますが、ぼくのわがままで周りの人たちに迷惑をかける訳にはいきません。ビリーくんの今後の展開に後ろ髪を引かれつつ、神官さんの案内で控室を後にしました。
 それにしてもあの絵本のチョイスは誰がしたんだろう。一応、子ども向けに用意したのだよね。今度、機会があったら誰があの本を選んだのか聞いてみたい所存。

「着きました。こちらになります」

 案内された広間にはすでに数組の子どもとその家族が席に着いていました。
 広間の奥には立派な祭壇があって、そこに白いお髭をもふっと長く伸ばしたお爺さんがいます。
 神殿の偉い人なんだろうけど、凄いな髭。前世で観た映画に出てきた、なんとかドアって校長先生を彷彿とさせるわ。お風呂とか大変そう。
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