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3、負い目
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カーテンから朝陽が射し込む頃になって、ようやく媚薬の効果が切れたようだった。力の抜けたティナを起こしてしまわないように慎重に指を引き抜くと、とたんに緊張が緩んで眠気が押し寄せてくる。せめて濡れそぼった場所だけでも清めなければと思ったのだが、ティナの横に体を横たえた私は、いつの間にか眠ってしまった。
右腕に違和感を覚えて、はっと目が覚めた。穏やかな顔で眠るティナが、私の腕を枕にしている。自分が置かれている状況を理解し声を上げてしまいそうになって、反射的に唇を噛んだ。どうにか呼吸を落ち着かせて心を静めてから、ティナを抱き寄せるように回していた左腕を持ち上げる。頭を支えている右腕もゆっくりと引き抜いて、私は静かに起き上がった。
喉の渇きを感じながら、ベッドの側に置かれた時計をたしかめる。剣士隊の日課である訓練開始時刻まで、あと三十分もない。宿から全速力で向かったとしても、間に合うかはわからなかった。副隊長としてあるまじき失態だが、……ともかくいまは、ティナに秘密を打ち明けて謝罪すべきだ。
しかし疲れ果てた様子で眠り、一向に起きる気配のない彼女を無理に起こしてしまうのも忍びない。ひとまず身支度を整えることにして、中途半端に結んだまま眠って跳ねた髪をさっと撫でつけ、後ろで結び直した。ふと、心惹かれる甘い匂いが鼻を掠める。まじまじと自分の手を見つめ、良い匂いのする理由に思い至って瞬時に顔が熱くなった。乾いた指先に残っていたのは、ティナに触れた名残だった。
(……っ! 手を、洗わなければ)
洗面所で手を洗い流す直前になんだか惜しいな、などと考えてしまった私は頭を振って、変態的な発想を追いやった。鏡の前で皺の寄った服を伸ばし、冷たい水で何度も顔を洗う。冷静さを取り戻せたと思いたかったが、自分が動くたびに濡れた下着が擦れ、昨夜の光景が脳裏に浮かぶ。––このままでは、まともな謝罪すらできないだろう。
己に活を入れるため思いきり両頬を叩いてから、ティナが眠る寝室へ戻った。
「……ん、ジュディス……?」
「っ! ……ティナ」
ベッドの上で上半身を起こしたティナが、まだとろんとして眠たそうな瞳で私を見た。側へ歩み寄り、ベッドに腰かけて彼女を窺う。
「その……体は、大丈夫だろうか?」
「っ……!」
私が問いかけると、彼女はたちどころに頬を赤らめて顔を背けてしまった。
「だ、大丈夫よ。…………助けてくれて、ありがとう」
「いや……、私に……感謝してもらう資格などない。貴女に伝えなければならないことがある。……謝らなければ、ならないことも」
体を痛めてはいなかったらしいことに、ほっと胸を撫で下ろす。ベッドから下りて床に跪き、こちらを見てくれた彼女の視線を受け止めた。心から謝罪の言葉を口にしようとすると、ティナは慌てた様子で視線を逸らし、「待って」と言った。
「ごめんなさい、ジュディス……。ええと……、どうしても、恥ずかしくて……。お互い時間もないみたいだし、ちゃんと話をするのは、後ではだめかしら……?」
早口でまくし立てるティナに圧倒されて、言いかけた言葉を呑み込んでしまった。照れている彼女を見て、私も気恥ずかしさが込み上げてくる。彼女の言う通り、いますぐに大事な話をするのは難しいかもしれない。私は静かに深呼吸をして、顔を見ないようにしながら立ち上がった。
「……いいえ、そうしたほうが良さそうだ。この部屋は正午までに出れば大丈夫ですから、ゆっくり支度をしてください。……私は先に、騎士団本部へ向かいます」
「……ええ。また、……後で」
素早く剣と外套を身に付けて部屋を出る前に、扉からそっと寝室を振り返った。彼女はベッドの上で、小さく蹲っている。駆け寄りたい気持ちを抱いたことに困惑しつつ扉を閉めて、私は足早に騎士団本部へ向かった。
右腕に違和感を覚えて、はっと目が覚めた。穏やかな顔で眠るティナが、私の腕を枕にしている。自分が置かれている状況を理解し声を上げてしまいそうになって、反射的に唇を噛んだ。どうにか呼吸を落ち着かせて心を静めてから、ティナを抱き寄せるように回していた左腕を持ち上げる。頭を支えている右腕もゆっくりと引き抜いて、私は静かに起き上がった。
喉の渇きを感じながら、ベッドの側に置かれた時計をたしかめる。剣士隊の日課である訓練開始時刻まで、あと三十分もない。宿から全速力で向かったとしても、間に合うかはわからなかった。副隊長としてあるまじき失態だが、……ともかくいまは、ティナに秘密を打ち明けて謝罪すべきだ。
しかし疲れ果てた様子で眠り、一向に起きる気配のない彼女を無理に起こしてしまうのも忍びない。ひとまず身支度を整えることにして、中途半端に結んだまま眠って跳ねた髪をさっと撫でつけ、後ろで結び直した。ふと、心惹かれる甘い匂いが鼻を掠める。まじまじと自分の手を見つめ、良い匂いのする理由に思い至って瞬時に顔が熱くなった。乾いた指先に残っていたのは、ティナに触れた名残だった。
(……っ! 手を、洗わなければ)
洗面所で手を洗い流す直前になんだか惜しいな、などと考えてしまった私は頭を振って、変態的な発想を追いやった。鏡の前で皺の寄った服を伸ばし、冷たい水で何度も顔を洗う。冷静さを取り戻せたと思いたかったが、自分が動くたびに濡れた下着が擦れ、昨夜の光景が脳裏に浮かぶ。––このままでは、まともな謝罪すらできないだろう。
己に活を入れるため思いきり両頬を叩いてから、ティナが眠る寝室へ戻った。
「……ん、ジュディス……?」
「っ! ……ティナ」
ベッドの上で上半身を起こしたティナが、まだとろんとして眠たそうな瞳で私を見た。側へ歩み寄り、ベッドに腰かけて彼女を窺う。
「その……体は、大丈夫だろうか?」
「っ……!」
私が問いかけると、彼女はたちどころに頬を赤らめて顔を背けてしまった。
「だ、大丈夫よ。…………助けてくれて、ありがとう」
「いや……、私に……感謝してもらう資格などない。貴女に伝えなければならないことがある。……謝らなければ、ならないことも」
体を痛めてはいなかったらしいことに、ほっと胸を撫で下ろす。ベッドから下りて床に跪き、こちらを見てくれた彼女の視線を受け止めた。心から謝罪の言葉を口にしようとすると、ティナは慌てた様子で視線を逸らし、「待って」と言った。
「ごめんなさい、ジュディス……。ええと……、どうしても、恥ずかしくて……。お互い時間もないみたいだし、ちゃんと話をするのは、後ではだめかしら……?」
早口でまくし立てるティナに圧倒されて、言いかけた言葉を呑み込んでしまった。照れている彼女を見て、私も気恥ずかしさが込み上げてくる。彼女の言う通り、いますぐに大事な話をするのは難しいかもしれない。私は静かに深呼吸をして、顔を見ないようにしながら立ち上がった。
「……いいえ、そうしたほうが良さそうだ。この部屋は正午までに出れば大丈夫ですから、ゆっくり支度をしてください。……私は先に、騎士団本部へ向かいます」
「……ええ。また、……後で」
素早く剣と外套を身に付けて部屋を出る前に、扉からそっと寝室を振り返った。彼女はベッドの上で、小さく蹲っている。駆け寄りたい気持ちを抱いたことに困惑しつつ扉を閉めて、私は足早に騎士団本部へ向かった。
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