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それは突然に
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「へ」
「疑いもなくものを口にするのは感心できませぬな」
「アモン、お前こそ突然出てきて不躾だよ」
ギョッとして振り向いたティティアの唇から、ポロリと花が落ちる。それをつまむように手にしたのは、木兎を模したネメスで顔を隠す大柄の男であった。
褐色の肌に、揺らぐような炎の髪が人ではないことを知らしめる。
初めて見た魔人に思わず呆気にとられると、アモンと呼ばれた魔人はどこからともなく机と椅子を取り出した。
「中庭でお茶会がしたいから、準備をしろと申したのは童だろう」
「ああそうだった、お嫁様。これはアモン、僕の魔人」
「そうだ、普段はウメノの右目に宿っておる」
「へぇえ……」
温かみのある木の椅子へと、進められるままに腰を下ろす。アモンが茶器を取り出すと、まるで執事のように給仕をし始める。一体茶器はどこにしまっていたのだろう。ティティアの不思議そうな目線に気がつくと、褐色の男らしい腕をズボりとネメスの中に突っ込んだ。
「アモンのネメスの向こう側は異空間に繋がってるんだよ」
「マフィンもあるぞ」
「ま、まふぃんって何……」
取り出された狐色の焼き菓子を前に、ティティアが身構える。まさか顔の向こう側から出てくるとは思わなかったのだ。異空間と言われても、ティティアに想像がつくかと言われれば、それは別の話である。
興味と警戒がないまぜになった顔で、ついまじまじとアモンを見た。そんなティティアを前に、ウメノは目を丸くして驚いた。
「え?アテルニクスの人ってマフィン食べないの?食文化同じだと思ってたけど……」
「もしかして、食べるものを制限されてたんじゃないか?」
「あ、だから食べれないものが多かったの?」
ティティアを置いてけぼりで、何やら二人で盛り上がっている。人が使うにしては大きな椅子にちょこんと座りながら、ティティアは食の話題を前に少しだけバツが悪くなった。
ここ数日、出される料理は肉料理が多かったのだ。今まで血肉は汚れとして躾けられてきたせいか、こんがりと焼かれた肉を前に、どうしていいのかわからなかったというのが本当のところであった。
ロクが無理をしなくていいといってくれたこともあり、申し訳ないと思いながらも野菜や豆類、果実など、口にすることのできるものだけをつまんできた。
もう国を出たからといって、そう簡単に食生活は変えられない。もしかしたらこのお茶会も、ティティアの食わず嫌いを窘めるものなのかもしれないと思ったのだ。
「ごめん、食べたことないから……どうしたらいいかわかんなかったんだ」
「あ、そうなの?なんだよかった! 価値観だけの問題か!」
「怒らないの?」
「なんで怒るの?僕だって食べたことないもの食べろって言われたら遠慮するよ」
ね?とアモンと顔を見合わせるように宣うウメノに、ティティアはほっとした。怒られるわけではないと理解して、肩の力が抜けたのだ。
ニコニコと微笑むウメノの頭頂部。まるで意思を持つかのようにヒョコンと立ち上がった黒髪の一筋が、犬の尾のように小さく揺れた。
「でもお嫁様には孕んでもらわなきゃいけないから、健康診断はさせてもらうけど」
「うむ、まあ足りない栄養を確認するためである。心して望むように」
「え」
唐突な不穏な空気に、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。気を抜いたのも束の間で、みればウメノは早速侍医の顔をしてニヤリと笑っていた。
小さな手のひらが、ティティアの手をとる。肌の表面を撫でるような動きを見せながら何かを呟くと、その感覚は突然体に襲いかかってきた。
「ゔ、っ」
鳥肌が立つような違和感が、指先からティティアの全身を駆け巡る。
ウメノの魔力によって、指先から血管の隅々まで検分されているのだ。通常は術者の波長を相手の魔力に合わせるように行うのだが、ティティアにはその魔力がなかった。
突然襲い来る嫌悪感に、ぶわりと冷や汗が吹き出した。そんな様子に気がついたのか、ウメノは慌てたように手を離す。真っ青な顔でヘナヘナと椅子の背もたれに身を預けるティティアは、くるくると目を回すように魔力酔いを起こしていた。
「そんなに強くしてないつもりだったんだけど、ごめん! これ、何本に見える?」
「さ、さんぼん……?」
「うわあ、三半規管やられたっぽい。カエレス様呼ぶから、ちょっと安静にしてて。アモン、任せた」
「致し方なし」
ウメノの言葉に、アモンは炎を燃え上がらせるようにして木兎へと姿を変えた。火を散らすように飛んでいく見事な転化を前に、ティティアは呑気にもか細い感嘆を漏らす。
己の具合をそっちのけで拍手を送る姿を前に、ウメノは指を二本立てたまま苦笑いを浮かべていた。小さな手のひらが、ティティアの頭を優しく撫でる。
「はれ……ちょっと、よくなったかも……?」
「残ってた僕の魔力を打ち消したんだよ。ほら甘いものでも食べな。これは植物性の油を使ってるから、食べれるでしょ」
「植物から油取れるんだ……ぁぐ」
ぽけっとするティティアの口に、むぐりと砂壁のかけらのようなものを突っ込まれる。
ウメノ曰く、ビスケットというらしい菓子を頬張ったティティアは、もむもむと口を動かしながら椅子に座り直した。礼を言うには口の中の水分が足りない。
勧められるままに受け取ったお茶を口に含むと、ようやく人心地つくことができた。
「お嫁様はオメガなんだから、もう少し自分にも気配りをしないとね。僕も手伝うからさ」
「あ、そういえばオメガって何か聞きたいんだった!」
「え?ああ、そういえばニルが説明がどうとかいってたな」
ちょこんと座ったウメノが、まくりと菓子をつまむ。小柄なせいか腰掛けてもつかない足を、ぶらぶらと揺らして遊ぶ姿は子供にも見える。
あどけない姿からは予想もつかないほど、ウメノが魔力を持っているのは先ほど理解した。
ムン、と一つ頷いたかと思えば、ウメノは口の渇きを潤すティティアの姿を、左右非対称の瞳に映しこんだ。
「オメガはね、アテルニクスの神話にも出てくる神の番いを指すんだ」
「それ、俺の国の名前と一緒だ」
「そらそうだもんよ、だってあそこは元々獣人の土地だったし。」
そういって、ウメノが語ってくれたのは古くからアキレイアスで語り継がれる神話の話であった。
「疑いもなくものを口にするのは感心できませぬな」
「アモン、お前こそ突然出てきて不躾だよ」
ギョッとして振り向いたティティアの唇から、ポロリと花が落ちる。それをつまむように手にしたのは、木兎を模したネメスで顔を隠す大柄の男であった。
褐色の肌に、揺らぐような炎の髪が人ではないことを知らしめる。
初めて見た魔人に思わず呆気にとられると、アモンと呼ばれた魔人はどこからともなく机と椅子を取り出した。
「中庭でお茶会がしたいから、準備をしろと申したのは童だろう」
「ああそうだった、お嫁様。これはアモン、僕の魔人」
「そうだ、普段はウメノの右目に宿っておる」
「へぇえ……」
温かみのある木の椅子へと、進められるままに腰を下ろす。アモンが茶器を取り出すと、まるで執事のように給仕をし始める。一体茶器はどこにしまっていたのだろう。ティティアの不思議そうな目線に気がつくと、褐色の男らしい腕をズボりとネメスの中に突っ込んだ。
「アモンのネメスの向こう側は異空間に繋がってるんだよ」
「マフィンもあるぞ」
「ま、まふぃんって何……」
取り出された狐色の焼き菓子を前に、ティティアが身構える。まさか顔の向こう側から出てくるとは思わなかったのだ。異空間と言われても、ティティアに想像がつくかと言われれば、それは別の話である。
興味と警戒がないまぜになった顔で、ついまじまじとアモンを見た。そんなティティアを前に、ウメノは目を丸くして驚いた。
「え?アテルニクスの人ってマフィン食べないの?食文化同じだと思ってたけど……」
「もしかして、食べるものを制限されてたんじゃないか?」
「あ、だから食べれないものが多かったの?」
ティティアを置いてけぼりで、何やら二人で盛り上がっている。人が使うにしては大きな椅子にちょこんと座りながら、ティティアは食の話題を前に少しだけバツが悪くなった。
ここ数日、出される料理は肉料理が多かったのだ。今まで血肉は汚れとして躾けられてきたせいか、こんがりと焼かれた肉を前に、どうしていいのかわからなかったというのが本当のところであった。
ロクが無理をしなくていいといってくれたこともあり、申し訳ないと思いながらも野菜や豆類、果実など、口にすることのできるものだけをつまんできた。
もう国を出たからといって、そう簡単に食生活は変えられない。もしかしたらこのお茶会も、ティティアの食わず嫌いを窘めるものなのかもしれないと思ったのだ。
「ごめん、食べたことないから……どうしたらいいかわかんなかったんだ」
「あ、そうなの?なんだよかった! 価値観だけの問題か!」
「怒らないの?」
「なんで怒るの?僕だって食べたことないもの食べろって言われたら遠慮するよ」
ね?とアモンと顔を見合わせるように宣うウメノに、ティティアはほっとした。怒られるわけではないと理解して、肩の力が抜けたのだ。
ニコニコと微笑むウメノの頭頂部。まるで意思を持つかのようにヒョコンと立ち上がった黒髪の一筋が、犬の尾のように小さく揺れた。
「でもお嫁様には孕んでもらわなきゃいけないから、健康診断はさせてもらうけど」
「うむ、まあ足りない栄養を確認するためである。心して望むように」
「え」
唐突な不穏な空気に、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。気を抜いたのも束の間で、みればウメノは早速侍医の顔をしてニヤリと笑っていた。
小さな手のひらが、ティティアの手をとる。肌の表面を撫でるような動きを見せながら何かを呟くと、その感覚は突然体に襲いかかってきた。
「ゔ、っ」
鳥肌が立つような違和感が、指先からティティアの全身を駆け巡る。
ウメノの魔力によって、指先から血管の隅々まで検分されているのだ。通常は術者の波長を相手の魔力に合わせるように行うのだが、ティティアにはその魔力がなかった。
突然襲い来る嫌悪感に、ぶわりと冷や汗が吹き出した。そんな様子に気がついたのか、ウメノは慌てたように手を離す。真っ青な顔でヘナヘナと椅子の背もたれに身を預けるティティアは、くるくると目を回すように魔力酔いを起こしていた。
「そんなに強くしてないつもりだったんだけど、ごめん! これ、何本に見える?」
「さ、さんぼん……?」
「うわあ、三半規管やられたっぽい。カエレス様呼ぶから、ちょっと安静にしてて。アモン、任せた」
「致し方なし」
ウメノの言葉に、アモンは炎を燃え上がらせるようにして木兎へと姿を変えた。火を散らすように飛んでいく見事な転化を前に、ティティアは呑気にもか細い感嘆を漏らす。
己の具合をそっちのけで拍手を送る姿を前に、ウメノは指を二本立てたまま苦笑いを浮かべていた。小さな手のひらが、ティティアの頭を優しく撫でる。
「はれ……ちょっと、よくなったかも……?」
「残ってた僕の魔力を打ち消したんだよ。ほら甘いものでも食べな。これは植物性の油を使ってるから、食べれるでしょ」
「植物から油取れるんだ……ぁぐ」
ぽけっとするティティアの口に、むぐりと砂壁のかけらのようなものを突っ込まれる。
ウメノ曰く、ビスケットというらしい菓子を頬張ったティティアは、もむもむと口を動かしながら椅子に座り直した。礼を言うには口の中の水分が足りない。
勧められるままに受け取ったお茶を口に含むと、ようやく人心地つくことができた。
「お嫁様はオメガなんだから、もう少し自分にも気配りをしないとね。僕も手伝うからさ」
「あ、そういえばオメガって何か聞きたいんだった!」
「え?ああ、そういえばニルが説明がどうとかいってたな」
ちょこんと座ったウメノが、まくりと菓子をつまむ。小柄なせいか腰掛けてもつかない足を、ぶらぶらと揺らして遊ぶ姿は子供にも見える。
あどけない姿からは予想もつかないほど、ウメノが魔力を持っているのは先ほど理解した。
ムン、と一つ頷いたかと思えば、ウメノは口の渇きを潤すティティアの姿を、左右非対称の瞳に映しこんだ。
「オメガはね、アテルニクスの神話にも出てくる神の番いを指すんだ」
「それ、俺の国の名前と一緒だ」
「そらそうだもんよ、だってあそこは元々獣人の土地だったし。」
そういって、ウメノが語ってくれたのは古くからアキレイアスで語り継がれる神話の話であった。
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