狼王の贄神子様

だいきち

文字の大きさ
19 / 111

夕焼けが染まる

しおりを挟む
「今日、ティティア様は一つ嘘をつきましたね」
「うそ……? ついてないけど……」
「ならば隠し事をしている。と言い換えさせてもらいます」

 真剣なマルカの言葉に、ティティアは己の影が縮まったような心地になった。何も、悪いことはしていないはずだ。困ったように眉を下げるティティアへと、マルカは小さい子供に言い聞かせるように口を開く。

「味覚が、ございませんね」

 マルカの言葉は、ティティアの体温を下げるには十分だった。
 顔を青ざめさせ、マルカに握られた手を逃げるように緩く引く。しかし、許してはもらえなかった。まるで獲物に狙いを定めるのように、マルカは真っ直ぐに目線を合わせてくる。

「あの時、クリモモを口にしてあなたは甘いねと言いました。ですが、あなたが選んだ果実はまだ青かった。いくらクリモモでも、青臭さが前に出て顔を顰めてもいいはずです。ティティア様、いつからです」
「ま、マルカ……」
「カエレス様のお子を孕む母体です。何か一つ損なうことは許されません。それを理解した上で、隠し事をなさったのですか」
「そんな、つもりじゃ」

 鏃のようなマルカの言葉は、ティティアの喉元に鋭くつきつけられる。何も言い返すことはできなかった。
 カエレスの番いならば、間違いは犯してはいけない。
 己の不調もカエレスの不利に繋がるというのは、持つべき自覚だったはずだ。これが後ろめたい事実なのは、本当はいけないと思いながら、味覚がないことを隠したからだ。
 緊張と、後悔が心を追い詰める。カエレスには知られたくない秘密が晒された。己の迂闊さが招いた結果は、けして覆ることはないのだろう。

「……わかりました。このことはカエレス様に報告させてもらいます」
「い、嫌だ」
「言い過ぎだマルカ、悪いが介入させてもらう」
「ティティア様?」

 身体に影が差す。気がつけば、マルカと壁を作るようにヘルグが立っていた。
 動揺を煽られ、忙しなく跳ね回る心臓を宥めるように胸元に手を添える。青い顔のままゆっくりと呼吸を繰り返すティティアへとロクが駆け寄ると、眉を寄せるようにしてマルカを見た。

「……素晴らしいことですね、ティティア様は顔色一つで人を動かせる。確かに上に立つ者の才能はあります」
「お前、それはどういう意味だ」
「全てあけすけに言えば宜しい……あなたの一言で、状況はたやすく変わるでしょう。少なくともこの場の二人はあなたの味方をするでしょうしね」
「マルカ、大人気ないことを言うな」

 マルカの瞳は、侮蔑を含んでいた。
 カエレスを一番に考え、ティティアよりも長い時間仕えてきた。カエレスの群れの一員だからこそ、嘘をついたティティアが許せなかったのだろう。
 そんなマルカに、鋭い視線を向ける二人がいる。ティティアがこの場にいなければ、何の問題も起きなかっただろう理由で、マルカ一人が責められている。
 
(俺が、いるから)

 夕焼け色の瞳に、じわりと涙が滲んだ。それを、慌てて手で抑えるように堪えた。今ここで泣けば、余計にマルカは針の筵になりかねない。謝らなくては。そんな怯えを残したまま顔を上げるティティアへと、マルカは吐き捨てるように言った。

「顔色を窺い、人に合わせる王妃がいるものですか……当然のことを伝えた私が責められる道理はございません……‼︎」
「っ、マルカ待って!」

 裾を翻すように、マルカはティティアの目の前から走り去る。サンダルの音が石畳を叩く音がして、血の気が引いた。
 もうすぐ夕暮れで、あたりは暗くなるだろう。そんな中を、女性が一人でいるのはダメだ。
 ティティアはマルカの影を追いかけるように駆け出した。せっかく仲良くなれたのに、嫌われたくないと言う気持ちもあったと思う。
 背後でロクとヘルグの声が聞こえた。それでも、今はマルカを連れ戻すことしか頭に浮かばなかった。
 まだそう遠くにはいっていない、すぐに見つけたらごめんなさいをして、ロクとヘルグにも謝って。それからカエレスに正直に伝えよう。
 足りない頭で、考えながら地べたを蹴った。背後で叫んだヘルグとロクの声にも振り返らずにだ。
 細い路地へと消えていく、女性の足に追いつくのは難しいことではないとも思っていた。だから、視野が狭くなっていたのだと思う。

「マルカ……‼︎」
「来ないで! あっちへ行って!」
「だ、ダメだよ! 女の人なんだから! お、襲われたりしたら!」
「……私は、あなたを責めたのに。優しいんですね」

 マルカを追いかけて、狭い路地へと迷い込んだ。ティティアに背を向けるようにして佇む姿は、姿勢正しいマルカから想像もできないほど丸くなっていた。

「マルカは、お、俺に優しくしてくれたから、だからっ」
「ええ、気にかけてくれてありがとう……でも、もう遅いわ。私が戻る場所なんてないもの」
「一緒に帰ろ、俺もヘルグとロクに謝るから、だからっ」

 ティティアの声が、路地に寂しく響く。空は次第に赤らみ、間も無く夜を連れてくる。暗くなる前に帰らないと、ロクもヘルグにも迷惑がかかる。
 小さな焦りを感じ取ったのか、マルカは困ったような表情を浮かべて振りむいた。

「結局、あなたが来なければ今まで通りの日常だったのよ」
「え」

 マルカの言葉の意味がわからぬまま、立ちすくむティティアの背後で影が動いた。女性らしい白い手が羊の獣人独特の巻き角に触れたその瞬間、ティティアは首の後ろに強い衝撃を感じた。
 脳が揺れ、視覚と認識がゆっくりとずれる。地べたに倒れなかったのは、背後から男の腕に抱きすくめられたからだ。
 薄れゆく意識の中、マルカは目の前で羊獣人の証である角を外した。それが、ティティアが見た最後の光景だった。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

処理中です...