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「え?死なないよ」
「死なないのか?」
ウメノの努力とハニの程よい冷却魔法によって適正温度に保たれた室内で、ティティアは床にお座りをするカエレスを前に素っ頓狂な声を上げた。
「え?もしかして溶けるっていったのそのまま受け取った?」
「ハニに聞いたんだ。人間は炎天下に晒され続けると、血液が沸騰して茹ってしまうって」
「いやなにそれ怖すぎる! そんなとんでも話聞いたことないよ!」
あはは!と声をあげて笑うティティアのお腹は、緩やかに丸みを帯びている。カエレスの子供を妊娠して、もう三ヶ月が経ったのだ。薄い体は相変わらずだが、それでも腰回りに少しずつ魅惑的な肉がついてきたように思える。
思わず熱い視線を送ってしまったのは無理もないとだろう。カエレスは気を取り直すようにおほんと咳払いをすると、恐る恐るティティアの腹に手を添えた。
「この国の気温は体に辛いだろうと思って、何をしたらティティアの体が楽になるか考えて見たんだ」
「そりゃ、気持ちは嬉しいけど……、体温が上がってるのも赤ちゃんがお腹にいるからだって教えてもらったからなあ」
「そうなのか? ……そうか、君は私に似て代謝がいいのかもな」
「まだ生まれてもないのに変なこと言ってる」
大きな手のひらが温めるように下腹を撫でる。カエレスの、子に語りかける妙な言葉にティティアが笑いを堪えると、狼の顔を両手で包むように触れる。
天鵞絨の毛並みが指の隙間をくすぐるのが心地よい。頬周りの上等な毛皮をもちりと揉むと、豊かで長い尾っぽがブォンと揺れた。
「なあ、俺に気を使わなくていいって。体温調節はいくらでもできるし、ただ出かけるなら、新しく冷却魔法のかかった外套が欲しいなって思うくらいで」
「用意しよう。あと、夕方ならそこまで暑くもないだろうしな。一緒に水浴びにでもしにいくかい?」
ティティアは足首だけ浸かることになると思うけど。そう言って、あたたかな手によって頬肉を持ち上げられたカエレスがキョトリと見上げる。
もにり、と形のいい唇が動く。ティティアがカエレスに対して可愛いと思っている時にする癖だ。これがわかっているから、今でもおねだりの時は獣の姿になってしまう。
「いいね、ハニの眼のとこでしょ?」
「ティティアは随分感性が豊かだな。確かに、あの泉の青さは彼の瞳にも似ている」
「じゃあ、ロクが作ってくれた子持ってこうかな。三ヶ月だから、多分お腹の赤ちゃんはこんくらいの大きさだって言ってた」
ウメノに聞いて、小さなぬいぐるみを作ってくれたんだよ。そう言って、ティティアにも似た姿にカエレスのお耳がくっついているものを手に取った。
ティティアはどういうものかを理解していないようだが、ロクが今まで作ってくれた小さなぬいぐるみたちは、いざという時の身代わり人形だと聞いている。鬼族に伝わる伝統技術とでもいうのだろうか。そう言った呪いの力を込めたぬいぐるみは、どんな防衛魔法よりも強いのだ。
カエレスは人差し指ほどの大きさのぬいぐるみを受け取ると、それをティティアのお腹にあてる。
「まだ小さいなあ……、ふふ。お腹がすけば私を頼るんだよ」
「頼るのは俺ですね旦那さん」
ティティアの膝に顎を乗せるようにして、鼻先を下腹にくっつける。カエレスは伏せのような体勢でティティアに頬を揉まれる時間が好きなのだ。まあ、こんなとこ見られたら確実に悲鳴を上げるが。
金糸水晶の瞳が、ティティアを上目に見上げる。ウメノから言われている、腹の子のための魔力補給の時間は間も無くであった。
カエレスの瞳に何か感じ取ったのだろう、ティティアの頬がじんわりと染まる。その表情の変化を見るだけで、浮かれてしまうのは仕方がないだろう。
尾を揺らしながら、カエレスはむくりと起き上がる。手で髪をかきあげるようにしてもとの姿へと戻ると、ティティアよりも大きく、節ばった手のひらを頬に滑らせた。
「魔力は足りているかな」
「お、俺は間に合ってるけどね、赤ちゃんがね」
「おや、なら赤ちゃんのために受け取ってくれるかい」
「俺はほんとに間に合ってるけど、ね、あ、赤ちゃんのためにね、うん」
ティティアの言葉に照れが混じるのも無理はない。腹の子を育てるのに必要な魔力補給は、体液交換で与えるのだ。そう考えてみれば、ティティアの口にする間に合っているという照れ隠しも、ずいぶんいやらしく聞こえる。そんな余計なことを考えて、カエレスは小さく笑った。
「その姿で笑うのずるい」
「おや、こっちが本当だというのに随分なことを言う」
「んむ、っ」
ちぅ、とずいぶん可愛らしい音を立てて、カエレスが唇を啄んだ。一度目は、軽く。二度目の啄みは、角度を変える。そうすると、ティティアが応えるように口付けを返してくれるのだ。
「……俺、カエレスに優しくされるの好き」
「私が意地悪をするとでも思うのかい?」
「しないと思う、いや、まあする時もあるけど……」
「待て、もしかしてそれは夜の話かい?」
ちぅ、と三回目。会話の合間に、悪戯に啄んでは口を挟む。ずいぶん忙しないのは、もう慣れた。ティティアの目の先で、カエレスの尾っぽが忙しく揺れている。たくさんお話もしたいし、気持ちいこともしたい。ティティアよりもずいぶん大人な雄だというのに、あれもこれもで忙しい。
「んむ……、カエレス……、が、お、俺を喜ばせたがるの、なんでえ……?」
「ん?」
「だ、って……、ロクも言ってたよ?さ、最近カエレスからの相談がすごいって……」
滑る舌に味蕾を摩擦されるような、いやらし口付けの合間にする質問ではないかもしれない。それでも、与えられた唾液をこくりと飲み込んだティティアが、濡れた瞳をカエレスに向けてくる。
とんできた質問を前に、互いの唇を繋ぐ唾液の糸を舐めとった。カエレスは、床を撫でるように尾を揺らすと、あっけらかんと宣った。
「死なないのか?」
ウメノの努力とハニの程よい冷却魔法によって適正温度に保たれた室内で、ティティアは床にお座りをするカエレスを前に素っ頓狂な声を上げた。
「え?もしかして溶けるっていったのそのまま受け取った?」
「ハニに聞いたんだ。人間は炎天下に晒され続けると、血液が沸騰して茹ってしまうって」
「いやなにそれ怖すぎる! そんなとんでも話聞いたことないよ!」
あはは!と声をあげて笑うティティアのお腹は、緩やかに丸みを帯びている。カエレスの子供を妊娠して、もう三ヶ月が経ったのだ。薄い体は相変わらずだが、それでも腰回りに少しずつ魅惑的な肉がついてきたように思える。
思わず熱い視線を送ってしまったのは無理もないとだろう。カエレスは気を取り直すようにおほんと咳払いをすると、恐る恐るティティアの腹に手を添えた。
「この国の気温は体に辛いだろうと思って、何をしたらティティアの体が楽になるか考えて見たんだ」
「そりゃ、気持ちは嬉しいけど……、体温が上がってるのも赤ちゃんがお腹にいるからだって教えてもらったからなあ」
「そうなのか? ……そうか、君は私に似て代謝がいいのかもな」
「まだ生まれてもないのに変なこと言ってる」
大きな手のひらが温めるように下腹を撫でる。カエレスの、子に語りかける妙な言葉にティティアが笑いを堪えると、狼の顔を両手で包むように触れる。
天鵞絨の毛並みが指の隙間をくすぐるのが心地よい。頬周りの上等な毛皮をもちりと揉むと、豊かで長い尾っぽがブォンと揺れた。
「なあ、俺に気を使わなくていいって。体温調節はいくらでもできるし、ただ出かけるなら、新しく冷却魔法のかかった外套が欲しいなって思うくらいで」
「用意しよう。あと、夕方ならそこまで暑くもないだろうしな。一緒に水浴びにでもしにいくかい?」
ティティアは足首だけ浸かることになると思うけど。そう言って、あたたかな手によって頬肉を持ち上げられたカエレスがキョトリと見上げる。
もにり、と形のいい唇が動く。ティティアがカエレスに対して可愛いと思っている時にする癖だ。これがわかっているから、今でもおねだりの時は獣の姿になってしまう。
「いいね、ハニの眼のとこでしょ?」
「ティティアは随分感性が豊かだな。確かに、あの泉の青さは彼の瞳にも似ている」
「じゃあ、ロクが作ってくれた子持ってこうかな。三ヶ月だから、多分お腹の赤ちゃんはこんくらいの大きさだって言ってた」
ウメノに聞いて、小さなぬいぐるみを作ってくれたんだよ。そう言って、ティティアにも似た姿にカエレスのお耳がくっついているものを手に取った。
ティティアはどういうものかを理解していないようだが、ロクが今まで作ってくれた小さなぬいぐるみたちは、いざという時の身代わり人形だと聞いている。鬼族に伝わる伝統技術とでもいうのだろうか。そう言った呪いの力を込めたぬいぐるみは、どんな防衛魔法よりも強いのだ。
カエレスは人差し指ほどの大きさのぬいぐるみを受け取ると、それをティティアのお腹にあてる。
「まだ小さいなあ……、ふふ。お腹がすけば私を頼るんだよ」
「頼るのは俺ですね旦那さん」
ティティアの膝に顎を乗せるようにして、鼻先を下腹にくっつける。カエレスは伏せのような体勢でティティアに頬を揉まれる時間が好きなのだ。まあ、こんなとこ見られたら確実に悲鳴を上げるが。
金糸水晶の瞳が、ティティアを上目に見上げる。ウメノから言われている、腹の子のための魔力補給の時間は間も無くであった。
カエレスの瞳に何か感じ取ったのだろう、ティティアの頬がじんわりと染まる。その表情の変化を見るだけで、浮かれてしまうのは仕方がないだろう。
尾を揺らしながら、カエレスはむくりと起き上がる。手で髪をかきあげるようにしてもとの姿へと戻ると、ティティアよりも大きく、節ばった手のひらを頬に滑らせた。
「魔力は足りているかな」
「お、俺は間に合ってるけどね、赤ちゃんがね」
「おや、なら赤ちゃんのために受け取ってくれるかい」
「俺はほんとに間に合ってるけど、ね、あ、赤ちゃんのためにね、うん」
ティティアの言葉に照れが混じるのも無理はない。腹の子を育てるのに必要な魔力補給は、体液交換で与えるのだ。そう考えてみれば、ティティアの口にする間に合っているという照れ隠しも、ずいぶんいやらしく聞こえる。そんな余計なことを考えて、カエレスは小さく笑った。
「その姿で笑うのずるい」
「おや、こっちが本当だというのに随分なことを言う」
「んむ、っ」
ちぅ、とずいぶん可愛らしい音を立てて、カエレスが唇を啄んだ。一度目は、軽く。二度目の啄みは、角度を変える。そうすると、ティティアが応えるように口付けを返してくれるのだ。
「……俺、カエレスに優しくされるの好き」
「私が意地悪をするとでも思うのかい?」
「しないと思う、いや、まあする時もあるけど……」
「待て、もしかしてそれは夜の話かい?」
ちぅ、と三回目。会話の合間に、悪戯に啄んでは口を挟む。ずいぶん忙しないのは、もう慣れた。ティティアの目の先で、カエレスの尾っぽが忙しく揺れている。たくさんお話もしたいし、気持ちいこともしたい。ティティアよりもずいぶん大人な雄だというのに、あれもこれもで忙しい。
「んむ……、カエレス……、が、お、俺を喜ばせたがるの、なんでえ……?」
「ん?」
「だ、って……、ロクも言ってたよ?さ、最近カエレスからの相談がすごいって……」
滑る舌に味蕾を摩擦されるような、いやらし口付けの合間にする質問ではないかもしれない。それでも、与えられた唾液をこくりと飲み込んだティティアが、濡れた瞳をカエレスに向けてくる。
とんできた質問を前に、互いの唇を繋ぐ唾液の糸を舐めとった。カエレスは、床を撫でるように尾を揺らすと、あっけらかんと宣った。
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