狼王の贄神子様

だいきち

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「いけ!」

 ルーシーの分身が、素早く前に躍り出た。一体が伸ばした手で首を鷲掴んだその時、手はずぶりと砂の体に取り込まれた。
 脱出をしようともがくほど中へ入っていく。砂の体から、ゆっくりと姿を現した白い牙、あれは、骨か。

「お前それ、……まさか」
「いいだろう、兄弟の墓から作ったんだぜ、俺の土人形」

 ルーシーの分身が、伸びた骨に取り込まれるようにして食われた。その体を蠢かすように咀嚼すると、空洞の顔をもう一体へと向ける。

「っ、クソが!」
「お前さあ」
「な、っ」

 ニルが指を弾いた瞬間、ルーシーの頭上から風化した鎖が降ってきた。大気中に混じったウラドが、その鎖を少しずつ砂で削っていたのだ。
 分身の体が、ぐにゃりと歪む。ルーシーが操っていた分身が魔物へと変化すると、ニルはすかさず砂の檻でとらえた。

「なんで分身なのに、舌が二股になってんだあ?」
「やめろ、くるな、っんぐ、っ」
「ほうら、お前の舌は普通だろぉ。なあ、バカでもわかるように説明してくれよ」

 ルーシーの目の前で、擬態していた魔物が喰われていく。いつの間にか固定された足元のせいで、ニルに近い距離を許していた。
 整った顔が近づいてきて、不躾な指先が赤い舌を乱暴に引きずりだした。だらしなく垂れる唾液を地べたに染み込ませながら、ルーシーが抵抗をするように腕を掴む。

「鎖で陣描いて、魔物召喚はいい出来だった。お前が躾けたミミックは、お前じゃない元の持ち主を真似てんだろ」
「ふあ、あに、い、ッヘ」
「元のルーシーはどこへやった。お前、まさか何か企んで」

 ニルの言葉が、不自然に途切れた。細く、冴えた鋼が折れる音がしたのだ。己とは違う、血の匂い。ニルは素早く魔力を土人形に巡らせると、その姿は瞬く間にウラドと混じった。

「てめえ後で話聞くからな。今はそれどころじゃねえ……!」
「ヒィ、っ」

 ニルの足元の砂が盛り上がり、巨大なウラドの手のひらが出現した。ルーシーの体はその手のひらに埋め込まれるように捉えられたまま、ニルを運ぶ。
 突然の場外へのウラドの侵入に、観客が蜘蛛の尾を散らすようにして逃げた。その人混みのわずかな隙間、王を囲むようにして立つ兵の槍の先に、血まみれになったフリヤが倒れていた。

 





 会場がざわついて、大きな気配が近づいてくる。見れば、こちらに向かって血相を変えたニルが向かってくるところであった。
 だらしのないところを見られた。本当は、気づかれないうちにことを納められればと思っていたのにだ。
 フリヤは貫かれた右肩を抑えるように体を起こすと、声を張り上げるように叫んだ。

「ニル!!」
「貴様も共謀者か!」
「五月蠅えクソジジイ!!」

 怪我をしているフリヤを前に、ニルが殺気を滲ませた。そのままウラドから飛び降りると、ニルはフリヤへと槍を向ける男を蹴り上げた。
 床に染み込んだ血の多さに顔をしかめる。ニルの表情は、己の知らないところで怪我をするなと言わんばかりの不機嫌さだ。
 ニルの長い足は、男を一息に昏倒させた。庇うように己を背後に回すニルに、フリヤは焦ったように声をかけた。

「っ、俺はいいから、早くカエレス様んとこいけ‼︎」
「ああ⁉︎」
「多分罠だ、頼む、あの人の命を守って‼︎」
「っ、……‼︎」

 フリヤの言葉に、ニルの顔が悔しそうに歪んだ。それでも、フリヤは真っ直ぐにニルを見つめ返した。
 これは、きっと挽回の好機に違いない。今ここでニルがカエレスを守れば、居場所は間違なく得られる。

「っ、お前は……っ」
「早く行って、そんで、後で助けて」
「……わかった。すぐ戻る」

 ニルの無骨な親指が、フリヤの頬についた血を拭う。そのまま、カエレスの元へと走り出した背中を見送ると、フリヤは目の前の兵士を前に睨み据える。
 顔に豹紋を浮かせた兵士が牙をむき出しにしてフリヤを威嚇する。最初から、話して済む相手じゃないことはわかっていた。

「痛いことが嫌いって、普通じゃないのかよ!」
「痛みを超えてこそ人を守れるのだ! この、臆病ものめ!」
「わっかんないよ!! 俺は、そういうの嫌いなんだって!!」

 爪を剥き出しにするように飛びかかってきた腕を、流すようにしていなす。剣は苦手だ、フリヤは肉の味を知りたくないから、極力使わないようにしてきた。
 死角から飛び出してきた獣の爪を、身体をひねるようにして避ける。振り上げた足で首を挟むようにとらえると、そのまま地べたに引き倒した。

「くそ、っ」
「捕まえろ、ニルーー!!」

 フリヤの叫び声が会場に響き渡った。
 琥珀の瞳は、真っ直ぐにカエレスへ向かって走る男を捉えている。
 ウラドはおいてきた。今は、ニルの身一つだけだ。
 足に身体強化の術をかけると、太陽を背負うように飛び上がった。ニルの影が、先に敵を捉える。そのまま、服の裾を羽根のように翻しながら、男の体を地べたに縫い付けた。

「とったァ!!」
「ぐへ、っ」

 体重をかけるように、男の背中を抑え込む。ニルの叫び声に、フリヤがどしゃりと地べたに崩れた。間者が捕まって、安心したら気が抜けた。せっかく治りかけた肩はまたしても痛めたし、ニルのお陰で砂まみれだしで散々だ。
 さらさらと音がして、砂の山から顔を出したウラドがフリヤを見下ろす。それが心配をしているようで、少しだけ可愛かった。

「はは、結構可愛い顔してら……」

 馬にも見えるウラドの頬に手を添える。静まり返った会場に響いたのは、この場では随分と場違いな拍手であった。

「お見事だった。炙り出すために一人でいたが、こうすんなりと企てにのられると、少しだけ心配になるね」
「企て……?」

 よろよろと起き上がる。フリヤの体はウラドによってニルのもとへと運ばれる。
 声の主に呆気にとられたニルの目前には、この国の王でもあるカエレスがいた。
 黒鉄のネメスに、光の輪郭を纏う。野生美のある見目からは想像がつかないほど、落ち着いた声色で宣う。
 カエレスの言った企てという言葉に、フリヤには心当たりがあった。

「あ、企てって……もしかして、この試合自体?」
「聡明な子がいる。君は一度城であったな」
「あ、は、はい」
「まて、俺を置いて話を進めるな!」

 鎧の擦れ合う音がして、先程の兵士二人が駆け寄ってくる。ぎょっとするフリヤとニルを庇うようにカエレスが前にでると、兵士二人はたたらを踏むように立ち止まった。

「カエレス様!! ご無事でしたか!!」
「ああ、今回の演習試合でどこの部隊が癒着しているのかも理解した」
「ゆ、癒着ですか?」
「知らない振りをしても構わないけど、彼に聞けば一発だろう」

 金糸水晶の瞳が、ニルの足の下の男に向けられる。鎧が外れ、顕になった顔を前にフリヤは大きな声を上げた。

「あ、ああ! おま、ヴィヌスの信徒だろ!! 市井の井戸に水銀流した奴!!」
「処罰対象がなんでこの場にいるのか。勿論隊長の君には説明責任があるよな」
「そ、それは……で、でたらめだ!」
「なら安心して時を待てばいい。さて、もうこの闘技はお開きだ。皆さん、茶番に突き合わせて悪かったね」

 カエレスの言葉に会場はざわめいたが、王自ら囮になるという、滅多に見れない捕物を前に野次は飛んでこなかった。
 兵士同士が力を競い合う場だ、逃げようと思っても無駄である。みれば、南門のジャンが暴れる兵士を抑え込むように縛り上げていた。

「フリヤ、君は救護室に行くのが先だ。この場はヘルグに任せるから、動けるようになったら話を聞かせてくれ」
「わ、わかりました」
「俺もついてく」
「君がニルだね。構わないが、後で仕事をお願いしたい。君にぴったりなやつをね」

 騒ぎを聞きつけたヘルグとハニが駆けつける中、カエレスの言葉にニルは渋い顔をする。この国に来るにあたって、提出した身分証明書をカエレスはしっかりと読み込んでいたようだ。
 ニルは曖昧に頷くと、ふらつくフリヤの腰を引き寄せ立ち上がった。
 
「おい、男前になってんじゃねえよ」
「それならもっと自分に自信持ってるっての」

 苦笑いを浮かべる。同じ背丈かと思っていたが、こうしてみるとニルのほうが幾分か背が高いことに気がついた。
 琥珀の瞳が、真っ直ぐに向けられる。それが何となく気恥ずかしくて、フリヤは逃げるように目をそらした。

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