狼王の贄神子様

だいきち

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前日譚 雪兎は牙がほしい 

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「てめぇ誰に物言ってんだコラ」

 アキレイアスの東門。刑地へと送る護送車が行き交う、城門警備の中でも最も治安が悪いこの場所で、随分と物騒な声が響いた。
 車輪に削り取られた石畳には、二つの獣人の影があった。あたりは昼間だというのに冷気が漂い、爬虫類系の血を引く獣人からしてみれば、冬眠を促されるほどの寒さである。
 真っ昼間の太陽の下、白い呼気を漏らして城門警備の面々が見守る中、一際小柄な兎の特徴をもつ青年が、大きな熊獣人に向かって啖呵を切った。

「いいか、こっちは命張ってここのシマ警備してんだよ。てめえの行動一つでルール乱されちまえば、そっからほころびがでるんだ。こっから先の収容所には飲食物の持ち込みは不可だ。ここまで足運んでんなら、来るまでにルールくらい読んだんだろう。それともてめえは盲目か。あ?」
「ハニ」
「んだとこのクソうさぎ!! そもそも謂れのねえ罪でぶち込んだのはそっちだろうが!! 兄貴は今日が誕生日なんだ!! 肉の一つくらい差し入れることのどこが問題だったんだ!! ああ!?」
「問題がねえならルールなんて出来てねえ! お前が慕ってる兄貴が責任取れねえヤツの迂闊な行動で臭い飯食い続けてもいいってんなら話は別だがなァ! てめえももれなく豚箱いきだよやんのかコラ!」
「だぁあからハニやめなさいっつの!」

 同じ東門の番を任されている、鳥獣人のユクアレスが悲鳴混じりにハニの名前を呼んだ。
 獅子獣人である兄貴とやらに差し入れをしたいと申し出た、その熊獣人が持っていた手荷物を検査をしようとして問題は起きたのだ。
 
「イムジーさん、うちの若いのがすんませんけど、ルールは変わんねえんですわ。俺たちは街の治安を守んなきゃいけねえし」
「ならまずこいつをどかしてくれよ! 俺たち肉食は食物連鎖の最下層どもに媚びへつらう気はねえぞ!」
「ああもう、だからそういうこというから、あっ」

 バキ、と鈍い音が辺りに響いた。ユクアレスの隣に風が吹いたかと思えば、イムジーの巨躯は大きな音を立てて地べたへと沈んだ。
 突然の出来事に、東門前広場で様子を窺っていた兵士たちは静まり返った。
 恐る恐るユクアレスが隣に目を向ければ、そこには細くしなやかな足を天高く伸ばしたハニがいた。

「温い」
「なにやってんのもおおーー!!」

 ふん!と吐き捨てるように宣った。慌てるユクアレスを無視してイムジーに歩み寄ったハニは、太い腕に抱えられた茶色い包み紙をよいせと持ち上げた。
 オアシスにも似た、美しい色の瞳が細まる。肉というには随分と重い包み紙をバリバリと破く。
 ハニは現れた大きな肉塊に短剣を突き刺すと、コツンと刃先がなにかにあたった。

「ユクアレス、手袋。俺の手にはめて」
「なに、まさかマジになんか出てきたかんじ?」

 ハニはユクアレスの言葉を無視するように、手袋をはめた手を肉の塊に突っ込んだ。指先が、布に包まれたなにかに当たる。そのままズルリと引き抜けば、出てきたのは巾着に包まれた木の箱であった。
 ユクアレスが手元を覗き込む眼の前で、木の箱を開く。中にはいっているものを前に、ハニはピクリと眉を跳ねさせた。

「……これって」
「なんかの種子ってことはわかるけどね……調べてみないと。おい、だれかイムジーを拘束して牢屋に入れておけ! あと、ヘルグさんに報告!」

 ユクアレスが仲間を呼ぶ中、ハニは木箱に収められた種子から目が離せなくなった。細い指先が、そっと種のひと粒を押し潰す。鼻腔を掠める、記憶を刺激する香りに眉を寄せた。

(……まさかな)

 その仄かな香りは、イヘンアの花に似ていた。花が咲くと幻覚作用のある芳香を放つ禁種植物である。指先で細かくなった種を手で払う、なんでこんなものがと、予感じみた嫌な感覚な頭を擡げた瞬間。ハニの耳はひくんと反応を示した。

「またハニの手柄だ。」

 どこかで囁かれた声を耳にして、端正な顔を不機嫌に歪ませる。ユクアレスが周りに指示を出す中、ハニはイヘンアの種を氷で閉じ込めると、そのままインベントリに突っ込んだ。引き摺られるように連れて行かれるイムジーを一瞥して、ハニは集まってきた群衆と兵士の間を抜けるようにしてその場を離れる。
 途中、汚れた手袋を押し付けるように仲間の一人に渡すと、一人で己の馬の下へと向かった。

「草食のくせに」

 誰かの侮蔑の声に、ハニの唇が僅かに歪む。東門で、馬を操れるのは草食獣人のみとなっている。肉食獣人は、臆病な馬が暴れるからだ。
 小さな手のひらが、そっと芦毛の馬の体に触れる。ハニの愛馬であるスレイヤが眼差しを向けると、その首元にそっと額を寄せた。

「……ごめん、行こう」

 穏やかな眼差しのスレイヤは、バイコーンの血を引いている。普通の馬よりも機動力が高く気難しいが、それでもハニには懐いていた。
 スレイヤの耳がかすかに震えて、鼻先を背後へと向ける。釣られるようにハニが振り向くと、そこには手を振って駆けてくるユクアレスの姿があった。
 
「ハニ!」
「ユクアレス……」
「ヘルグさんとこ報告に行ってくれんだろ! なら、今日はササラ石群で調査してるって。出るなら南門から抜けてけ!」
「なにそれ?」
「なんかギブスが出たらしくて、商隊が怖がって入ってこれないんだと」

 ギブス、それは墓地にでる魔物であった。ササラ石群に墓地なんかない。あるのは、城から見える風の丘に作られた慰霊碑が立つ一帯だ。もしかしたら、失われた遺跡でもみつかったのだろうか。
 そわりとしたハニの様子に、ユクアレスは楽しそうに笑った。

「ハニ、報告よりも調査のが気に為るって顔してる。種のこと忘れんなよ?」
「忘れないよ。行こうスレイヤ、俺をササラ石群まで連れてって」
「あんま気にすんなよ! お前充分猛獣みたいにつよいからなー!」
「ユクアレス! おまえそれどういう意味だ馬鹿!」

 スレイヤが笑うように嘶き、石畳を蹴るように駆け出した。
 背後で楽しそうに笑う声がして、ハニは片手を上げるだけで挨拶を返した。のびのびと走るスレイヤの背中の上、それでもハニは種族関係なく接してくれるユクアレスに感謝をしていた。
 猛禽の獣人であるユクアレスだって、周りと同じ肉食だ。東門で、草食獣人は一人だけ。異例とも呼べる配属は、カエレスから与えられた一つの試練でもあった。

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