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「降りられるか?」
「お、おりれる……」
ハニの眼下では、意地悪な笑みを浮かべてヘルグが見上げていた。
まるで、降りられるのかと試すような目つきだ。ハニは眼の前にある太い木の枝を掴むと、ぶら下がるようにして窓から離れた。
隣り合う二本の幹を蹴るようにして、危なげなく草地へ降り立った。揺れた木から落ちた実の一つが、すまし顔のハニの頭上へと落ちる。思わず頭を抑えて背後を振り向けば、笑いを堪えるヘルグの声が漏れた。
「……お前は面白」
「あーー!! ちょっと熟してない果実落とすのやめてよ!!」
「っご、ごめんなさい!」
ヘルグの言葉を遮るように飛んできた声に、ハニは慌てて実を拾い上げた。
空気の燃える音がして、背後に熱を感じた。振り返れば、燃えるような髪を揺らした大男が、ハニを見下ろしていた。
「クロムの実だ。仕方あるまい、これは薬にするか」
「えっえ、え」
「俺が素直に正面玄関から入ればよかったんだ。すまないなアモン」
ハニの手から、そっと実を受け取る。不思議な模様のネメスをつけた褐色の大男は、アモンというらしい。
ハニの呆気にとられる姿を気にもとめず、アモンは実をネメスの中にしまい込んだ。どうやら布の向こうが異空間になっているらしい。隣に並ぶように近づいたヘルグの服を思わず掴むと、また笑われた。
「実るものは何れ落ちる。我もウメノに秘密だが、三つほどだめにした」
「ちょっとソレ聞いてないんだけど!?」
「我が素直すぎるばかりにウメノに怒られる。この未来もまた、予想できたことさな」
見た目以上に随分と茶目っ気がある。肩をすくませるアモンの後ろから、ひょこりと顔を出したのは見慣れない少年だ。
意思を持つかのように揺れる頭頂部の髪の毛が、ハニの耳のようにびんっと伸びた。
「うわ、安心感のあるサイズの子!!」
「ウメノ、それは結構ハニに失礼だぞ」
「ハニっていうの? よろしく、僕はウメノ」
「この童、基本的に人の話を聞かんのだ」
微笑み手を差し出してくるウメノを前に、ハニはぎこちなく握手を返した。小柄な体躯をまじまじと見つめる。もしかして、リス獣人だろうか。そんなハニの瞳に気がついたのか、ウメノは照れくさそうに頬をかく。
「僕は人間だよ。まあ、人より魔力が多いのと、アモンと契約してる以外は」
「そう。我は童に養ってもらっている。まあ、保護者の面も持ち合わせているな」
「保護者ならもっとしっかりしてよ」
小さな手のひらが、アモンを叩く。どうやら実体があるらしいと気がつくと、ハニは恐る恐るアモンの腕に触れようとした。
「む? ほら、なんならこっちに触れてみろ」
「ひっ、ぇ」
「アモン、初見の人にそれはだめだって」
ハニの手をむんずと掴んだアモンが、ネメスの内側へと引き込んだ。生暖かいなにかにじとりと包まれる。思わず上擦った声を漏らせば、ヘルグに肩を掴まれるようにして助け出される。
「仕事できたんだ。ウメノには押収した種を見てほしくてね」
「あ、ああ、そ、こ、」
「これだ。確認してくれ」
「ぅえっ」
ハニの動揺を置いてけぼりにして、ヘルグは腰についていたインベントリの中に手を突っ込んだ。傍から見たら、随分なやりとりだ。耳を引き伸ばすように硬直したハニへと、ウメノが可愛そうなものを見る目を向ける。
「っと、わ。すごい、きちんと発芽しないようにしてある」
「これはハニがした」
「ほんと? 君、知識相当溜め込んでるね」
「え、あ……」
ウメノの言葉に、ハニの頬がじわりと染まる。体躯だけでは、まわりの獣人に適うことはない。だからこそつけた知識を、認めてもらえた気がしたのだ。
「これと同じ種の出どころつかめばいいんでしょ? アモン、あれ出して」
「心得た」
先程ハニの手を飲み込んだネメスの向こうへと、アモンは腕を突っ込んだ。薄い顔布を捲るように取り出したのは、大きな本である。ハニが、一体何をどうすれば納まるのだと呆気にとられる中、ウメノは大きな一冊を抱きしめるように受け取った。
「はいどいてどいて! これ重いんだからっと、よいしょっ」
アモンが鉢をどかして地べたに置く。薬草が並ぶ台に場所をとると、ウメノは紫色の本の表紙を撫でた。
「僕の知りたいものを示せ」
「本に呪文?」
「あの中に、この国の殆どの標本が納められてるのさ」
ヘルグの言葉に、ハニは目を丸くした。この国の殆どとは、どれほど膨大な量なのだと思ったからだ。ウメノが手にした種を、本の上にのせる。ページの隙間から半透明な緑の蔓が現れると、種を絡め取るように巻き付いた。
ウメノの手が、蔓が浮かせたページを捲る。そこにあったのは、アキレイアスの南の地。ウェンベ村のみに自生する、イヘンアの変異種を描いた絵だった。
「……ウェンベ村」
「なんだ、知ってるのか?」
「いや、俺の兄ちゃんが育ててた気がするから、少し気になって」
兄がいるのか、と以外そうな顔をするヘルグへ、慌てて血は繋がっているわけではないと返した。
ハニの表情が曇る。本の中では、種が発芽しどんな花になるのかを示すように、絵が動いている。
ハニの頭の中には、幼い頃から己を可愛がってくれたヨギの姿が浮かび上がっていた。
薄い手のひらが、かすかに芽生えた心の不安を表すように、着ている外套にしっかりとしたしわを作る。
「気になるなら、行けばよくない?」
「簡単に言うな。遠征するにも上に書類出さなきゃ許可降りないんだよ」
「うん。だから、旅行ってことにしてさ。どうせ溜まってんでしょ、休み」
にこりと笑みを浮かべるウメノの背後で、アモンがうんうんと頷く。
ウメノの言っている意味が理解できないまま、ハニが動きを留めた。助けを求めるように隣を見上げれば、ヘルグは早々に意味を理解したようであった。
「え?」
「つまり、二人で行けと言う話だな」
「誰と?」
「だから、俺とお前でだ」
ハニのオアシスの瞳には、あっけらかんと宣うヘルグが映っている。じわじわと染み込む、ヘルグと二人での言葉。
小さな口がぱかりとひらくと、ハニは今日で一番の大きな声で驚いた。
「お、おりれる……」
ハニの眼下では、意地悪な笑みを浮かべてヘルグが見上げていた。
まるで、降りられるのかと試すような目つきだ。ハニは眼の前にある太い木の枝を掴むと、ぶら下がるようにして窓から離れた。
隣り合う二本の幹を蹴るようにして、危なげなく草地へ降り立った。揺れた木から落ちた実の一つが、すまし顔のハニの頭上へと落ちる。思わず頭を抑えて背後を振り向けば、笑いを堪えるヘルグの声が漏れた。
「……お前は面白」
「あーー!! ちょっと熟してない果実落とすのやめてよ!!」
「っご、ごめんなさい!」
ヘルグの言葉を遮るように飛んできた声に、ハニは慌てて実を拾い上げた。
空気の燃える音がして、背後に熱を感じた。振り返れば、燃えるような髪を揺らした大男が、ハニを見下ろしていた。
「クロムの実だ。仕方あるまい、これは薬にするか」
「えっえ、え」
「俺が素直に正面玄関から入ればよかったんだ。すまないなアモン」
ハニの手から、そっと実を受け取る。不思議な模様のネメスをつけた褐色の大男は、アモンというらしい。
ハニの呆気にとられる姿を気にもとめず、アモンは実をネメスの中にしまい込んだ。どうやら布の向こうが異空間になっているらしい。隣に並ぶように近づいたヘルグの服を思わず掴むと、また笑われた。
「実るものは何れ落ちる。我もウメノに秘密だが、三つほどだめにした」
「ちょっとソレ聞いてないんだけど!?」
「我が素直すぎるばかりにウメノに怒られる。この未来もまた、予想できたことさな」
見た目以上に随分と茶目っ気がある。肩をすくませるアモンの後ろから、ひょこりと顔を出したのは見慣れない少年だ。
意思を持つかのように揺れる頭頂部の髪の毛が、ハニの耳のようにびんっと伸びた。
「うわ、安心感のあるサイズの子!!」
「ウメノ、それは結構ハニに失礼だぞ」
「ハニっていうの? よろしく、僕はウメノ」
「この童、基本的に人の話を聞かんのだ」
微笑み手を差し出してくるウメノを前に、ハニはぎこちなく握手を返した。小柄な体躯をまじまじと見つめる。もしかして、リス獣人だろうか。そんなハニの瞳に気がついたのか、ウメノは照れくさそうに頬をかく。
「僕は人間だよ。まあ、人より魔力が多いのと、アモンと契約してる以外は」
「そう。我は童に養ってもらっている。まあ、保護者の面も持ち合わせているな」
「保護者ならもっとしっかりしてよ」
小さな手のひらが、アモンを叩く。どうやら実体があるらしいと気がつくと、ハニは恐る恐るアモンの腕に触れようとした。
「む? ほら、なんならこっちに触れてみろ」
「ひっ、ぇ」
「アモン、初見の人にそれはだめだって」
ハニの手をむんずと掴んだアモンが、ネメスの内側へと引き込んだ。生暖かいなにかにじとりと包まれる。思わず上擦った声を漏らせば、ヘルグに肩を掴まれるようにして助け出される。
「仕事できたんだ。ウメノには押収した種を見てほしくてね」
「あ、ああ、そ、こ、」
「これだ。確認してくれ」
「ぅえっ」
ハニの動揺を置いてけぼりにして、ヘルグは腰についていたインベントリの中に手を突っ込んだ。傍から見たら、随分なやりとりだ。耳を引き伸ばすように硬直したハニへと、ウメノが可愛そうなものを見る目を向ける。
「っと、わ。すごい、きちんと発芽しないようにしてある」
「これはハニがした」
「ほんと? 君、知識相当溜め込んでるね」
「え、あ……」
ウメノの言葉に、ハニの頬がじわりと染まる。体躯だけでは、まわりの獣人に適うことはない。だからこそつけた知識を、認めてもらえた気がしたのだ。
「これと同じ種の出どころつかめばいいんでしょ? アモン、あれ出して」
「心得た」
先程ハニの手を飲み込んだネメスの向こうへと、アモンは腕を突っ込んだ。薄い顔布を捲るように取り出したのは、大きな本である。ハニが、一体何をどうすれば納まるのだと呆気にとられる中、ウメノは大きな一冊を抱きしめるように受け取った。
「はいどいてどいて! これ重いんだからっと、よいしょっ」
アモンが鉢をどかして地べたに置く。薬草が並ぶ台に場所をとると、ウメノは紫色の本の表紙を撫でた。
「僕の知りたいものを示せ」
「本に呪文?」
「あの中に、この国の殆どの標本が納められてるのさ」
ヘルグの言葉に、ハニは目を丸くした。この国の殆どとは、どれほど膨大な量なのだと思ったからだ。ウメノが手にした種を、本の上にのせる。ページの隙間から半透明な緑の蔓が現れると、種を絡め取るように巻き付いた。
ウメノの手が、蔓が浮かせたページを捲る。そこにあったのは、アキレイアスの南の地。ウェンベ村のみに自生する、イヘンアの変異種を描いた絵だった。
「……ウェンベ村」
「なんだ、知ってるのか?」
「いや、俺の兄ちゃんが育ててた気がするから、少し気になって」
兄がいるのか、と以外そうな顔をするヘルグへ、慌てて血は繋がっているわけではないと返した。
ハニの表情が曇る。本の中では、種が発芽しどんな花になるのかを示すように、絵が動いている。
ハニの頭の中には、幼い頃から己を可愛がってくれたヨギの姿が浮かび上がっていた。
薄い手のひらが、かすかに芽生えた心の不安を表すように、着ている外套にしっかりとしたしわを作る。
「気になるなら、行けばよくない?」
「簡単に言うな。遠征するにも上に書類出さなきゃ許可降りないんだよ」
「うん。だから、旅行ってことにしてさ。どうせ溜まってんでしょ、休み」
にこりと笑みを浮かべるウメノの背後で、アモンがうんうんと頷く。
ウメノの言っている意味が理解できないまま、ハニが動きを留めた。助けを求めるように隣を見上げれば、ヘルグは早々に意味を理解したようであった。
「え?」
「つまり、二人で行けと言う話だな」
「誰と?」
「だから、俺とお前でだ」
ハニのオアシスの瞳には、あっけらかんと宣うヘルグが映っている。じわじわと染み込む、ヘルグと二人での言葉。
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