狼王の贄神子様

だいきち

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 そうと決まればと言われても、心構えは別であった。考えさせてくださいといったハニが、これは隊長命令だからと押し切られたのだ。
 荷造りに半日程の時間を与えられたハニは、ウメノの言葉に乗り気になってしまったヘルグによって、旅の同行を強制された。

「ご愁傷さまっていったほうがいい?」
「やめて」

 有給を取るための書類を受け取ったユクアレスが、不機嫌な顔を見せるハニを前に宣う。誂い混じりも今は受けつけないと理解をしたのか、肩をすくませた。

「まあ、聞きなって。ハニが蹴ったでしょ? 熊獣人。やっぱあの時見つかった種はやばかったみたい。あれがばら撒かれたら東門の警備は人増やされてたかも」
「……イヘンアの種でしょ。周りの犯罪者洗脳して脱獄でもしようとした?」
「あ、そっか。もう種のこと知ってんのか」

 計画的だったみたいだよ。ユクアレスの言葉は、熊獣人の男がイヘンアの種だと理解をして持ち込んだことを示していた。
 小さな手が、旅支度を済ませた荷物の持ち手をキツく握る。この一件に、ヨギが関わっているのかを調べるためにも、ウェンべ村へと向かわねばいけない。
 
「……どした? 体調わるい?」
「別に。俺もう行くから、またな」
「あ、ハニ!」

 嫌な予感は、喉の乾きになってハニを苦しめる。
 ユクアレスの様子を気に掛ける余裕はなかった。手にした荷物を背負うようにスレイヤの下へと向かう。その時だった。

「どうせ体で誑し込んだんだろ。やっぱヘルグ兵隊長も男だったんだな」
「っ……!!」

 すれ違いざまに、口さがない言葉を向けられる。オアシスの瞳が鋭さを宿して振り向けば、猫獣人である兵士二人が嫌味な笑みを向けていた。
 小さな手が拳を握りしめる。お前に一体何がわかる。ハニの不安定な心が大きく揺れたときだった。

「随分と怖い顔だな」
「……そうですか」

 ここ数日で嫌でも慣れた声だ。兵士達はヘルグを見るなりわかりやすくその場を後にした。
 ハニの細い手首を、大きな手のひらが掴んでいる。言い訳のようにあんたの陰口も言われたんだと口にすれば、きっと状況はハニが不利になるだろう。


 スレイヤはヘルグとと共に来たらしい。二人と一頭でウェンべ村へと向かっていれば、辺りは徐々に懐かしい景色へと変わってきた。人工的に植えられた、砂よけの木々が葉を広げている。スレイヤはどこに向かっているのか理解をするように、かぽかぽと軽やかな足取りで石畳を削る。

「お前の馬なのに、何で乗らないんだ」
「スレイヤが慣れたなら、乗るのは上司が道理でしょ」
「ちがうな。妙な事でも噂されたんだろう」

 まるで、すべてをお見通しかのようにヘルグは言った。苦虫を噛み潰したような顔をするハニを前に、実に愉快そうな顔を見せる。
 きっと、人の不幸を前に平気で飯が喰える男だろう。ハニはそんな事を思うと、不貞腐れたように顔を背ける。

「……人間関係がうまくいかない時の助言でもしてやろうか」
「傷口に塩でも塗るつもりですか」
「もっと図太くいろ。周りの目を気にするから、周りが敵になる」
「教えてなんて言ってない」

 頭に大きな手のひらが乗って、わしりと頭を撫でられる。幼子にするような慰め方に気が滅入っているのか、それともわざと圧力をかけるように撫でられているのかがわからない。
 振り払う勇気もないまま好きにさせていれば、スレイヤの足並みが僅かに早まった。

「わかった、わかったから落ち着け」
「どうどう」

 ヘルグの手のひらが、手綱を引くスレイヤの首を撫でる。足並みは緩やかになると、二人の目の前に村の入口が見えてきた。東門を出て、二時間ほどでついたその場所が、ハニの住んでいた村であった。

「スレイヤを村に預けていかないと。ウェンベ村はスレイヤを欲しがってるから」
「それは、どうしてだ?」
「普通の馬だと永く生きないんだ。きっと、自生する草に原因がある。まあ、今はその理由もわかりますけど」
「イヘンアの花か」
「多分」

 村の入口を抜けると、ハニはスレイヤの手綱を離した。芦毛の馬を連れた兎獣人に気がついたのか、村人だろう老人が眼鏡をはずすようにしてハニを見る。
 茶色の垂れ耳の兎獣人だ。ハニの背後に立つヘルグを見ると、萎縮したように道具を握りしめる。

「マシロ爺、この人は噛みつかないから大丈夫。村長は今どこにいる?」
「お前さん、もしかしてハニか……?ヨギんとこの……」
「ああ、ウェンベ村に用があって。この人、城の兵を纏めてる人。理性はあるから」
「理性……」

 ハニの言い草に、ヘルグは苦笑いを浮かべる。しかし、マシロ爺と呼ばれた老人とハニの様子は至って真面目であった。
 灰色の瞳が、静かにハニの表情を読む。視線に気がついたのだろう、長い睫毛に囲まれたオアシスの瞳がヘルグを映すと、安心させるように微笑んだ。

「大丈夫ですよ、カエレス様のお陰で」
「あんたもあの方と同じ狼族なのかい? すまねえなあ、俺達は気質的に慎重なんだ。堪忍してくれな」
「それは、構いませんが」

 ヘルグの丁寧な言葉遣いに、ハニが目を丸くした。砕けた口調しか知らなかったからだろう。マシロのしわがれた手がスレイヤの手綱を掴むと、道を案内するかのように背を向ける。
 周りに目を向ければ、窓の外からこちらを窺う目があった。

「カエレス様とヨギが、売り渡されそうになったこの土地を守ってくれたんだ。じゃからわしらは、カエレス様の部下に悪い事する人はおらんと思ってる」
「逆だよ、ヨギが守ってきた土地だから、カエレス様も働きかけてくれたんだ。知識ないのに、手探りで暮らしてたって俺等も悪いけど」
「なんじゃハニ、お前ここに暮らしとったんだから、そんなにあけすけに言っちゃいかんよ」
「何いってんだ、その時代がなけりゃ今もないだろうよ」

 楽しそうに話す。マシロとハニの背中を、ヘルグは静かに見つめる。この土地が奪われそうになったのは、黄金の糸を産むというアリアドネの繭が見つかったからだと聞いていた。雪兎族の貧しい土地で、数百年に一度しか見つからないという繭が二つも。 
 運悪く、繭の存在を知識のある者が知ったのだ。見慣れぬ服装をした者たちが不躾に村へ入り、わかったこと。それは、アリアドネの幼生が住むために適した環境が、この村にはあったということだ。

「ほら、スレイヤはわしのところで預かろう。ウェンベ村に行く前に、村長に会いにいってくれんか。お前が来たなら丁度良かろうよ、頼みごとがあるんじゃて」
「頼み事?」
「行けばわかろう、頼りにしている」

 嗄れた手が、スレイヤの手綱を受け取った。
 戸惑ったようなハニの視線がヘルグと絡む。顔を見合わせたのは一瞬で、しかたなく言われるがままに村長の家へと向かうことにした。
 ハニは村の皆から慕われているらしい。道中、家から出てきた小さな女の子や村人から、食べ物を受け取っていた。
 細腕が、まるでお供えもののように大切に食べ物を抱えている。腕から転がった一つをヘルグが受け取れば、ハニがボソリと呟いた。

「俺がこの村で最初の兵士だから、なんかこういう扱いなんだ。勿論、カエレス様のお陰でもあるけど」

 どうやら、ヘルグにからかわれると思っていたらしい。少しだけ気恥ずかしそうなハニの頭をわしりとなでれば、丸みを帯びた果物が一つ地べたに転がった。

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