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大丈夫か少年。そう言った男はロクというらしい。あの後、駆けつけた薄桃色の狐獣人によって場は収められ、ミツの体の震えが落ち着くまで、ロクは隣にいてくれた。
どうやら強盗があり、馬車で逃げようとしてしくじったらしい。幸い建物に被害は出たものの、死者は出なかったようだ。
「怪我人は君だけだな。すまない、腕を見せてくれるか」
「ぼ、僕よりも絶対に大怪我してるのはロクさんなのでは……」
「ん? ああ、血が君の服についてしまうか」
「そ、そうじゃなくて」
ミツの怪我なんて、かすり傷のようなものだ。それよりも、庇ったロクの方がよほど放っては置けない。
緊張を落ち着かせるために、他愛もない話をしてくれたロクの頭から、つー、と赤い血が垂れてきたのだ。おかげで、それを目の前にしたミツの体は余計に震えた。
見れば、木箱で怪我をしたのだろう、ロクは腕からも出血していた。今日の騒動で、納品が遅れることは伝えてある。バルの店主も気にするなと言ってくれたから、ミツには時間があった。
「ウメノ呼ぶか」
「いやいい、放っておけばそのうち止まるだろう。頭だから大袈裟に見えるだけだ」
「僕、もう少ししたらお兄ちゃんたちはここを離れるけど、お家の人は近くにいる?」
「ご、ごめんなさい。僕こんなんだけど成人してます」
「ええ⁉︎ あ、ああ……こちらこそすみません……、えっと。手当をするための場所を確保するまでお待ちください」
「あ、いえ全然……お、お構いなく……」
白兎の獣人だろうか。中性的すぎて、ミツは女性かと勘違いをした己を恥じた。どうやら彼もロクの仲間のようだ。狐獣人へと命令を出しながら、テキパキと事態を収めている。
ミツは、隣に腰掛けたままのロクへと視線を向けた。やっぱり、そのまま何もしないというのは違う。本当はまだ体が震えていたが、ミツだって大人だ。
どんぐり刺繍のハンカチを取り出すと、ミツはロクの腕へと巻きつけた。
「……あの」
「ぼ、僕なら大丈夫です! 今はこれしかできないけど……あ、後、手当なら僕の店でやります! だ、大丈夫、街の集まりで簡単な救護練習ならしたことがありますからっ」
「いや、俺は」
「だめです‼︎ 僕を庇ってしなくてもいい怪我をしたんですから‼︎ すみませんうさぎのお兄さん、この人連れてっていいですか⁉︎」
「いいですよ。ロク、お言葉に甘えちゃいな。カエレス様には俺から言っておくから」
にこりと微笑んでくれた白兎獣人の青年に、ミツはほっとした。戸惑うロクの手をしっかり握って、引っ張ろうとして尻餅をつく。ミツの非力さなら簡単に強くでれるだろうに、ロクは少しだけ戸惑いながらも腰を上げてくれた。
今思えば、あの時のミツの勇気が恋心を芽生えさせたのかもしれない。
店に招いて、意気込みのまま傷の手当てをしたまでは良かったが、やはりロクのいう通り額の傷は小さかったのだ。
手当を終えた後の、無言の気まずさに苦しむかもしれない。そんなミツの心配をよそに、下手くそな包帯で頭を巻かれたロクは、無骨な指でテーブルクロスに興味を示した。
「この刺繍は……、市販品ですか」
「え? あ、いや……そ、それは僕が手慰みで刺したやつで」
「君が? ……そうか、見事ですね」
「あの、……も、もしかして繕いごとにご興味が?」
我ながら、何を言っているんだと内心思った。ミツの目の前にいるのは、戦闘部族も真っ青の鬼族の男だ。見た目からして、針を握るような性格ではないだろう。
口を閉ざしてしまったロクが、再び口を開くまでの間。ミツは喉がカラカラになるまで息を詰めていた。
「……鬼族は、呪いを糸に込めて刺繍をすることがあるんです。だから俺も、里では針に触れる機会が多くて」
(見た目で判断してしまった……‼︎)
「まあ、……上手くはないんですが。この図案は君が?」
「み、ミツって読んでくださいロクさん。えっと、図案はここに」
まさか、己の手慰みで心を開いてくれるとは思わなかった。ロクの言葉に、ミツはじわりと頬を染めた。カウンターの引き出しから、ミツが描く刺繍の図案を納めた一冊を取りだす。遠慮がちに差し出せば、ロクはそっと受け取ってくれた。
暖かい紅茶が湯気を立て、静かな部屋にロクが紙を捲る音だけが聞こえる。
無言なのに、居心地は悪くなかった。ロクの寡黙さすら、好ましいと思ってしまった。
己の好きなものを、初めて人前に出した。興味を持ってもらえることが嬉しくて、ミツは小さな手を膝の上に乗せたまま、おとなしくロクが読み終えるのを待った。
「あの」
「は、はい」
「この図案、俺にもできるだろうか」
いつの間にか、他人行儀な敬語は外れていた。無骨な指先が刺したのは、小鳥が花を咥えている図案だった。ミツが初めて描いた柄で、一番の気に入りのものだ。幸せを運ぶ青い鳥をイメージしたそれを、ロクは気に入ったようだった。
「……それ、僕も好きな柄。できると思うよ、傷が治ったら、一緒にやろ」
嬉しくなって口にすれば、ロクは小さく頷いてくれた。初対面の、もしかしたら怖い人なのかもしれない。と思った印象は消え去り、わずかに照れ臭そうにしているロクの姿は、ミツの柔らかい部分を刺激した。
そこから、ミツとロクの距離は名前を呼び合うまでに縮まったのだ。
親友になれたらいいと思っていた。でも、それがいつからか、親友を超えたいと願うようになってしまった。
いつしか、ロクが繕いごとをするのを見るたびに、布にこめるロクの思いが己には向かないことに傷ついた。だからきっと、惚れ薬なんてバカな真似をしてしまったに違いない。
ああ、取り返しのつかないことをしてしまった。ミツはいっつも、身長が理由だけじゃない。手を伸ばしても届かない恋に苦しんでいた。
どうやら強盗があり、馬車で逃げようとしてしくじったらしい。幸い建物に被害は出たものの、死者は出なかったようだ。
「怪我人は君だけだな。すまない、腕を見せてくれるか」
「ぼ、僕よりも絶対に大怪我してるのはロクさんなのでは……」
「ん? ああ、血が君の服についてしまうか」
「そ、そうじゃなくて」
ミツの怪我なんて、かすり傷のようなものだ。それよりも、庇ったロクの方がよほど放っては置けない。
緊張を落ち着かせるために、他愛もない話をしてくれたロクの頭から、つー、と赤い血が垂れてきたのだ。おかげで、それを目の前にしたミツの体は余計に震えた。
見れば、木箱で怪我をしたのだろう、ロクは腕からも出血していた。今日の騒動で、納品が遅れることは伝えてある。バルの店主も気にするなと言ってくれたから、ミツには時間があった。
「ウメノ呼ぶか」
「いやいい、放っておけばそのうち止まるだろう。頭だから大袈裟に見えるだけだ」
「僕、もう少ししたらお兄ちゃんたちはここを離れるけど、お家の人は近くにいる?」
「ご、ごめんなさい。僕こんなんだけど成人してます」
「ええ⁉︎ あ、ああ……こちらこそすみません……、えっと。手当をするための場所を確保するまでお待ちください」
「あ、いえ全然……お、お構いなく……」
白兎の獣人だろうか。中性的すぎて、ミツは女性かと勘違いをした己を恥じた。どうやら彼もロクの仲間のようだ。狐獣人へと命令を出しながら、テキパキと事態を収めている。
ミツは、隣に腰掛けたままのロクへと視線を向けた。やっぱり、そのまま何もしないというのは違う。本当はまだ体が震えていたが、ミツだって大人だ。
どんぐり刺繍のハンカチを取り出すと、ミツはロクの腕へと巻きつけた。
「……あの」
「ぼ、僕なら大丈夫です! 今はこれしかできないけど……あ、後、手当なら僕の店でやります! だ、大丈夫、街の集まりで簡単な救護練習ならしたことがありますからっ」
「いや、俺は」
「だめです‼︎ 僕を庇ってしなくてもいい怪我をしたんですから‼︎ すみませんうさぎのお兄さん、この人連れてっていいですか⁉︎」
「いいですよ。ロク、お言葉に甘えちゃいな。カエレス様には俺から言っておくから」
にこりと微笑んでくれた白兎獣人の青年に、ミツはほっとした。戸惑うロクの手をしっかり握って、引っ張ろうとして尻餅をつく。ミツの非力さなら簡単に強くでれるだろうに、ロクは少しだけ戸惑いながらも腰を上げてくれた。
今思えば、あの時のミツの勇気が恋心を芽生えさせたのかもしれない。
店に招いて、意気込みのまま傷の手当てをしたまでは良かったが、やはりロクのいう通り額の傷は小さかったのだ。
手当を終えた後の、無言の気まずさに苦しむかもしれない。そんなミツの心配をよそに、下手くそな包帯で頭を巻かれたロクは、無骨な指でテーブルクロスに興味を示した。
「この刺繍は……、市販品ですか」
「え? あ、いや……そ、それは僕が手慰みで刺したやつで」
「君が? ……そうか、見事ですね」
「あの、……も、もしかして繕いごとにご興味が?」
我ながら、何を言っているんだと内心思った。ミツの目の前にいるのは、戦闘部族も真っ青の鬼族の男だ。見た目からして、針を握るような性格ではないだろう。
口を閉ざしてしまったロクが、再び口を開くまでの間。ミツは喉がカラカラになるまで息を詰めていた。
「……鬼族は、呪いを糸に込めて刺繍をすることがあるんです。だから俺も、里では針に触れる機会が多くて」
(見た目で判断してしまった……‼︎)
「まあ、……上手くはないんですが。この図案は君が?」
「み、ミツって読んでくださいロクさん。えっと、図案はここに」
まさか、己の手慰みで心を開いてくれるとは思わなかった。ロクの言葉に、ミツはじわりと頬を染めた。カウンターの引き出しから、ミツが描く刺繍の図案を納めた一冊を取りだす。遠慮がちに差し出せば、ロクはそっと受け取ってくれた。
暖かい紅茶が湯気を立て、静かな部屋にロクが紙を捲る音だけが聞こえる。
無言なのに、居心地は悪くなかった。ロクの寡黙さすら、好ましいと思ってしまった。
己の好きなものを、初めて人前に出した。興味を持ってもらえることが嬉しくて、ミツは小さな手を膝の上に乗せたまま、おとなしくロクが読み終えるのを待った。
「あの」
「は、はい」
「この図案、俺にもできるだろうか」
いつの間にか、他人行儀な敬語は外れていた。無骨な指先が刺したのは、小鳥が花を咥えている図案だった。ミツが初めて描いた柄で、一番の気に入りのものだ。幸せを運ぶ青い鳥をイメージしたそれを、ロクは気に入ったようだった。
「……それ、僕も好きな柄。できると思うよ、傷が治ったら、一緒にやろ」
嬉しくなって口にすれば、ロクは小さく頷いてくれた。初対面の、もしかしたら怖い人なのかもしれない。と思った印象は消え去り、わずかに照れ臭そうにしているロクの姿は、ミツの柔らかい部分を刺激した。
そこから、ミツとロクの距離は名前を呼び合うまでに縮まったのだ。
親友になれたらいいと思っていた。でも、それがいつからか、親友を超えたいと願うようになってしまった。
いつしか、ロクが繕いごとをするのを見るたびに、布にこめるロクの思いが己には向かないことに傷ついた。だからきっと、惚れ薬なんてバカな真似をしてしまったに違いない。
ああ、取り返しのつかないことをしてしまった。ミツはいっつも、身長が理由だけじゃない。手を伸ばしても届かない恋に苦しんでいた。
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