狼王の贄神子様

だいきち

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蛇は好きだから丸呑みしたい

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 木漏れ日が燦々と降り注ぐ。太い木は幹を捻るようにして枝葉を広げており、太陽から守るように心地の良い場所を作り上げている。
 土の匂いが好きだ。とくに、少しだけ湿っているようなものだと実に好ましい。
 ウメノは木の幹によりかかり、深呼吸をした。体に炎の魔人を宿しているせいか、湿った土の香りを楽しむことはなかなかに難しい。すぐに乾燥するからだ。
 前日に降った大雨のおかげで、今日はアモンの力が弱まっている。今はウメノの右目の中でゆっくりと眠っていることだろう。
 大きな本を腹の上に乗せたまま、ウメノは心地よさそうにうたた寝をする。腰に敷いたサンドスライム製のクッションが小さな体を優しく包み込み、穏やかな朝のひと時を彩っていた。
 小さな耳が、葉擦れの音を拾った。木の表面を削るような音が聞こえて、それはゆっくりとウメノの頭上から降りてくる。
 白く、まろい頬を硬い何かがくすぐった。思わず小さな手で鷲掴むと、くすくすと楽しげな声が聞こえてきた。

「ウメノちゃん、こんなとこで寝てると蛇に唆されるよ」
「僕のこと唆すのはルスフスだけでしょ」
「たしかにね」

 光の加減で濃い紫にも見える蛇の尾が、ウメノの頬をくすぐっていた。その尾の主であるルスフスは、長い脚を組むようにして枝の上に腰掛けていた。
 両足を振り上げ、ルスフスは細長い体を落とすようにして木から離れる。端から見れば、木から落下したと思われるだろう。しかし、しなやかな体をひねるようにして、危なげなくウメノの隣に着地をした。

「うわびっくりした!」
「ねえウメノちゃん、お暇な日はないの」
「えー、僕それなりに忙しいんだけど」
「知ってるけどさ。俺今謹慎中だから退屈なんだよね」

 ルスフスはわずかな隙間に潜り込むようにウメノの後ろで横になる。その薄い腹を引き寄せるように小さな体を己へと凭れ掛からせると、地べたに仰臥するようにウメノを見上げた。
 長い黒髪が片目を覆う。元々涼やかな二重瞼に収まった光のない水色の瞳は、それでも冷たい印象は受けることはない。黒髪で隠している片方は、怪我をしてから一重になってしまった。その目元を治療をしてくれたのは、何を隠そうウメノであった。

「謹慎中じゃなくてさ、療養っていうんだよ。今日だって診察受けに来たんでしょ、ほら蛇みたいに僕に絡まってないで早く顔みせて」
「俺の顔好き?」
「はっ倒すぞ」
「やだこわい」

 ケタケタ笑う。ルスフスはウメノが大事に抱えていたサンドスライムのクッションを放り投げると、小さな体を飲み込むように抱き込んだ。収まりの良いウメノの体を気に入っているようだ。蛇がネズミを絡めとるように長い手足で拘束したまま、艶やかな黒髪に頬擦りをする。蛇毒のルスフスと呼ばれるほどの猛毒を操る男を、全く持って恐れずに構う度量の深さも気に入りの理由だろう。

「なあなあ、髪を編んでよウメノちゃん。小さい手で時間をかけて編む姿はきっとかわいいよ」
「僕は可愛いを言われるために生きてるんじゃないもん」
「その身なりで? 存分に活かさないでどうすんのさ」
「え? なに喧嘩売ってんの? アモンが買うよ?」
「いやだよ、俺蒲焼になっちゃう。あいてっ」

 小さな手が、むんずとルスフスの黒髪を掴む。そのまま引っ張り上げれば、ルスフスは渋々と言った具合に体を起こす。服が汚れるのも気にせずに、地べたの上で胡座をかく。そのままウメノをひょいと持ち上げると、ルスフスは長い脚で囲むように閉じ込めた。

「俺と付き合ってウメノちゃん」
「おまえ絶対に小児性愛者だろ。こんな事言うと僕が童顔だって認めることになるからいやだけど」
「すごい言われようだ。べつにただの子供なら食欲そそられないよ」
「だから嫌だって言ってんだよ、目ん玉くり抜くよ!」
「ウメノちゃんにならキャンディ扱いされてもいいかも」

 小さな手が、ルスフスの右の目元へ添えられる。そのまま、親指で下瞼を押すようにして義眼を外すと、ウメノはがらんどうのルスフスの眼窩を覗き込んだ。
 右目は魔物の酸で引き攣れて、左目とは違う一重瞼になっている。ウメノが間に合せで嵌めた薄紫の義眼をルスフスが気に入ったようで、定期的に目の状態を確認することとなった。

 この傷は、ウメノにとっては忘れられない傷だった。
 記憶に残るのは、血生臭く腐敗した肉の匂い。湧き出た毒龍ヒュドラの討伐のために緊急で駆り出された兵の中に、二人はいたのだ。







『逃げろ、毒耐性のないやつは後衛へ回れ‼︎』

 ヒュドラの湧き出た場所に、命は二度と芽吹かない。そう伝えられる伝承はまことのものだったらしい。ウメノは、アモンを宿した大杖を握りしめたまま、惨状を前に呆然としていた。

『ウメノさん‼︎ 早く‼︎』
『っ、今いく‼︎』

 広域展開魔法の一つである、対象を絞った障壁によって、ヒュドラの被害は最小限に抑えられていた。固定された空間の中での討伐を行うことで、ヒュドラの影から湧き出る毒蛇を逃さないための最適な方法であった。しかし、それには一つの綻びがあったのだ。

『まただ、また毒の雨を……‼︎ 防衛膜を張れ‼︎ 怪我人を死なせるな‼︎』

 悲鳴混じりに、兵の一人が叫んだ。毒の雨、それはヒュドラが障壁を理解して噴き上げた毒霧が雨となって降り注ぐ最悪の技であった。このせいで、兵はろくに動くことはできなかったのだ。ヒュドラの毒にやられたら、肉が溶ける。効かないのは、毒耐性のあるものだけだった。
 ウメノが、空間を掌握するようにアモンの力を展開した。毒の雨を無効化する、炎の結界を頭上へと張り巡らせたのだ。杖を振り抜いて、上空を、舐めるように火炎が広がった。
 焦っていたのだと思う。だからこそ、ウメノは見誤った。

『馬鹿者、お前がはみ出てどうする……‼︎』

 アモンのげきが飛んで、ようやっと気がついた。振り抜いた先にいた兵は、確かに守ることができた。しかし、ウメノは己自身を術の外へと出していたのだ。
 足元の、ウメノの小さな影が不自然に蠢いた。気がつけばヒュドラの影と一直線に繋がっていた。ぼこりと影が動く、ヒュドラの赤く光る目がウメノを捉えた。

(あ、だめだ死ぬ)

 二対の宝石が見開かれた。小柄な体に向かって襲いかかってきた、眷属でもある毒蛇が牙を剥く。アモンの火炎すらも間に合わないほどの一瞬。その時、ウメノの肌を撫でるように一陣の風が吹いた。
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