狼王の贄神子様

だいきち

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「名を持つ貴き龍種の一体よ。お前の持つ鱗を縁に、僕の魔力を導として今この地に目覚めよ」
 
 ウメノの声に魔力が宿る。陣は属性を表すように紫の光で発光すると、光の粒子がゆっくりと姿を形成していく。履き潰されたブーツが、つま先から徐々に現れる。それは、若い男の姿だった。まるで、異世界から連れてこられたかのような光景だ。
 カエレスとティティアが静かに見守る中、紫黒の髪を一つの綱のように編み込んだ男が降り立った。光を収めた陣の中心、誰もが息を殺して男を見つめる中、陣へと降り立った男は片方しかない目をゆっくりと見開いた。
 
「え、どちら様ですか」
「ルスフスーー‼︎」
「ぅわ、っう、ウメノちゃんなんで抱きつい、待って何この陣⁉︎」
 
 ウメノは両手を広げるようにして、ルスフスに飛びかかった。薄い背中に長い腕が回される。そのまま、重力に抗えずに床へと転がると、ウメノの頭上から大きな声が降ってきた。
 ルスフスは、片目しかない目を丸くしてウメノを見下ろしていた。その表情が面白くて、ウメノは思わず笑ってしまった。
 
「何このご褒美」
「お前の身も心も僕のものだから、そこんとこよろしくな」
「まて、本当に何このご褒美⁉︎」
 
 ルスフスに支えられるようにして、ウメノは起き上がった。顔色をわかりやすく赤く染める姿を見るのは、実に気分がいい。戸惑うルスフスへの回答は、しばしのお預けとなった。
 二人を飲み込むようにして、大きな影がさす。ウメノの目の前には、この国の王であるカエレスが立っていた。
 
「やあ、もう体はいいのかな。ルスフス」
「あ? ああ、あーー……よく見ればカエレス様じゃないですか」
「聞いただろう? ウメノは君のために魔獣調教師の資格をとったそうだよ」
「何その物騒な……しかく……え?」
 
 魔獣調教師、主にテイマーや騎獣騎士などが会得する資格である。ルスフスはウメノに正体がばれてしまったことを思い出した。今の話からすれば、カエレス王もまた、ルスフスのことは存じているのだろう。
 ばつが悪そうに頭を掻く。騙していたつもりはないと言い訳をしても、きっと許してくれはしないだろう。
 
「いやその」
「そしてこれが使役許可証。僕は無事、ルスフスのご主人様になったってわけ」
「ゴシュジンサマ」
 
 にっこりと笑ったウメノが、ルスフスの顔に許可証を貼り付ける。べしんと小気味いい音を立てて視界を覆った紙をひっぺがすと、それは確かに本物のようだった。
 
「待って、状況が読めないんだけど」
「話は簡単だよ。ミカヅキ平野で戦闘になった時、ルスフスは一度氷結によって体が生命維持の準備をした。そんで一時的な魔力欠乏、魔族にとっては仮死状態に陥ったってこと」
「つまりな、お前の命を費やさないために、ウメノがお前の意思を丸無視した形で従魔契約を結んだのだ」
 
 アモンの補足に、ルスフスはパカリと口を開けた。ルスフスの意思を丸無視した従魔契約。と言われて、ピンとこなかったのだ。ルスフスは、地域によっては邪竜扱いを受ける厄介な魔族だ。もちろん、保有している魔力もその辺の獣人よりも十分に多い。へたに悪さをすれば、この国の手練れだってゆうに相手をすることができるだろう。しかし、それをしないのはこの国に愛着があるからだ。
 解答の導き出せない疑問は、満面の笑みで膝を陣取るウメノによって解消された。 

「あのね、お前右目おっことして蛇眼の威力半減してるし、お前の魔力が暴走しないように、僕が抑えていたってのもあるんだよ」
「暴走しないように抑えてた?」
「お前にはめてた義眼と目薬。僕を庇ったせいだってのはわかってるんだけど、お前を知った時、僕は絶対に野放しにできないなって思ったんだよね」
 
 何としたたかなことだろう。あけすけに宣うウメノに、ルスフスはますます口をあんぐりと開けた。惚れた弱みで物理的にも視野が狭まっていたというやつだ。つまり、互いが互いを騙し合っていたというわけか。
 
「カエレス様、これもうプロポーズととっていいのでは」
「それは少し性急なんじゃない?」
「え、カエレスがそれいう権利ある……?」
「ブフ……っ」
 
 ティティアの容赦のない一言に、ウメノが吹き出した。ルスフスはというと、ケラケラ笑う小さな体をぎゅむりと抱きしめると、そっと顔を寄せた。
 
「いいのウメノちゃん。俺、そういうの自分の都合がいいように考える男よ」
「説明するの面倒くさい。いいじゃん、これからは僕だけのために働けよルスフス。あ、キスしたら殺す」
「明らかに今そういう流れだったじゃん」
 
 寄せられた口元を、ウメノは窘めるように手で押さえた。
 軽々と抱き上げられた体は、素直に体温を上げていた。ルスフスの腕の締め付けが、いつもよりも強く感じる。今まで見せたこともないような笑顔でウメノを見つめるルスフスが、少しばかし眩しい。しかし、甘やかな雰囲気はカエレスによって遮られた。 

「ルスフスよ」
「何ですか」
「これからはウメノの召喚獣として、しっかりと励むように」 
「うまくやって見せますよ。ふふ」
 
 生きているとさまざまなことが起きるのだと、ルスフスは思った。あの時守ったウメノに救われて、番いよりも執着の強い従魔契約まで結んでしまったのだ。意識を研ぎ澄ませれば、ルスフスの体に流れるウメノの魔力を感じることができる。
 
「ウメノちゃん」
「後もいっこ」
「なあに」
「僕は正直者が好きだからね、わかるでしょ何が言いたいか」
 
 ウメノの言葉に、ルスフスは柔らかな笑みを浮かべたまま鮮やかに顔色を変化させた。ぎこちなく首を傾げる様子が滑稽である。逃すつもりもない小さな手がルスフスの両頬を掴むと、か細い声でモチロンダヨと返ってきた。
 
 
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