こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

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 マリーは、顔も見たことがない母がいた。母もマリーと同じ男娼で、お父さんはその男娼を雇っていた主だ。二人は愛し合って、そして母は産後の肥え立ちが悪くてなくなった。マリーの母は、この体に半魔の血を残してくれた。人よりは多い魔力と、半魔にしては少ない魔力。黒髪褐色の赤目は、少しだけ人狼の血を引いているかららしい。

 マリーは、生みの親の顔は知らない。だけど、少しの間育ててくれた、美しい男娼のことは覚えている。膨らんだ腹を重そうにしながら、マリーは他の二人とともに育てられた。
 なんでそんなことを覚えているか、だって、マリーは一度だけこの館から連れ出されたことがあったからだ。美しい男娼と、おそらく番であろう褐色の肌の男。あとから知ったが、ねじれた角を持つその男こそが魔物だったらしい。
 その男と男娼によって、この箱庭から連れ出された。孤児院に3人で入れられ、そうして二人は何処かへ行った。悲しかった。連れて行ってほしかった。子供だったから、意味もわからずにひたすら恨んだこともあった。だけど、大人になった今はわかる。あの二人は、マリーを守ってくれようとしたのだと。

 マリーは二人に会いたかった。寂しくて、だから探しに行こうと思って、愚かにも一人孤児院を抜け出した。そうして、探しに来ていた今のお父さんに捕まって戻された。

ー可愛いマリー、お前は誘拐されたんだ。あの愚か者二人に。可哀想に、怖かったよね。もう本当のお父さんもいないけど、僕が君のお父さんになってあげるからね。
ーなんで、おとうさんいないの?
ーお父さんはね、あの魔物に殺されたんだ。怖いことだよ、君を誘拐したアイツを許すまいとしてね。
ーお、おかあさんは?
ーあの愚かな男娼のことかい?あいつは一人逃げてしまった。まあ、あの腹だ。遠くへは逃げれない。惜しむらくは君に兄弟をみせてやれないことか。ああ、本当に口惜しい。

「愚かなマリー、僕は、だめなこ。」

 ひっく、と喉が震えた。ちがうよ、きっと、あの魔物が殺されたのは、あの男娼を守るためだ。細い手足を小さくさせて、マリーは膝を抱える。マリーはここしか生きられない。孤児院に行って、兄弟たちに会いたくても、きっともう居ないだろう。男娼は、無事に産めたのだろうか。でも、彼も妊娠薬を飲まされていた。きっと、きっともう死んでしまっているに違いない。

「おか、あさん…っ、うぅ、っ…」

 お母さんと呼んでもいいよと言ってくれた。あの日から、彼はマリーのお母さんだったのだ。血の繋がらない母、マリーは本物を持っていない。
 妊娠はしたくない、怖い。自分の体すら、自分のものではなくなってしまう気がして怖いのだ。
 マリーは一瓶飲んでしまった。もう後がない、誰でもいいから助けてほしい。子を孕んでも、きっとこの娼館の男娼として育てられるに違いない。ヒュキントスの箱庭、魔物のように美しい美男が揃うと言われるこの場所は、いつぞやか本物の半魔の者しか残らなくなった。

「リンドウは、」

 不意に、最近入ってきた新しい男娼の事を思い出した。いいな、リンドウだけ人間だ。魔力がたくさんある人間。半端のマリーと違って、教養もあって、治癒術だって使える。きっと本物のお父さんとお母さんだっている。リンドウは、リンドウだけ人間だ、あのきれいな男娼と同じで、同じ人間だ。いいな、いいなあ。

「人間が番ったほうが、美しい半魔は生まれやすい。」

 半魔は半魔だ。魔物と番っても、生まれるのは半魔だけ。でも、何処かに魔物の要素が色濃く出る。マリーの赤目のように。シスの腰の痣のように。
 人が交じると、分からない。見分けは耳しかないのだ。血の黄金比があると聞いた。今のお父さんは学者だったから、魔物の魔力に負けない器を探していると言っていた。

「ああ、だからリンドウなんだ。」

 魔力が多くて、器が大きければ、魔物の魔力と薬が反応しても劣化は緩やかになる。リンドウは、それを満たしてるから、繋にはいいんだ。
 マリーは、それならきっと、もうこんな怖い思いはしないかもしれないと思った。自分たちは、子を産めば老いて死ぬしかない。でもリンドウは、きっと老いが緩やかだろうから、次の男娼が来るまでは働けるのだ。
 今はユリもいる。ストックが二人もいるから、さきにリンドウを実験するつもりなのだろう。

「マリーは、マリーはまだ死にたくない。」

 3日、リンドウはあの貴族のところに向かっていった。スミレを騙したあの貴族のもとに行ったということは、お父さんは次がもう欲しいのだ。よかった、マリーはまだ選ばれない。リンドウがうまくやればやるほど、マリーは長く生きられる。
 頑張って、応援するから、全力でマリーの為に頑張ってほしい。

「ユリにもいわなきゃ、リンドウがいれば、こわくないよって。」

 マリーは、長くここにいる。ずっと身近な恐怖に苛まれ続けていたから、少し壊れていた。自覚もなく、周りも気が付かず、緩やかに己の心を壊していった。縁を持たぬ半端なマリーは、今日も一人で隠れるように、自分の部屋のクロゼットの巣の中で縮こまる。
 胎児に戻りたい。腹の中でこもっている頃が、幸せだった気がするから。

「誰か、たすけて。」

 掠れた声でポツリと呟いた。鼻を啜る、膝を抱えて体を小さくする。このまま、小さな点になって消えてしまえたら、こんなことを思う自分も気にならなくなるのにな。そんなことを思って、マリーは自分の腕に爪を立てながら静かに心を殺すのであった。



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