20261月末に非公開予定 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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堕界編

マナの本当 

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「なんだここ」
「貴族が乗り捨てた馬車だよ。空間魔法がかかってる」

 中は随分と広い作りになっていた。馬車の中なので、当然キッチンはない.ただ寝て生活をするだけの空間なのだろう無造作に広げられた布に、いくつかのクッション。そして端にはボロボロの本のようなものが数冊積み上がっていた。
 床板は補強を繰り返したのだろう。色味の違う板が重なるようにして打ち付けられている。
 最後の一人が入ったことを確認すると、マナは馬車の扉をバタンと閉めた。

「好きなとこに座って、肉を出して」
「現金なやろうだな」

 イザルが渋い顔をする。差し出されたお盆のような木皿に、先程の焼けた肉を置く。その香ばしい匂いに釣られたのだろう、ジュナの腹がわかりやすく反応を示した。
 
「お前達から食いな。僕は食欲がないから」
「でも、マナは具合悪いじゃん……」
「この体調との付き合い方は心得てるよ。こういう時に食ったら、間違いなく吐く」

 丸椅子に乗せていた仮面を手に取ったマナは、それを顔につけようとして、やめる。獣の姿から元に戻ったイェネドへと目を向けると、その金色の瞳を細めた。

「半魔の癖に、随分と転化がお上手だ」
「マナ、お兄ちゃん達は怖くないよ、僕に優しくしてくれたんだ」
「馬鹿メリー‼︎ お前のせいでマナが力を使ったろ! これで死んじゃったら、メリーは人殺しだ‼︎」
「うるさいよお前達。まだ僕が話してる」

 ギャイギャイと喚く子供達を窘める姿は、本物の親のようであった。それでも、子供たちのようにツノの生えていないマナの姿は、血が繋がっていないことを示している。
 どういう関係性だろう。問いただすようなイザルの視線を感じ取ったのか、丸椅子へと腰掛けたマナが折れそうな足を組んだ。まるでその様子は、どこかの傲慢な女隊長を彷彿とさせる。

「堕界に何しに……って聞きたいとこだけど、その顔は僕たちのことを知りたがってるね」
「……俺はイザルだ。堕界へは魔物を討伐しにきた」
「聞いてもいない自己紹介をありがとう、ああもう、話せってことね。わかったよ、肉のお礼だ」

 シグムントから手渡された肉に齧り付いたジュナへと視線を向ける。小さなお口で頬張っている姿は、マナの表情を幾分か柔らかなものにする。
 ゆっくりとイザル達へと視線を向けた金色は、同じ顔立ちのイザルとルシアンを前に好奇心の色を宿した。マナと同じ半魔を二人も引き連れて、堕界にきた変わり者。イザルたちが素直に魔物の討伐に来たと言っても、信用はされていないのだろう。
 一応は素直に身分を明かす努力をしたのだが、肉の代わりに茶番に付き合っていると言ったマナの態度が全てを物語っていた。

「メリーとジュナはここで生まれたインキュバスのハーフだ。ジュナの方が魔力が高いから、幻惑魔法が使える」
「なんで俺のこと言っちゃうんだよお‼︎」
「僕だって下手くそだけどできるもん‼︎」

 子供二人の主張に、シグムントはというと好々爺のように呑気に微笑んでいる。ジュナに殺されかけたというのに、随分と危機感が足りていない。
 目の前に座るマナからは、むしろ心配の目を向けられている。おそらく頭の出来の方のだ。

「ならば俺も自己紹介をしよう。俺はシグムント、隣にいるのがイザルの弟であるルシアンだ」
「自己紹介合戦みたいになっちゃった。まあいいや、よろしくね。か弱いシグムント」
「なんと、俺はか弱くはないぞ」
「シグは気を抜くとすぐ死にそうになるからか弱いよ」
「イェネドまでそんなことを言う!」

 いくら憤慨しようとも、シグムントのおつむが弱りきっていることは変えようもない事実である。しかし、間抜けを晒しても、一応は元魔王であった。
 柔らかな銀灰色の瞳がマナへと向けられる。その表情は、醜い顔の半分を前にしても驚きもしなかった。だから、気を抜いていたのだろう。
シグムントの一言に、マナはわかりやすく動揺を極めた。
 
「マナ、君は魔女の子か」
「え」

 穏やかな眼差しが、マナの体に広がる呪印を見つめている。
 華奢な体を蝕む理由を、初めて出会ったシグムントが言い当てたのだ。

「なん、で……」
「魔女の子?」

 マナの声に被せるかのように、ルシアンが反応を示す。当然、市井の者の殆どはその病を知らない。魔女の子とは、それ程までに罹患者が少ない病の一つだ。そして、シグムントの言葉にすぐに反応を示したのは、ジュナとメリーであった。

「だまれ人間‼︎ マナのことを馬鹿にするな‼︎」
「ジュナ、すまない。配慮が足りないのは俺の方だった」


 牙を向くように吠えたジュナに、シグムントが慌てて謝る。
 しかし、ジュナの瞳は敵意に溢れていた。マナの境遇を知っているのだろう、攻撃体制に入るように魔力を滲ませる姿を前に、イェネドもまた低い唸り声をあげて身構える。

「やめて、狭いんだから暴れないでよ。……少し驚いただけだ。シグムントに悪気がないのは、なんとなくわかったから」
「……なんだ、その魔女の子ってのは」

 言葉が耳に残ったらしい。イザルが問いかける。
 ジュナはびくりと体を刎ねさせると、渋い顔をしてイザルを睨んだ。宥めるように、マナの手がジュナの背中に回される。小さな背中を撫でる手つきは、まるで記憶の中の母親を真似るかのようであった。

「僕は体に夜魔を宿してる」

 マナの言葉は、室内に沈黙を招いた。それほど、口にした言葉は異質極まりなかったからだ。
 体の中に魔物を飼っているというのは、堕界に暮らす半魔とも違う。魔物によって体を呪われていると同義だ。後天性のそれは、マナの人間としての日常を容易く変えてしまった。

「宿す?」
「夜魔は魔物の中でも特殊でな。イザル達がみたこともないのも無理はない」
「なんだよ、シグムントは魔物のことに詳しいわけ?」

 知った口調のシグムントを前に、マナは不貞腐れたように鼻で笑った。その表情は、すでにこの体を諦めていることからくる自嘲も含まれているのだろう。それでも、シグムントは怒りもしなかった。むしろ、危険すら伴うだろうに、己の身分を明かしてみせた。

「俺は魔族だから、そういう物には詳しいのだ。……怯えさせたかな」
「魔族……? 本物の?」

 動揺したのはマナ達だけだった。それほどまでに、シグムントたちの関係性は異常だということを知っているからだ。
 イザルはというと、またも勝手に身分を明かしたことに渋い顔はしたものの、何もいうことはなかった。
 
「いいな……」

 メリーの素直な言葉が自然に漏れた。しかし、小さな手は慌てて口元を押さえる。
 別に、悪いことなんて一つもない。それなのに撮ってしまった行動は、この堕界での暮らしの窮屈さをありありと表している。

「……なにそれ、人間と魔物が混ざってつるんでんの」
「ああ、とある事情でな。それで、相談なんだが……」

 頬を緩めたシグムントを前に、マナは瞳を揺らした。魔族のくせに、綺麗に微笑む姿を見たからだ。
 沸々と湧き上がる妬心。魔族と言わなくてはわからない見た目も、血の通った人間のように感情表現が豊かなところも、半魔と人間にも分け隔てないところも、マナはシグムントの全部が気に食わなかった。
 シグムントは、堕界のものに許されない。を期待させてしまうような、そんな危うい存在だからだ。マナと違って、人でも魔族でもない中途半端な体じゃない。己の存在がどういうものかを、シグムントはきちんと理解している。
 それは、マナにとって、誰かからまっすぐに愛された証だ。
 
 ずるい。マナは、半魔にもなれなかったのに。
 細い喉仏が上下した。喉が渇いて、体の中の夜魔が、ざわりと動いた気がした。

「気持ち悪い、……」
「え?」
「馴れ合いなんて必要ない、出ていけ‼︎」

 マナの細い首筋に、じわりと痣が広がった。声が反響したかと思うと、背にしていた扉が勢いよく開く。
 あ、と声を出す間もなく、膨れ上がった不可視の圧力に弾き出されるようにして、シグムント達は馬車から吹き飛ばされた。

「──── ‼︎」

 魔法ではない。強い魔物の気配を感じることから、おそらくマナの中の夜魔が干渉したのだろう。イザルは舌打ちをした。一瞬だけ嗅ぎ取ったのは、霧の魔物特有の煤くさい匂いであった。
 
「なんだってんだくそが‼︎」
「シグ‼︎」
「ぐへぇっ」
「ギャインッ」

 着地したイザルの横を飛んでいったシグムントが、ルシアンに間一髪で受け留められる。イェネドはというと、イザルに尾っぽを鷲掴まれ、情けない声で悲鳴を上げていた。

「っ、マナ!」
「引き止めるなメリー! やっぱりジュナは間違っていなかった!」
「でも、っ」
「でもじゃない!」

 マナの尖った声色が、メリーを叱責した。先程までいた馬車の扉は、目の前で大きな音を立てて閉じられた。明確なマナからの拒絶を前に、シグムントの顔色がわかりやすく青ざめた。

「何言ったんだてめえ」
「お、俺がきっと失言をしたのだ。ああどうしよう! このままじゃメリーが怒られてしまう!」
「別に怒られたって関係ねえだろう。ったく、お陰さまでなんの情報もね」
「怒らせたら、不味いんだ!」

 イザルの言葉を遮るように、シグムントが声を上げた。焦って馬車へと走ろうとするその手をルシアンが引き止めるように掴む。

「シグ、落ち着いて。なにがそんなに不味いんだ?」
「め、メリーから霧の魔物の匂いがしたんだ! あのままだと、転化してしまうかもしれない!」
「おい、じゃあ堕界の魔物ってあいつのことか」
「わからない、あの体のままじゃ、確かめようがない……!」

 焦ったような口調で告げられた憶測に、イザルとルシアンは顔を見合わせた。シグムントは鼻が効く。だからこそ、嘘だろうと一蹴することもできない。
 せっかく苦労してここまでたどり着いたのに、なんの成果も得られぬまま警戒をされたわけだ。イザルは眉を寄せると、再び馬車へと視線を走らせる。

「な、なあ、移動しよう。なんか、ここらにいちゃ不味そうな気がする」
「は?」
 
 イェネドの言葉に、ルシアンが振り向いた。見れば、先程までは締まり切っていた家屋の窓がかすかに開いている。まるで様子を窺うように向けられるいくつもの視線の前に、四人は晒されていた。堕界が薄暗いことが理由だけではない瞳の光には、敵意が滲み出ている。

「面倒くせえ、一回立て直すぞ。話はそれからだ」
「でも、メリーが」
「お前が間違えたんだ。ここではてめえの能天気はむしろ嫌味にしかならねえんだよ」

 ここは普通が許されないものたちの、残された居場所だ。いくら声をかけようとも、堕界の外から来た者の言葉は、受け入れられない思想となる。
 しかし、いつまでもこの場で悠長に知っていることも当然できない。四人はイェネドに急かされるように馬車の前から離れたのであった。


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