20261月末に非公開予定 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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堕界編

再びのイマカ

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 風雨に晒されたらしい石壁は、染み込んだ汚れが顔のようにも見える。人が嘆いているような、そんな模様だ。
 廃棄された資材が積み上がり、丘のようになったゴミ置き場──── と思っているのはイザルたちだけで、実際は違うかもしれない──── の一角に、イザル達は来ていた。

「メリーが霧の魔物になる可能性は、どれくらいあるんだ」
「……わからない。それに、身のうちに宿したまま転化しない場合もある。あれはきっかけがないと姿を表さないから……」
「でも、姿を表したら……もうそれはメリーじゃないんだろ」

 イェネドの言葉に、シグムントは小さく頷いた。
 霧の魔物になってしまったら、もう元の姿に戻ることはできない。メリーのように、幼い年齢で悪意の種が発芽してしまった原因は、おそらくこの環境のせいだろう。
 堕界は、陰鬱だ。虐げられたものの行き着くこの場所に、霧の魔物が出ないわけがない。
 
「俺から見たら、メリーよりもジュナとか……そうなんじゃかって思ったけどな」
「イェネドも煤の香りを嗅ぎとってたのか」
「あのね、俺も一応ウェアウルフなんですけど」
「ああ、忘れてた」

 おい。不満そうな顔で、イェネドはイザルを見つめる。
 そうだ、魔物や魔族は本能的に嗅ぎ分けられる。しかしできるのは所詮そこまでで、シグムントのように誰がそうなのかを予測することはできない。

「なあ、メリーもだけどさ、魔女の子って何。あれ言い当てた時から態度変わったじゃんか。そんなにまずいものなのか?」
 
 イェネドの問いかけに、シグムントがゆるゆると首を横に振る。気落ちしているのだろう、いつもの元気は見られない。背中に添えられたルシアンの手のひらが、労わるように薄い背を撫でる。
 
「……魔女の子は、魔物に魅入られた人の子のことを言う……。精霊に魅入られたものを愛し子と呼ぶように、その逆は魔女の子というんだ」
「なら、マナは半魔じゃねえのか?」
「半魔ではないよ……まあ、同じような魔力は持っているだろうが、きっと夜魔に魅入られなかったら、あの子は堕界にはこなかったろうに」

 夜魔は特殊だ。実態がないからこそ、己の力を行使するために他のものに取り憑く。取り憑かれたものは、総じて体の生気を奪われていく。木目のような痣に体を犯されるのが何よりの証拠である。
 
「生気を奪うって……助かる方法はないの?」
「夜魔を取り除く方法はある。だけど、マナを怒らせてしまったからな。おそらく彼の中の夜魔にも敵認定をされてしまっただろう」

 マナが己の声に魔力を乗せて放つことができるのも、夜魔のおかげだ。同じ能力を持つ魔物に、エコーというものもいるが、あれはきちんと己の実態を持っている。
 シグムントは指を絡めるようにして俯くと、思考を巡らせるように目を伏せる。太陽の国から堕界まで、魔物や魔族への偏見はついて回っていた。だからこそ、人間である筈のマナが夜魔に魅入られた時のことを考えると、やるせない気持ちになるのだ。
 これが、偽善であると言われたらそれまでだ。しかし、マナがこれ以上夜魔の能力を使うようなことがあれば、その身は朽ちて死んでしまうだろう。
 だとしたら、危ういのはメリーだけではない。

「なんで面倒くせえ奴ってのは一箇所で群れやがるんだ」
「それ、お前がいうのか。……まあ、俺からしたらジュナとメリーがなんでマナと共にいるのかも気になるがな」
「親代わりなんじゃねえの。普通に考えて、そうだろ」
「ここでは、普通は普通じゃないだろう……」

 どうしたらいいのだろう。シグムントの横で、ルシアンとイザルが会話を重ねる。
 普通が、普通じゃない。というよりも、堕界では普通でいることが許されない。ここは、シグムントが追われた深夜の国よりも息苦しい。
 
「あのさあ、俺一個だけ思ったことあんだけどさ」

 思考に暗雲が立ち込める。そんな頃合いを見計らったかのように、イェネドが声を上げた。
 青年の見た目の割に、イェネドの行動や言動はまだ若い。大きなお耳をつけた頭を傾げると、わざわざ挙手をして注目を集めた。

「半魔って、あれか。シグムントみたいに年齢がちげえとかあるのかな」
「あ? なんだどういう意味だ」
「だからえーっと、見た目と年齢が違ったりすんのかなって!」


 イェネドの問いかけに、イザルやルシアンは正しい答えをいいあぐねた。無論種族こそ違うので歳の取り方も違うだろう。憶測を語るよりも適任がいると、早々に匙を投げる。
 おいシグムント。そう声をかけて振り向けば、当の本人はその表情を驚きに染め上げて動きを止めていた。

「あんなガキでも、俺らよりも年取ってたりすんのか」
「……淫魔は、見た目や年齢を操作できる。いやでも、堕界に落とされるのは」

 そこにしか住めない半魔たちは、堕界を半魔の国としている。体の一部に魔物の特徴を宿すもの、忌み嫌われている魔物と交わり生まれたものたちは、こうして場所での生活を余儀なくされている。
 太陽の国の中にありながら、堕界の住民は国民扱いをされていない。堕界落ちは死んだも同然。生まれたことをなかったことにされる、そんな場所。

「……わからない、確かめて、見ないと……」
「シグムント?」

 のほほんとしたいつもの雰囲気は鳴りを潜め、シグムントは思案するように唇に指を添えて黙りこくる。
 こういうときは、下手に話しかけない方がいい。シグムントがセタンナとのやり取りで見せた視野の広さを、イザルはもう一度確かめたかったのだ。

「……ジュナも、メリーも、二人とも同じような体つきだったよな」
「ああ」
「もう一度、会えないかな。でも、できればマナに……」

 あそこまで嫌われておいて、また会いたいと宣った。何か理由があるのだろう、しかし、シグムント自身もまだ明確ではなさそうだ。
 イザルは面倒臭そうな顔をした。悪気はなかったとはいえマナの地雷を踏み抜いた今、もう普通には接触できないだろう。周りの住民に話を聞く他はない。
 聞き込みがスムーズにできるとしたら、そう考えて、イザルの銀灰の瞳は真っ直ぐに仲間の一人へと向けられた。

「嫌な予感がする」
「イェネド」
「ほらああやっぱり俺じゃないかああ‼︎ グヘェっ‼︎」

 イザルの男らしい腕が、ガシリとイェネドの首に回る。
 半獣人に見えるイェネドが、この中では一番警戒されずに偵察をできるだろう。他に可能性を秘めているのはシグムントだが、まあ手綱はイェネドに握って貰えばなんとかなるか。

「シグムント、角を晒せ」
「ええ!」
「イェネドと一緒にお前も聞き込みしてこい。俺らは人間にしか見えねえから無理だ」
「いけると思うぞ。鬼のような形相じゃないか」
「言っておくがてめえと同じ顔だからなルシアン……」

 作戦会議がいつからか兄弟喧嘩になってしまった。丸投げされた形になったシグムントとイェネドは互いの顔を見合わせる。
 そんなうまいこと、いくのだろうか。堕界に来てから、遠巻きとはいえど住民たちの視線に晒されているのだ。
 イェネドがシグムントのリボンを外す。認識阻害が外れて角は晒されたが、やはり見る人が見れば、人間と共にいた半魔だとわかるかもしれない。せめて、違う人物であると印象付けるような何かがないと。
 イェネドがむすりとした顔でイザルを見やる。やっぱり無理だよと弱音を吐こうとした時だった。

「お前ら今から夫婦な。シグムント、イマカを召喚しろ」
「えぇ⁉︎」
「イマカを?」

 イザルの思っても見ない提案に、イェネドが大きな声をあげる。しかし、その表情は至って真面目だ。納得していないのはルシアンくらいだろう。鬼のような形相を顔面に貼り付けてイザルを睨みつけている。どうやら何か考えがあるらしい。イェネドが情けない顔をして首を振る横で、シグムントはなんとも呑気に声を上げた。

「つまり半魔の夫婦のふりをしろということかあ」
「なんでイマカ出すの⁉︎」
「あいつの体なら赤ん坊くらいには見えんだろ」
「イマカってなんだ」
「俺には暫定奥さんがいるのにい‼︎」

 まるで貞操でも奪われたかの如く嘆くイェネドは、実に鮮やかに無視された。
 ルシアンはというと、一人だけ疎外感を味わっていたようだ。どうやら召喚という単語に使い魔であるとあたりはつけているらしいが、その不服な表情は、これ以上の恋敵を増やしたくないようにも受け取れた。

「シグ、イマカって」
「おら、さっさと出すもんだしな」
「ひぃん……い、イザルが打った!」
「ああ、ルシアンと知り合う前に仲間になったんだよ。イマカってのはシグの眷属だ」

 眷属? 不思議そうに聞き返したルシアンの手に頭を撫でられながら、シグムントは細い腕を晒すように腕まくりをした。
 まだ体の中には二人の魔力が宿ってる。召喚魔法など久しく行ってはいないが、まあなんとかなるだろう。そう、口にすればイザルから疑いの目を向けられそうなことを思いながら、細い指先で虚空に陣を描く。
 ルシアンは、不思議そうな目で光り輝くミミズ──── 本当はシグムントのケイデンシーである──── を見上げていた。それが、徐々に回転し始めると、動きに引きずられるように時空が歪む。

「いでよ、イマカ!」

 鼻の頭を真っ赤に染めたシグムントが、凛々しい声色で眷属の名前を告げた。落書きのような陣が花火のように弾けたかと思うと、虚空から降ってきたのは小さくて緑色の物体だ。
 
「ホギャッ」
「おお、もうすでに役作りに勤しんでおる」
「びっくりしただけだと思うなあ、俺は」

 シグムントの腕の中におさまった、謎の緑色が声をあげた。ルシアンが恐る恐る覗き込むと、それは確かに魔物のようだった。
 細い切れ目が入ったところがグパリと開く。どうやら目玉らしい。ぎょろりと金色の眼球が動き、その瞳にルシアンを収める。思わず引き攣り笑みを浮かべたことが気に障ったらしい。緑色の小さな魔物は、その表情をぐにゃりと歪ませた。

「なんだこれは」
「ソリャコッチノ台詞ダッテノ」
「しゃべった……」

 シグムントの腕の中。むくりと起き上がったイマカが、珍しく晒された立派なシグムントの片角を視界に入れると、その瞳を驚愕に見開いた。

「ツノーーーー‼︎」
「うわ叫んだ」
「わは、イマカは相変わらず元気だなあ」

 イマカとしては、なんで人前で己の存在証明を晒しているのだと言ったところだろう。見ればイェネドも大きな獣耳を晒している。嫌な予感に身慄いするように体をさする姿は、ゴブリンのくせにやけに人間臭い。誰か説明をしてくれ。そう言わんばかりにイマカがイザルへと振り向けば、さらにギョッとした声で叫んだ。

「ゲェエ‼︎ 魔王ガ分裂シヤガッタ‼︎」
「魔王は俺だぞ。うっかりさんめ」
「元、な。ああ、イマカの目の前にいる方がボスの弟でルシヤン」
「ル、シ、ア、ン、だ」

 イザルとルシアンを前に、イマカは薄気味悪いものでも見たかのように顔を歪めると、恨めしそうにシグムントを見上げる。

「アンナ、オッカナイノガ二人……オレァ、コノ現実ヲ受ケ入レタクネエ……」
「ブフっ」
「どこか笑う要素でもあったかイェネド……?」

 ルシアンの不穏な声色に、慌ててイェネドが己の口を押さえた。
 イザルはというと、ただむすりとした顔でイマカを見ているだけであった。無言が余計な不安感を煽る。小さく身震いをするイマカはしっかりと見てしまった。目があった途端にニタリと笑みを浮かべる。不穏極まりないイザルの笑みを。

「お前、赤ん坊役だから」
「ァエーーーーー⁉︎」

 突如として召喚されただけではなく、己の理解の範疇を軽く超えてくる物言いをされて、イマカは久しぶりに悲鳴をあげた。 
 魔物の世界は確かに理不尽である。しかし、こんなにも訳のわからないことを言い渡されることはあまりない。だからこそ、イマカはこれから己の身に起こるであろう事態を前に、ひどく狼狽えた。
 イザルに少しでも良心というものが残っているのであれば、その動揺っぷりを申し訳なく思ったことだろう。しかし、この男にそれを求めるというのは、はなから無駄なのである。

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