20261月末に非公開予定 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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堕界編

秘密の本当

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「マナが死んじゃう!!」

 メリーの声は、悲痛な色を宿していた。緑のお目目に涙を溜めて、ここまで必死に走ってきたのだろう。シグムントの服を小さな手で握り締めながら訴える姿に、あまり時間がないことを理解した。

「行こうシグムント。どうやら急いだほうがいいらしい」
「おいガキ、何があったかはあいつんちで聞く」
「う、うん、ねえシグムントも早く、っ」

 ルシアンとイザルの言葉に、メリーは安心したような表情を見せた。縋るような目がシグムントへと向けられる。その場にいた誰もが緊張感を高める中、シグムントだけは違っていた。

「その前に、正体を明かしてくれないか」

 のんびりとした声が、メリーへと向けられた。
 銀灰色に映されたメリーの表情は、戸惑っていた。シグムントの言っている意味がわからないと言わんばかりに、ふるふると首を振る。

「シグ、何を」
「メリーは、どうやって俺たちのことを見つけた」
「だ、堕界は僕の庭だから……、それよりも早く!!」
「俺には責任があるんだメリー。君が誠意を見せてくれないのなら、俺たちはマナを助けない」
「っ……!!」

 いつもの、のんびりとした声色ではない。シグムントの様子はまさしく、上に立つことに慣れたものの風格があった。

「ずっと気になっていた。メリーが、好きでここにいるわけじゃないのに。と言った時から」
「え……」
「まるで、生まれはここじゃないみたいだなあと思ったんだ」

 シグムントの言葉に、メリーの緑の瞳が見開かれた。
 好きでここにいるわけじゃないのに。これは、メリーがルシアンに放った言葉だ。シグムントは、その時からずっと引っかかっていた。
 なんで、生まれたわけじゃないのに。と言わないのだろかと。
 それでも、そんなこともあるかと思って気にしないでいたのだ。けれど、家に招かれた時、シグムントの違和感は膨らんだ。

「七人兄弟なんだろう、でも他の兄弟の話が、お前達の口からは一度も出てこない」
「あ……」

 その瞬間、イザルたちの表情が変わった。
 すっかり忘れていた。あの時の会話の違和感が、シグムントによって暴かれていく。
 誰かの喉がごくりとなった。顔色をなくしたメリーだけが、シグムントの追求に返す言葉もないように唇を震わせた。

「……せ、説明するから、お願いだから今は来て……」

 喉を振り絞るかのようにして宣った。メリーが、シグムントの違和感を肯定した瞬間だった。
 小さく頷いたシグムントが、イザルへと目配せをする。一度来たことがあれば、転移ができることを覚えていたのだ。
 なるほどそれを見越しての追求か。視線の意味を理解したイザルが小さく溜め息を吐くと、己の体内に残る魔力を確認するかのように目を瞑った。
 
「大丈夫、すぐにつく。イザルが転移で連れて行ってくれるからな」
「てん、い……」

 シグムントの声色が、いつもの穏やかなものに変わる。

「場所はわかるな」
「誰にもの言ってやがる」

 心なしか硬いメリーの表情は、これから起こるであろう面倒ごとに緊張しているのかもしれない。
 イザル足元から、ふわりと光の陣が現れる。強い光源が辺りを照らしたかと思うと、そこに残っていたのは魔力の残滓のみだった。








「ああ!!」

 メリーの悲鳴じみた声が上がった。シグムントの腕から暴れるようにして抜け出すと、一目散に馬車へと走ろうとする。五人の目の前には、靄に包まれた馬車があった。

「離せクソジジイ!!」
「大丈夫、まだなっていない」
「ああ!?」

 幼い声色で、人が変わったように口汚く罵られたのを意に解さない。シグムントは少しだけ痛そうな顔をしたが、その表情の中には安堵も含まれていた。
 
「説明をしろメリー。何がどうしてああなった」
「っ……、それは」

 イザルの問いかけに、メリーが口を開こうとしたその時。馬車の扉が弾かれた。

「遅い、メリー!!」
「ジュナ!!」
「人間に頼ったの!? なんでよりにもよってこいつらなんだ!!」

 飛び出してきたジュナの背後から、追いかけるようにマナが姿を表した。
 木目模様にも似た夜魔を身に宿す証が、右半分の顔を残して侵食している。金色の瞳はギラギラと輝き、細く枯れ枝のような指が、馬車の入り口を鷲掴む。
 マナの様子を見た瞬間、シグムントは己が見誤っていたことを理解した。

「メリーじゃなくて、マナか」
「ああそうだよ!!」
「だから何がだ!」

 状況が読めぬまま苛立つイザルの声に、一度だけ振り向く。シグムントの様子は、逡巡しているようにも見えた。しかし、思考はすぐに切り替わったらしい。再びマナへと向き直ると、メリーの手を離して駆け出した。

「あ、おい!」
「シグムント⁉︎」

 ざわりと赤髪をざわめかせたマナが、ゆっくりと顔をあげる。夜魔に侵食された体で、真っ直ぐにシグムントを睨みつけていた。まだ瞳は魔物のように理性を失ってはいない。シグムントの勘違いでなければ、悪意の種が芽吹いたのは本体ではないはずだ。

「お前なんて呼んでない!! 今すぐここから出ていけ!!」
「体から夜魔を吐き出せマナ!!」
「ああ!?」
「声に魔力を乗せろ!! 得意だろう!!」

 シグムントの言葉に、マナの瞳がくらりと揺れた。この状況に戸惑っているのはマナも同じなのだ。
 マナは夜魔に付け入る隙を与えた。そして、その隙となる気持ちの揺らぎを与えてしまったのは、他でもないシグムントのせいだ。いつになく真剣な顔をしたシグムントが、反響魔法を行使しようとした。マナの声を響かせ、その体から夜魔を剥がそうとしたのだ。
 しかし、シグムントの魔力はすでに底を尽きていた。

「ああ、まずい行使できない!!」
「何がしたいんだてめえは!!」
「は、反響魔法、誰か反響魔法を使えないか!!」
「反響魔法は魔族しか使えないだろうが!! イェネド!!」
「俺のは状態異常付与だけだもん!!」

 悲鳴混じりのイェネドの抗議の横で、イマカも己の口を塞ぐようにして首を振っていた。反響魔法は魔物の使う無属性魔法だ。
 空気を震わせて音を広げる。それが上達すると、イェネドの咆哮のように、状態異常を付与することができる。
 主に二匹以上で行動する魔物なら覚えているのだが、この場にはそれが使えるものがいなかった。

「イマカ、お前ゴブリンならできるだろう!!」
「ゴブリンハ物理シカ得意ジャネーノ!!」

 ルシアンの声に、イマカが言い返す。
 何か他に、夜魔を放つ手立てはないか。焦るシグムントに声をかけたのは、メリーだった。

「よ、夜魔を放って、どうするの……」
「……夜魔がマナの代わりに、悪意の種を宿している。侵食で体を奪おうとしたことで移ったんだ。マナが完全に取り込まれるまでに、夜魔を放たなきゃいけない」
「マ、マナは、治るの……」
「治る。夜魔が放たれれば、マナは普通の人間に戻れる」
 
 シグムントの言葉に、マナの金色の瞳が見開かれた。こちらを拒絶する言葉を受けて、声帯が残っている今が好機だと思ったのだ。
 じわりとマナの瞳から涙が滲んだ。唇を噛み締めるように顔を歪ませると、肺を震わせるようにして声を上げた。

「く、悔しかったんだよお!!」
「マナ……!」
「ぼ、僕はうまくできなかった、に、人間のお父さんと、魔族のお母さんにも捨てられた……!! なのに、お前らが上手に仲間をやってるから……!!」

 マナの言葉に、顔色を失ったのはジュナとメリーだ。
 堕界に落とされてから、人のふりをした魔族に拾われたこと。いつしか父親代わりの人間の男が側にいたこと。魔族と人間の、擬似家族。マナはそれでも幸せだった。それなのに、マナが八歳の時に二人が消えたのだ。
 だから、マナはシグムントたちを突き放した。マナが欲しかったものをたくさん持っている特別な魔族を、一気に嫌いになったのだ。
 魔族なのに綺麗で、優しい。人間と、魔族の垣根をこえて仲間として接している。そんな姿を前にして、初めてマナは自分が惨めになったのだ。いくら欲しくても得られなかった家族の形を、シグムントは手に入れている。人間のくせに魔物を宿す、中途半端な己とは違うのも嫌だった。
 

「なんで歪なのにそばにいるんだ!! なんで、なんで僕ばかり捨てられるんだ……っ、なんで、なんで……」

 ヒック、と嗚咽を漏らすマナの涙が、乾いた地面に吸収される。
 マナの慟哭を、シグムントは黙って聞いていた。異変に気がついたのか、辺りを見回せば堕界の住人たちが様子を伺うように顔をのぞかせていた。
 このまま魔物化して仕舞えば、多くの命に被害が及ぶ。反響魔法を放つ為には、シグムントが魔力をもらう以外手立てがない。そう思った時だった。

「……捨ててなんかない!!」
「え……」

 幼い声が、空気を変えた。
 ジュナが声を上げたのだ。小さな手のひらをメリーと繋いで、瞳に涙をたくさん溜めながら。
 子供に何ができる。唐突な乱入に渋い顔をするイザルが、前に出ようとした時。それを止めたのはシグムントだった。

「てめえこのタイミングで邪魔すんのか……!!」
「見ていろ、俺の予想が当たっているかもしれん」
「ああ!?」

 銀灰色の瞳は、真っ直ぐにジュナとメリーに向けられていた。
 黒い霧が辺りを覆い始める中、二人は真っ直ぐにマナの元へと向かっていく。それは、あまりにも危険な行為だと思われた。
 遠距離から狙撃できるように、ルシアンが弓を召喚する。緊迫した空気が辺りに漂うなか、ジュナとメリーの体は夜魔の放つそれに飲み込まれた。

「ジュナ、メリー!!」

 マナの悲鳴じみた声が、慟哭のように空気を震わせた。


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