20261月末に非公開予定 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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堕界編

異端な心

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「どうなると思う」
「どうなるって、何が」

 イザルの問いかけに、ぶっきらぼうに答えたのはルシアンだ。
 その黒い瞳には、馬車の前で二人を待つように立ちすくむシグムントの姿が映っていた。
 お前の血を、マナに与える勇気はあるのか。そう言ったシグムントは、魔王らしく威厳のある声色だった。真剣さを帯びた声に、あの場の空気が引き締まったように思える。今は、ただ静かに二人が戻るのを待っている。
 少しだけ二人きりにしてほしい。シグムント達はジュナマリアのそんな願いを了承する形で外に出た。

「やりづれえ。くそ」
「今回ばかりは同意する」

 イザルが舌打ち混じりに口にした言葉に、ルシアンが頷いた。イザルの言葉の矛先は、先程からこちらを伺うように見つめてくる堕界の住民たちだ。
 もはやジュナマリア達がここで暮らし続けるのは無理だろう。霧の魔物との一件で、マナのことを危険なものとする目に変わった。この状況の変化を警戒をしているのは、イザルだけではない。
 気味が悪いから燃やそうか。そんな、心無い住人達の言葉を耳にしたのは、イェネドだ。
 堕界は半魔が住む場所だ。魔法を行使して攻撃してくる可能性だってあるだろう。厄介なのは、イザルとルシアンが人であるとバレたことがきっかけだった。

「こっちは、守ってやったのによぉ」
「マナが言っていただろう。ここはそういう場所だって」
「卑屈っぽくて嫌だぜ。くそ、文句言ってきていいか」
「ボス、待てだって言われただろ」

 石こそ投げられてはいないが、堕界の住民たちからの嫌悪感はしっかりと身に受けている。苛立ったように住民たちを睨み据える様子に、イェネドは渋い顔をしてイザルを窘めた。
 格差は心に影を宿らせる。わかっていても、互いの認識が違うだけでこんなにも拒絶されるとは思わなかった。頭が痛そうにため息を吐くイザルに、解決方法なんてわかるわけもない。

「ナア、ナンデオ前ノ親父ハ、ココニ来タンダ」
「あ? そんなこと知るかよ」
「……親父ハナンデ受ケ入レラレタンダ」

 イマカの何気ない言葉に、イザルは黙りこくる。どうやら、答えは持ち合わせてはいないらしい。隣で緩く首を振るルシアンの様子に片眉をあげると、イザルは銀灰の瞳をシグムントへと向けた。

「あ……」

 シグムントの声が漏れた。
 その目線の先では、馬車の扉が耳障りな音を立てる。傷んだ扉の向こう側から、二人が姿を現したのだ。マナの薄い背へ労わるように手を添える。ジュナマリアが顔を上げると、シグムント達へと困ったように微笑んだ。

「……うまくいったのかな」
「さあな」

 イェネドの言葉に、イザルはぶっきらぼうに返す。尻のポケットから煙草を取り出す為に、立ちあがろうとした瞬間のことであった。

「っ、バケモノ、ここから出ていけ!!」

 どこからともなく聞こえてきた怒声は、火球と共にやってきた。
 それは、馬車のコーチへと直撃した。マナとジュナマリアの、二人の住処へと。

「マナ!!」
「何してんだてめえら!!」

 ジュナマリアの声と、イザルの声が重なった。
 燃え上がった馬車を前に、腕の中のマナが小さく悲鳴を上げたのだ。このせまい馬車の中で、マナとジュナマリアは工夫をして暮らしてきた。思い出がたくさん詰まった家が、ごうごうと燃え盛る。
 シグムントが飛び出そうとするのを、ルシアンが駆けつけて止める。二人を助けたいという気持ちを見て見ぬふりをしたわけではない。シグムントが出る必要がなかったから、ルシアンは止めたのだ。

「ジュナマリアをご覧」
「え……」

 ルシアンの制止の意味は、すぐにわかった。マナ達へと魔法を放ったであろう、堕界の住民から悲鳴が上がったのだ。
 何が起きた。声のする方向へと、シグムント達は弾かれるように振り向けば、数匹のキース達が一部の住人達へと襲いかかる光景が広がっていた。

「森キースじゃん、なんでこんなとこに!」
「森キースナラ、ボスガイルハズダ!」
「ボスなら、お前らの背後にいるだろう」

 イザルの銀灰の瞳が見つめる先には、緑の瞳を光らせて何かを呟くジュナマリアの姿があった。

「七人兄弟って、あれのことか」

 呆気にとられたように、シグムントが呟いた。
 見れば、ジュナマリアの背中からは羽が消えている。森キースが集まって羽に擬態していたらしい。淫魔が使役する蝙蝠型の魔物は、淫魔の体を通して現れると聞いていたが、実際に目の当たりにするとは。
 翼を広げた森キース達が追いやる住民達が、一塊になる。五人ほどの半魔の大人がイザル達の目の前に転がり込んでくると、六匹の森キース達はその体を地面に落ち着け、牙を剥き出しにして威嚇した。

「もういいよ、ありがとう」

 森キース達が、集まるようにしてジュナマリアの背中へと羽の形に収まる。冷たい色を瞳に宿したジュナマリアの声に、住民達はこわばったような表情を見せた。
 半魔もまた、人と同じく魔族や魔物を忌諱しているのだ。目の前に現れた翼を持つ男を前に、住民の一人は悲鳴を上げるように叫んだ。

「で、でていけ魔族‼︎ お前らのせいで、お、俺たちの生活はぐちゃぐちゃだ‼︎」
「ああそうかい、ならば出ていくよ。こんなところにマナを置いていけば殺されかねないしな」

 鼻で笑うかのように宣ったジュナマリアの言葉に、腕の中のマナが反応を示す。
 己の肩口に埋めるようにしてマナの頭を抱き締める。その姿は、本当に大切なものを腕の中に仕舞い込むかのようであった。

「せせこましい生き物め。お前らは上辺だけしか受け取らない。自分が一番かわいそうなままでいたいなら、ずっと狭い世界で生きればいい」
「お前だって半魔のふりをして生きてきたくせに、何を偉そうなことを!」
「ここで生きていたからわかるんだよ馬鹿たれが。俺は、堕界に寄り添った。守りたいものがあったから、同じ目線で物事を見た。お前らが憎む魔族の男にそれができるのに、お前らはずっと成長しない」

 お前たちも、人間と同じことをしているんだよ。マナの言葉は、堕界で生きるもの達を黙らせる。それが、答えであった。
 
「何かを変えられるのは、忌み嫌われる異端だけだ」
「違いねえ」

 ジュナマリアの言葉に、反応を示したのはイザルだ。口元を釣り上げて、にいと笑う。
 鋭い光を宿す銀灰の瞳は、住民達へと向けられる。何かを変えられる可能性のきっかけは、己にしか見つけ出せないものだ。それを行わない者達が、ただ文句だけを宣う姿は見ていて気持ちの良いものではない。
 今までの決められた日常から離れてしまうのが怖い。この感覚は隔たりなく全ての者達が持ち得ているはずなのに、誰かが真っ先に変わろうとすると途端に異端になる。
 イザルもまた、ジュナマリアと同じであったからこそ隣に並んだのだ。瞳の強さが。ただ固まるだけのもの達を真っ直ぐに射抜く。

「都合が悪いなら、変わって見せろ。その努力をしねえで文句だけ言うやつは、一生ここにこもってな」
「俺たちはここから出ていく。目的は果たされたしな」
「わかったらさっさとあっちいけ! 魔族がジュナマリアだけだと思うなよ!」

 グルル、と険しい顔をしたイェネドが唸る。赤目をぎらつかせると、見せつけるように両手を獣化させた。
 一塊になっていた数人の半魔の大人は、土を削るかの如く弾かれたように立ち上がると、散り散りに逃げ出した。しかし、住民の中にはこちらを何度も何度も振り返るようにして見るもの達もいた。
 きっと、堕界の日常を犯したのはイザル達だ。悪者になっていることも、しっかりと自覚している。それでも、ジュナマリアもイザル達も、住民達へ攻撃だけは向けようとはしなかった。それをしてしまったら、何も解決しないことだけはわかっていたからだ。
 この環境から出たいという意思は自由だ。その意志が持てないのなら、理由を作ればいい。悪い記憶ほど意志に影響を及ぼすのだけは皮肉な話だが。

 堕界の住民達が目の前から去っていく様子を、ジュナマリアとマナは見つめていた。背後で燃え崩れた、二人だけの巣穴であった馬車へ振り向こうともせずに、ただ景色を焼き付けるかのように前だけを見つめていた。
 




 
「で、行く当てはあるのか」

 切り出したのは、シグムントだ。
 燃え滓になった馬車の後片付けを全員でしたのは、巻き込んでしまったという責任もある。イザルたちがここに来なければ、きっと家を燃やされることもなかったのだろう。
 申し訳なさそうに宣うシグムントを前に、ジュナマリアは何の気なしに宣った。

「覚悟は決まったよ。俺、マナと二人で生きてく。あんたのおかげでな」
「それは、つまり」
「別に俺が掟破ったって迷惑かけないだろ。最初っからはぐれ淫魔みたいなもんだし。」
「てことは、マナに血を飲ますの‼︎」

 素っ頓狂な声をあげて、イェネドが食いつく。淫魔としてのジュナマリアの能力の半分をマナに与えるのだ。寿命は等しく分けられることから、マナの命も生きながらえる。
 その選択を、二人の時間で決めたらしい。気恥ずかしそうなマナを見る限り、本人も同意の上のようだった。

「人間で言うと、結婚っていうのかな」
「育て親と結婚って字面やばい」
「だって俺、他に言い方わかんねえもん」

 マナの言葉に、ジュナマリアが不服そうに宣う。
 そんな二人の様子を前に、シグムントはわかりやすく瞳を潤ませた。己の提案が、二人の選択肢を狭めてしまったことを気にしていたらしい。瞳に涙を溜めたまま堪える表情を前に、ジュナマリアが呆れた目を向ける。

「んだよ、言い出しっぺのクソジジイのくせに。まあ、住むとこはここから探さなきゃだけど」
「ナラ、木漏レ日森ニ来イヨ。俺ガ面倒ミテヤル。」
「木漏れ日森?」
「鼻水拭こうか……」

 鼻を啜りながら、シグムントはイマカの言葉を復唱した。
 ルシアンによって、だらしなくなった顔を整えられながら耳を傾ける。どうやら、イマカの仲間たちが住んでいた場所に来ないかということだった。

「マナモジュナマリアモ、人間ニ見エルダロウ。金モ稼ゲル」
「金も? 生活用品とかどうすんのさ」
「アルゾ。人間ノドロップアイテムデ、マカナエル」

 それはきっと、木漏れ日森の深部で帰れなくなった討伐者たちの落とし物やら遺留品のことだろうと思ったが、シグムントは何も言わなかった。

「アリかもな。木漏れ日森は管理しきれねえ部分も多い。お前らがあそこに住んでくれりゃあ、少しは事故も減りそうだ」
「俺、人間のために働くつもりはないんだけど」
「考え方を変えてみるのはどうかな。悪そうな奴を懲らしめて、森の厳しさを教えてやるとか」
「ソウダ。俺ト一緒ニヤロウゼ」

 どうやらシグムントに森へ返されてから、イマカはイマカなりに森について考えるようになったのだという。ギルドで討伐依頼が出されるのは、そもそも魔物の素材が足りないからだ。
 もしそれが事前にわかれば、弱い魔物たちは生き延びることもできる。初めて出会った時に、人間の捜索依頼で森に入ったイザルたちに気付かされたというが、やはり地頭がいい。

「オ前ラガ、調ベテクレルナラダケドナ」
「それくらいなら、危なくないからいいけど」
「ナラコウショーセーリツダ! 木漏レ日森へ来イ‼︎」

 ビョンと跳ねて喜ぶイマカに、ジュナマリアとマナは顔を見合わせた。イマカの気さくさに、ゴブリンに対する価値観が変わったのだ。マナも魔素の濃い森で生活できれば体も安定するだろう。
 イマカの提案に、シグムントは嬉しそうに愛好を崩した。先程までは泣いていたというのに、相変わらずにシグムントの情緒は忙しないままだった。


 
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