20261月末に非公開予定 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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堕界編

下手くそな愛情

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 招かれた馬車の中。ジュナマリアは、マナを膝に抱いたまま床に腰を下ろしていた。
 あの後、再び招かれたマナの家。静かな空間に混じる啜り泣く声と、説明を求めるようなイザルたちの視線を身に受けて、ジュナマリアは詰めていた息を吐き出すように口を開いた。

「……良かれと思ったんだ。そっちの方が、マナが自立すると思って」
「ぼ、僕は望んでない……っ」
「悪かったよマナ、俺だって人間の子供育てんの初めてだったから、どうしていいかわかんなかったんだよ」

 途方に暮れたように宣うジュナマリアの口調には、確かな反省の色が滲んでいた。緑色の瞳が、チラリとイザルへ向かう。先ほどから何度もジュナマリアが目配せをするせいで、イザルの眉間のしわは増えていた。

「ことの顛末をはなせ」
「ええ、もう……」
「お、おじさん、は……っ」
「アイゼンの居場所は知らないよ」

 マナの言葉に返事をする。ジュナマリアの口にした名前に、小さく息を呑んだのは誰だったのか。
 アイゼン。堕界に来てから、三度目の名前だ。シグムントの瞳が、窺うようにイザルとルシアンへと向けられる。この二人がアイゼンという名前に縛られているのを知っているからこそ、様子が気に掛かったのだ。
 案の定、ルシアンの顔はこわばっていた。
 ダダの家での一件から、父親でもあるアイゼンへの嫌悪感はおさまってはいないらしい。ルシアンに寄り添うように腰に手を添えると、悔しそうに顔を歪めて俯いた。

「マナの言うおじさんが俺らの親父ってことも理解した。もう何も驚かねえよ。あいつのねぐらがここだったんだな」
「ああ、やっぱそう。あんた見て似てると思ったんだ。ま、他人のそら似だと願ってたんだけどね。そんな都合よくも行かないか」
「ジュナマリア、君と親父の関係はなんだ。まさかとは思うが」

 ルシアンのこわばった声に、ジュナマリアはくたびれたように笑った。
 腕の中のマナが、金色の瞳で睨みつけるようにルシアンを見つめる。その手には、しっかりとジュナマリアの髪を握り締めていた。怯えるマナの手を取ると、ジュナマリアはそっと指先に唇を寄せた。

「マナを育てたのは俺だけじゃない。俺はアイゼンとマナを育てた」
「実の息子ほったらかしてか」
「八つ当たりはよしてくれよ。こっちは事情も聞かされてないんだ。お門違いだろう」

 翡翠の目を伏せるようにして、ジュナマリアは口を開いた。
 アイゼンは、ジュナマリアがマナを育て始めてから三年目に出会った。淫魔が子育てをするのが信用できなかったのか、それともただのおせっかいかは知らないが、なぜか二人に興味を示したのだ。
 
──── 淫魔らしくねえことをする。何が目的だ

 今でも鮮明に覚えている。初めは、いけすかない野郎だなとも思った。
 実の親から、夜魔に魅入られたと堕界へ捨てた可哀想なマナ。最初は、精気を効率よく奪うための道具にしていた。
 子を持つ未亡人が堕界に来た。そういう人間のふりをして、夜な夜な家を訪ねて男どもの精気を奪う。口が合わなければ、今度は堕界の外の森で狩りをする。
 己の容姿を存分に活かした暮らしは実に充実していて、気まぐれに始めた子育ても悪くなかった。
 アイゼンに出会ったのは、堕界の外の森の中だ。いつも通り、旅人だと思ってジュナマリアが近づいた。まさかそれが己の運命を変えるものだとも知らずに。

「お前……」
「俺を見て吐き気を覚える? そりゃあ、お前の親父ともセックスをしたからな。こっちは人間の三代欲求満たしてやったんだ。ギブアンドテイクだろうよ」
「お前が人間の生き方語ってんじゃねえよ」
「出たなあ偏見。結局俺らが迷惑かけずに生きようが、文句しか出ないんじゃないか。」

 ジュナマリアが鼻で笑った。投げやりな態度は、これから先の読めぬ未来に怯えているようにも見える。それでも、腕の中のマナだけはしっかりと抱きしめていることを見れば、ジュナマリアがマナに対してどう思っているかなんて、一目瞭然だった。

「怯えなくていい」
「クソジジイ、魔族のくせに偽善者ぶりやがって」
「ジュナマリアはきちんと考えて行動したのだろう。アイゼンが消えてから、何がマナに必要なのかをきちんと考えたのだろう?」
「……お前に何がわかんだよ」

 シグムントのまっすぐな瞳に、ジュナマリアは渋い顔をした。
 腕の中のマナが、顔色を窺うように己を見つめてくる。その金色の瞳に気がつくと、ジュナマリアはマナを抱く腕を強めた。

「……俺は知らねえもん。どうやったらマナが寂しくなくなんのか」
「もしかして、友達作ろうとしてくれたの……?」
「あ、いや……」

 マナが反応を示す。身に覚えがあったのだ。マナは一度だけ、友達が欲しいとジュナマリアにいったことがある。その時は、本当に深い意味などなかった。
 きっかけは、ジュナマリアとアイゼンが、大人になるであろうマナについて話していた時だ。これから先、きっと一人で生きていく時期が来る。マナは二人の会話からそんな言葉だけを抜き取って、一人で顔を青ざめさせたのだ。 
 アイゼンも、ジュナマリアも、マナだけの家族だった。小さな頃だから記憶はないけれど、捨て子という肩書きを背負うマナにとって、血のつながらない二人は本物の親も同然だった。
 だから、マナはアイゼンにお願いをした。ここを離れないで、本当のお父さんになってと口にしたのだ。

 それでも、アイゼンはマナの望んだ答えをくれることはなかった。俺を親として見るのはやめろと言って、マナの前から姿を消したのだ。

「だから、言ったんだ。親がダメなら、友達が欲しいって。ずっとそばにいてくれる、僕だけの友達が欲しいって」
「……だから、友達を探そうと思った。親がダメって言うから、じゃあ俺が他人のふりしたらマナのそばにいられるかなって」

 マナの吐露を前に、ジュナマリアの独白が重なる。
 ジュナマリアは分からなかったのだ。マナにとって、ただ少しの間だけ時を重ねたアイゼンが、どれ程までの存在だったのかを。

「あいつが居なくなったのは、マナのせいじゃないよ」
「僕がお父さんになってって、いったからでしょ」
「違うよ、もう用はなくなったんだ。元々長居するつもりもなかった。あいつがここにきたのは……」

 そう言って、ジュナマリアはイザルとルシアンへと視線を向けた。
 難しい顔をしたまま、黙りこくる。アイゼンの血が入った本当の息子を前に、言葉を詰まらせた。

「……とにかく、俺は良かれと思ったんだ。力を分ければ、体は子供に見せられる。だからマナの友達になれば、寂しくないだろうって」
「ジュナマリアのばか、僕は、姿なんか変えてほしくなかった。ずっと、二人の子供のままでいたかった……っ」

 震える吐息を漏らして俯く。マナの様子に、ジュナマリアは己の考えの浅はかさを自覚させられた。
 ジュナマリアは淫魔だ。だから、人間に考えを寄せることができない。極端に偏ってしまったからこそ、マナの心の傷を深めてしまった。
 適当に利用させてもらうだけのつもりが、いつしか本物の愛情を向けるようになった。柔らかで小さな手のひらを向けるマナに、ジュナマリアは愛しいを覚えてしまったのだ。

「甘えてんじゃねえよ」

 低く、かすれた声がポツリと漏れた。マナの言葉を聞いて、イザルは腸がじくりと焼けたのだ。
 庇護欲を掻き立てる、華奢な体。マナを守る大人は、姿を変えてもずっと側にいた。それは、イザルには経験のないものだ。だからこそ、しくしくと愚図るマナを前に、飲み込みきれない本音が出た。

「え……」
「子供のままでいたかった? お前が特別でいたかっただけじゃねえか」
「イザル、やめろ」
「なら俺はどうだ。生まれた時から、親父の顔すら知らねえ。ここにいる、あいつと関わった奴らの中で、俺だけが……‼︎」

 吠えるようにイザルが宣ったそれに、誰も言葉を返すことはできなかった。
 静まり返った室内で、舌打ちをしたイザルの苛立ちだけが鮮明に感じ取れた。言うつもりは無かったのだろう。大きな手のひらで顔を隠すと、気持ちを落ち着かせるかのように、深いため息を漏らした。

「……お前には、そいつがいんだろ。欲張るんじゃねえ」
「お前……」

 指の隙間からマナへと向けられるイザルの眼光は、鋭く光る。口を引き結ぶマナが静かに涙を流す中。ルシアンだけはイザルを見つめていた。

「興醒めだ。用事は済んだなら、もういいだろ」
「ま、待てって。俺らはこれから、どうすれば」
「知るか。マナはもう半魔じゃねえ。てめえが連れてここからでろ」

 突き放すようなイザルの言葉に、ジュナマリアが悔しそうに顔を歪める。夜魔の呪いを解いた今、マナは人間になってしまった。
 霧の魔物化した夜魔だけが消滅したのだ。しかし、夜魔が抜けた体では決して長く生きられないだろう。
 人間になった今、堕界では暮らせない。人間に虐げられてきたものたちがマナに向けるのは憐憫ではなく、間違いなく恨みの矛先だ。事態は決して好転したわけではない。難しい顔をして黙りこくるジュナマリアに、マナは言った。

「……本当なら、もうずっと昔に死んでたんだよ。最後までジュナマリアがそばにいてくれるのなら、僕はここにいてもいい」
「ここまででっかくなったのに、そんなこと言うなよ‼︎」
「いいんだ。だって、ここはそういうところだろう?」

 泣き腫らした目元を緩めて宣う。そんなマナの様子に、ジュナマリアは泣きそうな顔で唇を引き結ぶ。このまま諦めていいわけがない。隣で見てきたマナは、いつでも物分かりがよく優しかった。生きたいと願うことが許されてもいいはずだ。それなのに、こんな時まで良い子を演じなくてもいいじゃないか。
 ジュナマリアのない頭では、なんの手立ても浮かばない。情けない顔を晒すのも厭わずに、知恵を求めるようにシグムントへと目を向けた。

「……生きながらえる方法はある。だけど……」
「あるんなら、教えてくれよ‼︎  あんた、こんだけ種族問わずに引き連れて歩いてんだ。知恵がないわけないだろう‼︎」

 ジュナマリアの思いは、悲鳴に近かった。
 腕の中のマナの体には、魔力が足りない。人として保有する分の魔力量じゃ到底足りないのだ。ポーションで補ったとしても、それは一時的なものになるだろう。長い間夜魔と一体化していた体が、魔族と同等の魔力量を望むのは必然だ。
 シグムントの目にも、マナが危険な状態だと言うのがわかっていた。改めてジュナマリアへと向けた瞳は、覚悟を問うかのように真剣なものだった。

「……ジュナマリア。お前の血を、マナに与える勇気はあるのか」
「っ……お、前」

 銀灰の瞳が、真っ直ぐにジュナマリアを射抜いていた。人間からしてみれば、魔族の血を受け入れることの危険性は計り知れない。無知を晒さぬように黙りこくるイザルとルシアンの目の前で、ジュナマリアだけが言葉の意味を理解した。
 



 
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