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堕界編
愉快な出会い
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随分と治安の悪い風体のものが歩いている。そんな町民の一言から、見事にイザル達は不審者認定を受けた。
理由は実に簡単で、単純にイザルとルシアンの顔面が恐ろしく不機嫌だったのと、やたら大きな狼に跨るシグムントの身なりが、見方によっては奴隷に見えたからだろう。
シグムントの頭の角を隠すように、趣味の悪いとんがり帽を被せている。イザルが以前倒した、プリ・ヴンと呼ばれるアンデット系の魔物から頂いた汚れた帽子だ。
市場価値は低く、強いていえば防水くらいしか機能のないその帽子を、堕界で汚しまくった外套と共に纏っている。本人は特に気にはしていないようだが、擦り切れた服の裾から見える細い足には不恰好なブーツ。こけて擦りむけたらしい膝を、生地の破れた部分からちらりと覗かせている姿は、みずぼらしい以外の何ものでもない。
そんなシグムントを挟むように、耐久だけはしっかりとした装備を纏うイザルとルシアンが歩いているのだ。周りから見ても、非合法な奴隷商に見えなくもない。
「第一優先は間違いなくシグの装備だな」
「堕界でもねえってのにこそこそしやがって。ぶっ飛ばしてやろうかったく」
「俺はお腹すいたなイザル。ククルストックに飯屋はないのか」
まさか周りから奴隷扱いされているとは思わない。シグムントはプラプラと足を揺らしたまま、なんとも呑気に宣った。
シグムントがこんな具合じゃ、宿で身形を整えることも難しいだろう。イザルはため息を吐くと、道を譲るように一行を避ける町民達に舌打ちをした。
「ククルストックの武器屋って言ったら、あのおじさんのところじゃないか?」
「あいつんとこ以外にもあるぜ。つっても、前泊まった宿とは反対方向だ。町の出口の手前に一軒」
「なんでまたそんな立地に」
「木漏れ日森に近い方が税が高いのさ。あそこは町民も利用するからね。町の出口方面だと、利用するのは依頼をこなしにきたもの達くらいだ。収入が不安定だから、出口の方が税は安いのさ」
「ほお、ルシアンは頭がいいんだなあ」
イザルの言葉に補足するように、ルシアンが答えた。
感心するようなシグムントの反応ににっこりと微笑むと、ルシアンはイザルへと嫌味な笑みを浮かべる。
「おらさっさと行くぞ。シグムントてめえこれは貸しだかんな」
「霧の魔物検知器として借金はチャラにしてもらいたい!」
「待て、二人はなんの話をしているんだ」
イザルとシグムントの訳のわからないやり取りに、ルシアンが戸惑った。
てめえの食い扶持はてめえで稼げ精神のイザルにとっては、シグムントにかかる費用を補填するのは不本意なのには変わりない。しかし魔力がないから戦えないというのは理解している。しかし、しょうがないよねと甘やかすのは負けた気がすると言った、なんとも複雑な感情にイザルは振り回されているのだ。
だからこそ、シグムントに金がかかりそうな気配がするたびに、イザルはこうして意地悪を言う。半分冗談ではあるのだが、顔が本気すぎて額面通りに受け取ってもらえたことはないのだが。
そんなやりとりをしているうちに、随分と歩いた。そろそろククルストックの出口が見えてきてもいい頃である。ここまで来るのが早かったのは、見事に町民達から避けられていたからだろう。
「ぁわゎ」
「なんだイェネド。おしっこか」
「グゥウ……」
シグムントの真下から、イェネドの不服げな声がした。
見れば、赤い瞳は一点に集中するように向けられている。こんな町中で、イェネドは警戒するように毛を膨らませた。
イザルとルシアンは、互いに目配せをする。ルシアンがそっと剣の柄に手をかけたのを確認すると、イザルは探知魔法を発動させた。
銀灰の瞳が光る。術を発動したとたん、視界は瞬く間に反転したように暗くなった。緑色をした光の線が、波を描くかのようにゆっくりと地べたを滑る。出口付近、大きな木の影に魔物の気配を感じ取った。
「……魔物がいる」
「ここで騒ぎは起こせない。どうする」
「お話をすればいいんじゃないか?」
「あ?」
シグムントの素っ頓狂な答えに、イザルは渋い顔をした。何を言ってやがると口にしようとしたその時、あろうことかシグムントはイェネドからべしょりと落ちた。
「おまっ、どん臭えんだから一人で降りようとするなよ」
「いてて、でもお話しするなら同じ目線がいいだろう」
「シグ、敵かもしれないんだから警戒しないと」
「ううん、まあ見ておれば良い」
ルシアンの手を借りて立ち上がったシグムントは、裾の汚れを取り払う。そのままひょこひょこと魔族がいるであろう場所まで歩み寄ると、長い銀髪を揺らすよにして木陰を覗き込んだ。
「やあやあ、君はそこで何をしているんだ」
「おわあああ‼︎」
木陰にいた魔族は、突然声をかけてきたシグムントに驚いたらしい。わかりやすく地べたへと転がった。
男の悲鳴に、イザル達が駆け寄ってくる。シグムントの背後から顔を出すように姿を現すと、麦わら帽子を深く被った魔族の男はびしりと動きを止めた。
「あーー‼︎ 魔王様‼︎ なんで人間界に‼︎」
「む、お前はヒネクレか」
「なんだ、知り合いか?」
シグムントによってヒネクレと呼ばれた男は、麦わら帽子のつばを持ち上げるようにして顔を見せる。なんとも平凡な顔だ。人間と言われても、疑うこともなさそうだ。イェネドが魔物の匂いに反応を示さなかったら、完全に見落としていただろう。
「ヒネクレは俺が人間界に向かわせた魔物屋だぞ。前に話したことがあるだろう」
「どうも、行商やってるケットシーのヒネクレです」
「ケットシー?」
ルシアンの疑問の声に、ヒネクレは照れ臭そうに後ろ手に頭を掻いた。
ケットシーとは、猫型の魔物だ。人型になるだなんて聞いていない。そんな疑問をしっかりと眼差しで受け取ったらしい。ヒネクレは疑われるのも無理はないというと、被っていた麦わら帽子を外した。
「な」
「これを被ると人間に化れるんです」
「すげえな……」
麦わら帽子を外した瞬間、ヒネクレの体は二足歩行の黒猫へと姿を変えた。どうやら幻覚魔法に認識阻害の二重がけをしているらしい。何気ない麦わら帽子が、とんだ魔道具だ。
驚愕を顔に貼り付けたイザルとルシアンを前に、再び人間の姿に戻ったヒネクレはニカリと笑った。
「ここで出会ったのも何かの縁でしょう。どうですか、何か買っていきません?」
「待てヒネクレ、俺はお前に言わねばならないことがある」
「なんですか。まさか魔王をお辞めになったとかではないでしょうね‼︎」
ヒネクレがどこからともなく取り出したのは。大きな旅行鞄だ。魔物のくせに随分と愛嬌のある振る舞いで、冗談めかしに行ってのける。
細い目を緩ませて尾を振るヒネクレを前に、シグムントは照れ臭そうに頭を掻いた。
「そのまさかなんだ。俺はもう、魔王様は引退した」
「またまたそんな、だってあなた様が魔王でなくなったら、誰が後釜になるのです」
「いやだから本当なんだ。俺はもう魔力が使えなくてな」
「いやいやいやいや」
申し訳なさそうな顔をして宣うシグムントを前に、ヒネクレは心底面白い冗談だと言わんばかりに取り合わない。
風を送るように手を揺らすヒネクレの姿に、シグムントは仕方なく被っている帽子へと手をかけようとした。
「シグムント」
「ヒェ……」
イザルの底冷えする声によって動きを止められた。その帽子を外したら、どんな目に遭うかわかっているんだろうなと言わんばかりの様子に、シグムントは分かりやすく萎縮したのだ。
そんな元魔王であるシグムントの様子に、ようやく何かがおかしいと気がついたらしい。ヒネクレはキョトンとした顔をすると、糸のように細い目でイザルを見上げた。
「人間、もしかしてお前が魔王様をテイムしたとか言わないよな」
「テイムじゃねえ。こいつが深夜の国追い出されたっつって泣きついてきたんだ」
「おい待て、俺には連れてきたとか言ってなかったか」
「ち」
ヒネクレの一言によって、イザルの嘘がルシアンにバレた瞬間であった。
しかし、問題はそこじゃない。ヒネクレはみるみるうちに顔を青褪めさせると、両手で頬を覆うようにして叫んだ。
「てことは次代はディミトリ様ですかいやだあああ‼︎」
「しー‼︎ 静かにしろヒネクレ‼︎」
「おっと僕としたことが」
シグムントの言葉に、ヒネクレが手で口元を抑える。
聞き慣れない言葉を前に、イザルとルシアンは顔を見合わせた。わかりやすく狼狽えるヒネクレから察するに、ディミトリという魔族はあまりいい奴ではないらしい。苦笑いを浮かべるシグムントを前に、ルシアンが問いかける。
「それは、シグのなんなの」
「話せば長くなるというか……、あ。ヒネクレ、俺の角を隠せる魔道具はないかな。俺は人間だということになっているんだ」
「ああ、ありますよ。……でもタダじゃなあ……。僕欲しい素材があるんですけど、一緒に採りに行ってくれますう?」
シグムントの一言で鞄を漁ったヒネクレは、ベレー帽のようなものを取り出した。
細い目でシグムントを見つめる。ヒネクレは元魔王でも、魔道具をタダで上げるなどのえこひいきはしないのだ。
「ああ、構わないぞ」
「俺は構うんだよ馬鹿野郎が」
「ひゃいんっ」
「うわ痛そう‼︎」
ごちんとイザルからゲンコツをくらったシグムントを前に、ヒネクレが反応を示す。
イザルはというと、話の主導をシグムントに握らせたくはなかったらしい。それもそうだ。シグムントはなんでもすぐに安請け合いをするきらいがある。
「俺たちはカルマインに行くんだよ。てめえに付き合って油売ってる暇はねえんだ」
「油なんて取り扱っておりませんが」
「イザル、人間の言い回しは俺たちには伝わらないこともあるぞ」
「……」
イザルの顔がクシャッと歪む。なんで俺が変なやつを見るような目で見られなくちゃならんのだ。そう言わんばかりの表情だった。
その真下では、先ほどまでおとなしかったイェネドが、ぬっと顔を出した。紅い瞳でヒネクレを見つめる。無言の抗議もしっかりと受け取ったらしいヒネクレが、やだなあ、と口を開いた。
「僕だってカルマインに行商に行くんですよ! いえね、マイコニドの素材を採りにいきたいんですけど、一人じゃなかなか手を出しづらいじゃないですか」
「カルマインにマイコニドが出るのか?」
「おや、黒目の人間。知らないんですか。カルマインは戦地があるでしょう? そこの土壌なんて、マイコニドが育ちやすい栄養がたっぷり‼︎」
カルマインの戦地とは、過去に魔物と人間がぶつかったユイド平地のことを言うのだろう。二人の父親であるアイゼンも、その土地で魔物と戦ったと聞いたことがある。
つまり、魔物やら人間の死体が転がった土地を栄養と言っているのだ。魔物であることを改めて自覚させられるような発言に、ルシアンの口元がヒクリと震える。
「マイコニドの親玉。グランドマタンゴを倒してくれたら、この帽子を差し上げます」
カルマインに向かうなら、どちらにしろユイド平地は通りますもんね。そう言ってにっこりと笑ったヒネクレに、イザルは再びシグムントを叩きたくなった。
理由は実に簡単で、単純にイザルとルシアンの顔面が恐ろしく不機嫌だったのと、やたら大きな狼に跨るシグムントの身なりが、見方によっては奴隷に見えたからだろう。
シグムントの頭の角を隠すように、趣味の悪いとんがり帽を被せている。イザルが以前倒した、プリ・ヴンと呼ばれるアンデット系の魔物から頂いた汚れた帽子だ。
市場価値は低く、強いていえば防水くらいしか機能のないその帽子を、堕界で汚しまくった外套と共に纏っている。本人は特に気にはしていないようだが、擦り切れた服の裾から見える細い足には不恰好なブーツ。こけて擦りむけたらしい膝を、生地の破れた部分からちらりと覗かせている姿は、みずぼらしい以外の何ものでもない。
そんなシグムントを挟むように、耐久だけはしっかりとした装備を纏うイザルとルシアンが歩いているのだ。周りから見ても、非合法な奴隷商に見えなくもない。
「第一優先は間違いなくシグの装備だな」
「堕界でもねえってのにこそこそしやがって。ぶっ飛ばしてやろうかったく」
「俺はお腹すいたなイザル。ククルストックに飯屋はないのか」
まさか周りから奴隷扱いされているとは思わない。シグムントはプラプラと足を揺らしたまま、なんとも呑気に宣った。
シグムントがこんな具合じゃ、宿で身形を整えることも難しいだろう。イザルはため息を吐くと、道を譲るように一行を避ける町民達に舌打ちをした。
「ククルストックの武器屋って言ったら、あのおじさんのところじゃないか?」
「あいつんとこ以外にもあるぜ。つっても、前泊まった宿とは反対方向だ。町の出口の手前に一軒」
「なんでまたそんな立地に」
「木漏れ日森に近い方が税が高いのさ。あそこは町民も利用するからね。町の出口方面だと、利用するのは依頼をこなしにきたもの達くらいだ。収入が不安定だから、出口の方が税は安いのさ」
「ほお、ルシアンは頭がいいんだなあ」
イザルの言葉に補足するように、ルシアンが答えた。
感心するようなシグムントの反応ににっこりと微笑むと、ルシアンはイザルへと嫌味な笑みを浮かべる。
「おらさっさと行くぞ。シグムントてめえこれは貸しだかんな」
「霧の魔物検知器として借金はチャラにしてもらいたい!」
「待て、二人はなんの話をしているんだ」
イザルとシグムントの訳のわからないやり取りに、ルシアンが戸惑った。
てめえの食い扶持はてめえで稼げ精神のイザルにとっては、シグムントにかかる費用を補填するのは不本意なのには変わりない。しかし魔力がないから戦えないというのは理解している。しかし、しょうがないよねと甘やかすのは負けた気がすると言った、なんとも複雑な感情にイザルは振り回されているのだ。
だからこそ、シグムントに金がかかりそうな気配がするたびに、イザルはこうして意地悪を言う。半分冗談ではあるのだが、顔が本気すぎて額面通りに受け取ってもらえたことはないのだが。
そんなやりとりをしているうちに、随分と歩いた。そろそろククルストックの出口が見えてきてもいい頃である。ここまで来るのが早かったのは、見事に町民達から避けられていたからだろう。
「ぁわゎ」
「なんだイェネド。おしっこか」
「グゥウ……」
シグムントの真下から、イェネドの不服げな声がした。
見れば、赤い瞳は一点に集中するように向けられている。こんな町中で、イェネドは警戒するように毛を膨らませた。
イザルとルシアンは、互いに目配せをする。ルシアンがそっと剣の柄に手をかけたのを確認すると、イザルは探知魔法を発動させた。
銀灰の瞳が光る。術を発動したとたん、視界は瞬く間に反転したように暗くなった。緑色をした光の線が、波を描くかのようにゆっくりと地べたを滑る。出口付近、大きな木の影に魔物の気配を感じ取った。
「……魔物がいる」
「ここで騒ぎは起こせない。どうする」
「お話をすればいいんじゃないか?」
「あ?」
シグムントの素っ頓狂な答えに、イザルは渋い顔をした。何を言ってやがると口にしようとしたその時、あろうことかシグムントはイェネドからべしょりと落ちた。
「おまっ、どん臭えんだから一人で降りようとするなよ」
「いてて、でもお話しするなら同じ目線がいいだろう」
「シグ、敵かもしれないんだから警戒しないと」
「ううん、まあ見ておれば良い」
ルシアンの手を借りて立ち上がったシグムントは、裾の汚れを取り払う。そのままひょこひょこと魔族がいるであろう場所まで歩み寄ると、長い銀髪を揺らすよにして木陰を覗き込んだ。
「やあやあ、君はそこで何をしているんだ」
「おわあああ‼︎」
木陰にいた魔族は、突然声をかけてきたシグムントに驚いたらしい。わかりやすく地べたへと転がった。
男の悲鳴に、イザル達が駆け寄ってくる。シグムントの背後から顔を出すように姿を現すと、麦わら帽子を深く被った魔族の男はびしりと動きを止めた。
「あーー‼︎ 魔王様‼︎ なんで人間界に‼︎」
「む、お前はヒネクレか」
「なんだ、知り合いか?」
シグムントによってヒネクレと呼ばれた男は、麦わら帽子のつばを持ち上げるようにして顔を見せる。なんとも平凡な顔だ。人間と言われても、疑うこともなさそうだ。イェネドが魔物の匂いに反応を示さなかったら、完全に見落としていただろう。
「ヒネクレは俺が人間界に向かわせた魔物屋だぞ。前に話したことがあるだろう」
「どうも、行商やってるケットシーのヒネクレです」
「ケットシー?」
ルシアンの疑問の声に、ヒネクレは照れ臭そうに後ろ手に頭を掻いた。
ケットシーとは、猫型の魔物だ。人型になるだなんて聞いていない。そんな疑問をしっかりと眼差しで受け取ったらしい。ヒネクレは疑われるのも無理はないというと、被っていた麦わら帽子を外した。
「な」
「これを被ると人間に化れるんです」
「すげえな……」
麦わら帽子を外した瞬間、ヒネクレの体は二足歩行の黒猫へと姿を変えた。どうやら幻覚魔法に認識阻害の二重がけをしているらしい。何気ない麦わら帽子が、とんだ魔道具だ。
驚愕を顔に貼り付けたイザルとルシアンを前に、再び人間の姿に戻ったヒネクレはニカリと笑った。
「ここで出会ったのも何かの縁でしょう。どうですか、何か買っていきません?」
「待てヒネクレ、俺はお前に言わねばならないことがある」
「なんですか。まさか魔王をお辞めになったとかではないでしょうね‼︎」
ヒネクレがどこからともなく取り出したのは。大きな旅行鞄だ。魔物のくせに随分と愛嬌のある振る舞いで、冗談めかしに行ってのける。
細い目を緩ませて尾を振るヒネクレを前に、シグムントは照れ臭そうに頭を掻いた。
「そのまさかなんだ。俺はもう、魔王様は引退した」
「またまたそんな、だってあなた様が魔王でなくなったら、誰が後釜になるのです」
「いやだから本当なんだ。俺はもう魔力が使えなくてな」
「いやいやいやいや」
申し訳なさそうな顔をして宣うシグムントを前に、ヒネクレは心底面白い冗談だと言わんばかりに取り合わない。
風を送るように手を揺らすヒネクレの姿に、シグムントは仕方なく被っている帽子へと手をかけようとした。
「シグムント」
「ヒェ……」
イザルの底冷えする声によって動きを止められた。その帽子を外したら、どんな目に遭うかわかっているんだろうなと言わんばかりの様子に、シグムントは分かりやすく萎縮したのだ。
そんな元魔王であるシグムントの様子に、ようやく何かがおかしいと気がついたらしい。ヒネクレはキョトンとした顔をすると、糸のように細い目でイザルを見上げた。
「人間、もしかしてお前が魔王様をテイムしたとか言わないよな」
「テイムじゃねえ。こいつが深夜の国追い出されたっつって泣きついてきたんだ」
「おい待て、俺には連れてきたとか言ってなかったか」
「ち」
ヒネクレの一言によって、イザルの嘘がルシアンにバレた瞬間であった。
しかし、問題はそこじゃない。ヒネクレはみるみるうちに顔を青褪めさせると、両手で頬を覆うようにして叫んだ。
「てことは次代はディミトリ様ですかいやだあああ‼︎」
「しー‼︎ 静かにしろヒネクレ‼︎」
「おっと僕としたことが」
シグムントの言葉に、ヒネクレが手で口元を抑える。
聞き慣れない言葉を前に、イザルとルシアンは顔を見合わせた。わかりやすく狼狽えるヒネクレから察するに、ディミトリという魔族はあまりいい奴ではないらしい。苦笑いを浮かべるシグムントを前に、ルシアンが問いかける。
「それは、シグのなんなの」
「話せば長くなるというか……、あ。ヒネクレ、俺の角を隠せる魔道具はないかな。俺は人間だということになっているんだ」
「ああ、ありますよ。……でもタダじゃなあ……。僕欲しい素材があるんですけど、一緒に採りに行ってくれますう?」
シグムントの一言で鞄を漁ったヒネクレは、ベレー帽のようなものを取り出した。
細い目でシグムントを見つめる。ヒネクレは元魔王でも、魔道具をタダで上げるなどのえこひいきはしないのだ。
「ああ、構わないぞ」
「俺は構うんだよ馬鹿野郎が」
「ひゃいんっ」
「うわ痛そう‼︎」
ごちんとイザルからゲンコツをくらったシグムントを前に、ヒネクレが反応を示す。
イザルはというと、話の主導をシグムントに握らせたくはなかったらしい。それもそうだ。シグムントはなんでもすぐに安請け合いをするきらいがある。
「俺たちはカルマインに行くんだよ。てめえに付き合って油売ってる暇はねえんだ」
「油なんて取り扱っておりませんが」
「イザル、人間の言い回しは俺たちには伝わらないこともあるぞ」
「……」
イザルの顔がクシャッと歪む。なんで俺が変なやつを見るような目で見られなくちゃならんのだ。そう言わんばかりの表情だった。
その真下では、先ほどまでおとなしかったイェネドが、ぬっと顔を出した。紅い瞳でヒネクレを見つめる。無言の抗議もしっかりと受け取ったらしいヒネクレが、やだなあ、と口を開いた。
「僕だってカルマインに行商に行くんですよ! いえね、マイコニドの素材を採りにいきたいんですけど、一人じゃなかなか手を出しづらいじゃないですか」
「カルマインにマイコニドが出るのか?」
「おや、黒目の人間。知らないんですか。カルマインは戦地があるでしょう? そこの土壌なんて、マイコニドが育ちやすい栄養がたっぷり‼︎」
カルマインの戦地とは、過去に魔物と人間がぶつかったユイド平地のことを言うのだろう。二人の父親であるアイゼンも、その土地で魔物と戦ったと聞いたことがある。
つまり、魔物やら人間の死体が転がった土地を栄養と言っているのだ。魔物であることを改めて自覚させられるような発言に、ルシアンの口元がヒクリと震える。
「マイコニドの親玉。グランドマタンゴを倒してくれたら、この帽子を差し上げます」
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