20261月末に非公開予定 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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堕界編

いざきのこがり

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 ユイド平地は、ククルストックからカルマインに向かう途中にある平地だ。ヒネクレ曰く、どうやらカルマインのギルドでグランドマタンゴの討伐依頼も出されているらしく、つどう強者ども相手に素材を売りに行く途中だったという。
 
「僕の友達のギルドの看板猫、ズッキーニちゃんが教えてくれたんですよ。いやあいいですよ雌猫は。なんたって尻が軽いし股も緩い」
「んなことはどうだっていいんだ。それよりディミトリってやつはなんなんだ」

 どうやら気を許したらしいヒネクレの、若者のような猥談を聞き流す。そんなイザルの背後では、相変わらずイェネドに跨ったシグムントの隣を、ルシアンが気にかけるように歩いていた。

「ンもう、イザルは早漏だなあ。はいはいわかりましたよっと」
「てめえ誰が早漏だコラ絶倫猫てめぇ‼︎」
「ギニャアア顔が怖い顔が怖い‼︎  わかったから胸ぐら掴まないでえっ‼︎」

 草花が生えるのどかな道に、情けない雄猫の悲鳴が上がった。イザルによって胸ぐらを掴まれるようにして持ち上げられたヒネクレは、あっという間に白旗を上げた。
 
「ディミトリ様はディミトリ様ですよう……知りませんか、サテュロスのディミトリ様」
「イザルが魔王城にきたときは席を外していたんだよ。階下で合わなかったか?」
「知らねえ。転移してとんずらしたしな」
「ふうーん、……あれちょっと待ってくださいよ」

 イザルとシグムントのやりとりに、ヒネクレは挙手をするように言葉を遮った。細目をカッと見開く。魔物らしい猫の眼がギョロリとイザルへと向けると、その表情はみるみるうちに強張った。

「あんたもしかして勇者ーー⁉︎」
「うわうるせっ」

 ギニャアと大きな声で喚く。ユイド平地まで間も無くの穏やかな道のりで、その声はよく響いた。
 
「なんだ、言わなかったっけか」
「待って待って、勇者に魔王がテイムされるってどう言うことですかあ‼︎」
「だからテイムしてねえって」
「シグはイザルだけのものではない。俺のものでもある」
「何この爛れた三角関係‼︎ 不埒、不埒だにゃあ‼︎」

 シグムントの腰に手を添えるルシアンを前に、ヒネクレはさらにその顔を真っ青に染め上げた。
 勢いよく木陰に隠れる露骨な態度に苦笑いを浮かべるシグムントの両横では、イザルとルシアンが呆れた目でヒネクレを見ていた。

「ディミトリ様にバレたら、僕までとばっちり受けかねないじゃないですかあ‼︎」
「ああ、そんなことにはならぬよ。あいつは俺の出した手形なんぞ微塵も興味はないし……まあ、俺のことが嫌いだろうしなあ」
「だから誰だよディミトリ……」

 一向に質問の答えが返ってこないことに、イザルは辟易していた。
 くだらないやり取りをしながら歩んできたおかげか、ユイド平原の方向を示す看板が見えてきた。話しながらの移動は実にあっという間である。
 シグムントの言葉に安心したのか、それならいいんですよと現金にも宣いながら、ヒネクレはひょこひょこと木陰から戻ってくる。金色の猫の虹彩を再び瞼で隠すと、くるりとあたりを見渡した。

「おっかしいなあ……全然人も見ないや。ククルストックでのギルドでも、グランドマタンゴの討伐依頼余ってたんですよねえ」
「そのグランドマタンゴって危険なのか」
「危険じゃないですよ。マイコニドの親玉ってだけですもん」

 ふんふんと鼻をひくつかせながら、ヒネクレが看板に近づいた。根元に生えているオレンジ色のキノコをもぎりとると、くるりと傘を下に向けて検分する。

「雌株だ。ってことはやっぱりいますよグランドマタンゴ‼︎  他の人間に取られる前にやりに行きましょう‼︎」
「バッ、おい先に行くな‼︎ お前のわがままにこっちは付き合ってんだぞ‼︎」

 ヒネクレはキノコを握り締めたままひょこひょこと駆け出した。大きな荷物を抱えて、よく動けるものである。
 小柄な背中を追いかけるイザルの後を、シグムント達が続く。ユイド平地が近づくにつれて、オレンジ色のキノコがポコポコと道沿いに生えている。
 のどかな一本道に、小柄な麦わら帽子を被った青年が大はしゃぎで走り抜ける様子は牧歌的で実にいい。追いかけるのが顔面の治安が悪いイザルでなければ。

 
 道は進むにつれて、平原というにふさわしい開けた場所に出た。奥に霞みゆく街並みは、カルマインだろうか。一本道が都市に向かって伸びている。その両側を囲むように、美しい黄緑が絨毯のように大地を覆っていた。

「身を隠す木も見当たらん。本当にこんなところにグランドマタンゴが出るんだろうか」
「シグは知ってるの、グランドマタンゴ」
「ああ、だけど風が吹いたら少し不味いな。あいつは毒の胞子を飛ばすから」
「おい、どこが危険じゃねえんだ。大いにあぶねえじゃねえか」
「何言ってるんですか、ケットシーと魔王様には無効ですよそんなもの」

 堂々と宣うヒネクレに、イザルが引き攣り笑みを浮かべる。どうやら大丈夫の範囲はヒネクレが身内認定をした者だけらしい。
 シグムントに毒が効かないのはわかるが、イザルたちに毒耐性はない。文句の一つでも言ってやろうかとイザルが口を開こうとした時、ヒネクレは満面の笑みでシグムントを指差した。

「そうだ、いいことを思いついた! シグムント、ヒュトーの戦いを見せてよ! もう魔王ではないのなら、僕とあなたは対等でしょう!」

 ヒネクレが、ぴょんと跳ねるようにして道の真ん中まで躍り出た。唐突な呼び捨てに、イザルたちが怪訝そうな顔をしたその瞬間。ユイド平原の地面がずらされるように蠢いた。

「ひゃ、……っ」
「ゥワンッ‼︎」

 シグムントを背に乗せていたイェネドが、毛を逆立てるようにして吠えた。足元に、何かが蠢いている。ルシアンがシグムントの体に手を回すのを確認すると、イザルはその場から飛び退いた。

「ヒネクレ、なんのつもりだ‼︎」
「だから倒してって言ったじゃない、グランドマタンゴ!」
「っ、雌株で呼び出したのか‼︎」

 シグムントの声に応えるように、ヒネクレが手にしていた雌株を振り回す。マイコニドの中でも珍しい雌株は、グランドマタンゴを呼ぶフェロモンを出すのだ。

「だってまだるっこしいの嫌なんだよお! 人間が手を出さないってことは大物だろう? そしたら、絶対に神経毒持ちのグランドマタンゴじゃん。あなたの出番ですよシグムント‼︎」

 ヒネクレは、悪びれる様子もなく宣った。周りにまいた胞子が、キラキラと光る。一本道だと思っていたそれは徐々に盛り上がり、土を突き破るようにして干からびたミミズのような魔物が姿を表した。

「どこがキノコだよ‼︎」
「キノコだぞ! クレイワームの頭に寄生してるだろう!」
「ギャワワッ」
「想像してたのと違う‼︎」

 ルシアンに抱えられながら、木の上へとひとまずの避難をしたシグムントが、クレイワームを指差す。よくよくみれば、確かにその頭には腐ったキノコのようなものが生えていた。

「グランドマタンゴの特性は、キノコによって違うんだ。あの神経毒持ちのグランドマタンゴは、魔物に寄生して操るタイプだ!」
「なんでヒネクレは無事なんだ!」
「雌株のおかげだ、さすが商人! 目利きは確かだなあ!」
「感心してんじゃねえジジイ‼︎」

 キャインッと情けない声が上がる。クレイワームの口から伸びた触手の一部が、イェネドを絡め取ったのだ。
 大きな体を伸ばすようにして持ち上げる。暴れるイェネドの四つ足が、虚しく空を泳いだ。

「暴れんじゃねえ‼︎」
「ハワワワッ」

 イザルの怒声と共に、イェネドに絡まった触手が切り離された。イザルが放った鎌鼬が、見事にクレイワームの触手を切り離したのだ。イェネドを置いてさっさと木の上に避難した後ろめたさもあったのかもしれない。
 助けられたイェネドは通じない言語で惚れそうとやかましく喚きながら、着地するなり一目散に木の影まで走った。

「シグムント早くヒュトーになってよ! 僕好きなんだあなたの魔物姿!」
「今は魔力がないんだ! またの機会で頼む!」
「そう言って、また先延ばしにするんでしょう! 今逃したら、みれないかもしれないじゃない! だって人間の雄から殺意のこもった目で睨まれてるしい‼︎」
「それはヒネクレが悪いと思うな俺は‼︎」

 ヒネクレが無邪気な様子で指を刺した先には、今にも息の根を止めてやると言わんばかりの形相をしたイザルがいた。まさかの奇襲を見抜けなかったことがよほど腹立たしかったらしい。ヒネクレと目が合うなり、全力で中指を立てる様子は悪役そのものであった。

 クレイワームが、節目を縮めるかのようにして体をうねらせる。頭上のグランドマタンゴが、根本から栄養を吸い取っているのだ。キノコの体をひとまわり大きなものにすると、その身をブルブルと震わせた。

「シグムント、何が始まる」
「魔物の体から養分を吸い取って、成長してるんだ。あれが大きくなると、毒の胞子を振り撒く」
「シグムントォ‼︎ てめ、指名受けてんならさっさと仕留めろォ‼︎」
「イザルまで無茶を言う‼︎」

 こめかみに血管を浮かばせながら横暴を振るうイザルを前に、本気で元勇者なのかとギョッとした顔を向ける。シグムントが力を振るうには、魔力が必要だ。こんなところでルシアンから必要な魔力を受け取ってみろ、先に腰砕けになって動けなくなる未来しか浮かばない。

 グランドマタンゴが、手の代わりなのだろうか。体から突き出た子株を差し出すようにして地べたにキノコをはやす。
 迫り来るキノコの絨毯から逃げるように飛び跳ねるイェネドの足元へと、イザルが指を振り下ろした。ぐんと伸びた土の壁が、イェネドの足場となり木の上へと飛び上がる。
 わうわうと喚くイェネドを見やったシグムントが、ハッとした顔をする。おそらく魔族同士でしかわからない言語なのだろう。名案が浮かんだと言わんばかりに、輝く表情をルシアンへと向けた。

「そうだ、血をくれ!」
「シグはいつから吸血鬼になったのかな」
「説明は後だ、血には魔力が込められている。ほんの少しだけで足りるはずだ!」

 シグムントの言葉に、ルシアンは己の首元をくつろげた。本当なら手のひらでも傷つければ済む話だったが、それではつまらないと思ったのだろう。
 小さな手がルシアンの肩に添えられて、首筋へと顔を埋める。小さな犬歯でルシアンの首筋を穿てば、ちう、っと甘く吸い付いた。
 
「……結構くるね」
「ん、後で治す」

 ルシアンの首筋の血を舐めとったシグムントの瞳が、不思議な光を宿す。いつもと違う様子に、イザルとルシアンはすぐさま気がついた。
 眼下ではグランドマタンゴが、紫色の毒の胞子を放ち始めた。クレイワームの体が、鞭のようにしなる。寄生された体には毒は効くらしく、苦しむようにその身を捩り、木を薙ぎ倒す。
 ルシアンが風魔法で胞子を払おうとしたその手を、シグムントが抑えた。

「燃やした方が早い」
「え?」
「ヒネクレ、きちんと避けろよ」

 ルシアンの目の前で、木から飛び降りた。鈍臭いの塊でもあるシグムントの暴挙に、その場にいたものが思わず声をあげそうになった時。突如として華奢な体は火炎に包まれた。

「シグムント‼︎」
「シグ‼︎」

 イザルとルシアンの声が重なった。二人が抱いた緊張感を裏切るかのように、シグムントは炎を引き裂くように再び姿を表した。
 滑らかな白い何かが、火炎の隙間を縫うように映り込む。それが尾だと分かったのはイザルだった。
 
「でたああ‼︎」

 ヒネクレの嬉々とした声が響いた瞬間、シグムントはクレイワームへと向けるように手を差し伸べた。赤黒い魔力が螺旋を描いて蛇の尾を駆け上がる。

「あ、やばい」

 少しだけ慌てたようなシグムントの声と共に、指先から高い音を響かせて高出力の火炎弾が放たれた。それは一瞬にしてあたりを白く照らしたのち、真っ直ぐにクレイワームの体を貫いた。
 

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